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第16章  ~嘘と優しさ~

信じたくない。認めたくない。そんな輝の想いも報われず、事実が容赦なく彼にショックを与えるだけだった。

君はずっと僕の隣にいると誓ってくれた。




僕も信じ、君のそばにずっといると誓った。




君に伝えた言葉も想いも、偽りではない。




君を感じた温もりと、君の優しさを忘れる日なんてない。







―――――君と築きあげる幸せが、永遠でありたかった。











― 君の笑顔も泣き顔も ―  第16章  ~嘘と優しさ~ 











輝は一歩踏み出す。


目の前の景色は、一瞬にしていつもの診察室になった。


電気はついているものの、これといって明るいわけでもなく、どちらかといえばうす暗い。


さっき歩いてきた廊下と同様、薄気味悪かった。


まるで自分の心まで暗くなってしまいそうである。


「輝くん、来てくれたみたいだね。」


そう声をかけ、自分の目の前にいたのは小池医師だった。


とても深刻そうで、暗い顔をしてる。


手招きした原田看護師も、彼の隣で暗い表情をしていた。


「・・・・・どうしたんですか?」


先の見えた未来に、輝はためらいながら聞いた。


「今から言うことを、真剣に聞いてほしいんだ。」


小池医師の表情は、より一層ひどく暗くなっていった。


「輝くんが目を覚ます前に念のため、検査をしたんだ。それでわかったことなんだけど・・・・・。輝君の病が・・・・・・再発したみたいなんだ・・・・・。」


「・・・・・え?」


あまりにも急すぎる発言に、輝は驚きを隠せなかった。


不可解な症状といい、彼らの様子といい、予想はできていたことだった。


心の準備はできていたはずだった。


しかし、いざ本当の事実を突き付けられると、ショックが隠せない。


心のどこかで『そんなはずない』『再発したんじゃない』と、勝手に決め付ける自分がいた。


そう信じたい自分がいた。認めたくない自分がいた。


頭の中が真っ白になり、どんな表情をすればいいのかわからなくなる。


次第に深い深い悲しみに押し付けられていった。


「本当は言いたくなかったけど・・・・・・・すべて事実なの。私たちも全力を尽くすつもりだわ。」


今までに見たことのない輝のひどい表情に、気を使う原田看護師。


しかしそれが裏目となり、余計に輝は落ち込んだ。


輝の体が震える。


自分が今何をしているのか、何を考えているのかさえわからない。


頭の中が混乱し、わけがわからなくなる。


とうとうずっと我慢していたそれがあふれ出した。


隠しきれないショックの大きさ。隠しきれない大量の涙。


頬を伝ってぼろぼろと簡単に落ちていく。


つらくて、苦しくて、悲しくて。


心の中は真黒だ。





その時だった。





真っ白な頭の中に彼が現れた。


金髪で少し幼い子供のような笑顔がよく似合う青少年。


一番大切で、一番心の支えになってくれる青少年。





――――――朝本拓也





彼のことを想うと、より一層涙があふれ出した。


止まらない涙と拓也への想い。


「輝くん、ショックを受けさせてごめん。思う存分泣いてもいいからね。」


今にも泣き出しそうな小池医師の言葉。


隣で泣き出した原田看護師。


泣き崩れてぐちゃぐちゃになった輝。


涙が止まらない。苦しくて、つらくて、もう何も考えられない。


輝は、その場で信じがたい事実を悔み、泣き崩れることしかできなかった。







拓也______________




















*****


















「輝?」


家に帰宅し、テレビを見ていた拓也は突然輝に自分の名前を呼ばれた気がした。


反射的に後ろを振り向くが、案の定輝はいない。


当然だ。今は自分の家。


輝も自分の居場所で安静にしているのだから。


(気のせい・・・・・だよな・・・。)


拓也はこの時、変な不安を覚えた。


「兄ちゃんどうしたの?」


隣で珍しく一緒にテレビを見ていたありさが話しかけた。


きっと自分がうかない表情をしていたからだろう。


「いや、ちょっとな・・・・・・。別に大したことじゃない。」


「そう。」


あまり深く考えなかったありさは、そのままお笑い番組に気を戻し、ケラケラと笑いだした。


(なんなんだこの感じ・・・・・。嫌な感じだ・・・・。)


そんな想いを残し、拓也もまた、テレビに集中した。

















*****

















―――――食堂


日はすっかり落ちてしまった。


冬らしい寒さと暗さ。


それと対等するかのように、ぬくもりを漂わせるシチュー。


野菜もそこそこ多めで、栄養満点。


そのそばにはコップ一杯分のコーンスープ。


まるで冬の寒さを吹き飛ばしてくれそうなほかほかの料理たち。


それらはすべて、原田看護師が手作りで作った本日の夕飯である。


「今日も一段と寒いわね。」


原田看護師はそう言って、輝の肩に毛布をかけた。


彼女なりの慰めであった。


「・・・・ありがとうございます。」


透けるようにきれいな彼の瞳はくすみ、どこを見ているのか全く読み取れない。


輝は肩を落とし、動こうとしない。いや、動けないの間違えだろうか。


力が少しも入らない状態だった。


衝撃の事実を突き付けられたときから、彼はずっとこの調子だ。


「輝君、昼間は本当にごめんなさい。あなたを傷つけたいわけじゃないの。看護師として、言わなくてはならなかったことだったから・・・・・・・。」


両親を亡くし、一人ぼっちになってしまった輝を、こちらで引き取ったときから彼女は輝を知っていた。


そして、小池医師とともに面倒を見てきた。


今おかれた輝の状態に、原田看護師もまた、ひどく傷ついていた。


小池医師と原田看護師は、もはや輝の育ての親だといっても過言ではないのかもしれない。


「いいんです原田さん。わかってます。だから・・・・・・俺のために謝らないでくさい。」


隣に座る彼女に、輝はそう言い残し、再び黙った。


輝はだれが悪いだとかそんなことこれっぽっちも思っていない。


そんな彼は、やはりまだ病が再発しただなんて認めたくなかった。


病のことを考えるだけで、気がおかしくなってしまいそう。


「ありがとう。・・・・輝君、昔から優しいのね。」


「そんなことないですよ・・・・・。」


褒められても今の彼に笑顔は宿らない。


「・・・・やっぱり、食欲わかない・・・よね?」


「・・・・・・・はい、せっかく作っていただいたのにすみません・・・・。」


「いいのよ。私料理作るの好きだから。それに無理に食べろだなんて言わないわ。・・・・でも、がんばって少しは食べてほしいかな。心配だから・・・・・。」


そう言って、もどかしい笑顔を見せた彼女が立ち上がろうとしたまさにその時であった。


「待ってください。」


あまりにも不意に話しかけられた原田看護師は、思うようにすんなりと立ち上がれなくなってしまう。


「どうしたの?」


優しく彼女は輝に耳を傾ける。


「・・・・原田さん、一つだけ・・・・・お願いがあります。」


「お願い?いいわよ、なんでも聞いてあげる。」


輝を心配させないように、彼女は笑顔を作りなおした。


「拓也には・・・・拓也にだけは、病が再発したこと、内緒にしてほしいんです。」


「・・・・・どうして?」


「どうしてって・・・・・理由は言えないけど、どうしてもなんです。」


輝は強く唇を噛みしめ、涙目で訴えた。


「・・・・・・わかったわ。小池先生にもそのことつたえておくから。だから安心して。」


「原田さん・・・・・・・。」


その言葉を聞いて安心したせいか、輝の表情は少しだけゆるんだ。


そして原田看護師は笑顔のまま、仕事があるため、どこかの病室のほうへ向かっていった。


彼女の姿が見えなくなると、輝は目の前の料理と向き合った。


彼女に悪いと思い、決死の思いでシチューをスプーンですくい、口まで運ばせる。


進む手が止まろうとするが、がんばって口の中にそれを入れた。


(そういえば前に、拓也とここで一緒に晩御飯たべたっけ・・・・・。)


輝はとたんに思い出した。


あの時は架瑠に負わされた拓也の傷の手当てのために、小池医師のところまで拓也を連れてきた。


その時に拓也と一緒に夕飯を食べたのだ。


おいしそうに食べる拓也の顔を今でも輝は覚えている。


楽しかった。うれしかった。愛おしかった。


拓也への想いが複雑に絡み合って、心がズキズキと痛む。


(まただ・・・・・俺、また泣いてる。)


想いと涙はいつだって正直だった。


拓也のことを想うだけで息が止まりそうになる。


どれだけ自分が拓也を想っているのか痛いほどわかる。


拓也はほかの誰にも変えられない大きな存在。


一人ぼっちの自分を救ってくれた。


つらい過去から覚ましてくれた。


一緒に生きていこうと誓ってくれた。


輝は顔を伏せて泣き崩れた。


(俺、ほんとに弱い奴だ。だだこうやって泣き崩れることしかできない。)





チャラン♪





突然、ポケットの中に入れてあったケータイが鳴った。


輝はその音に驚き、あわててケータイを確認する。


一通のメールが届いていた。


(・・・?!拓也からだ・・・・。)


画面には、朝本拓也と表示されている。


『輝、体調のほうは大丈夫か?無理しちゃだめだぞ!俺、お前のことすげー心配してるんだからな!』


メールの本文にはそう書かれてあった。


読んだ瞬間、輝の涙がもっとあふれかえった。


ふいてもふいても、涙には追いつけず、より一層ぐちゃぐちゃになるだけだった。


拓也の優しい思いやりに輝は心を打たれた。


拓也はあの妙な不安を覚えた後、やっぱり輝のことが心配になってメールを送ったのだ。


このメールが、どれだけ輝を安心へと導いただろう。


涙でケータイのモニターがかすんで見える。


そんな状況におかれながらも、一刻も早く返事を返さなければならないと思い、震える手で文字をうった。


『全然大丈夫だよ。もうすっかり元気。心配してくれてありがとう。』


送信ボタンを押すと音が鳴り、『送信完了』の文字が表示された。


それから一分もたたないうちに、拓也からの返信のメールが来た。


『よかったー!ほんとに心配でしょうがなかった。明日学校行けそうか?』


相変わらず彼からのメールは、輝を心配する内容ばかりだった。


でも、輝にとってそれは大きな幸せ。


『もちろんだよ。明日またいつものように拓也の家まで迎えに行くね。』


『いつもありがとな。ほんとに感謝してるよ。じゃぁもう俺眠いからもう寝るな。おやすみ。また明日!』


『うん。おやすみ!』


拓也とのメールはこれで終わった。


輝は最後の最後まで今の自分と正反対の自分になりすました。


拓也はそのことにとうとう気がつかなかった。


メールの中の嘘の自分。


心配してくれる拓也の優しさ。


(拓也、本当は今すぐ会いたいんだよ。)


それは輝の拓也に対するほんの小さなわがままだった。


今までにやり取りをしてきた拓也とのメールは、全部消すことなくそのまま残してある。


輝は両手で大切に自分のケータイを抱きかかえ、そっと目を閉じた。


拓也との思い出が、そこにつまっている。


知らないうちに自分の涙が癒えていた。












*****











『今日は全日本に強い雨が降るでしょう。時折雷が鳴るところもありますので、お出かけの際は注意してください。』


朝いつも見るニュース番組。


とびっきり美人というわけでもない天気予報担当の女性キャスターは、テレビの中でそう告げた。


「雨、ねぇ・・・・。」


つまらなさそうな表情をするありさは、窓の外を見た。


もうすでに雨はザァザァ降りである。


ただでさえ冬の朝はうす暗いというのに、この雨のせいで余計に薄気味悪さが増していた。


「はぁ・・・・雨で学校中止になってくれないかな・・・。」


そう思った瞬間、ありさのケータイが鳴った。


少々確認するのを面倒に思った彼女だったが、仕方なくケータイを開く。


『今日大雨で学校中止になったらしいよ!やったね♪』


それは友達からの緊急連絡網だった。


どうやら願った通り、本当に学校が休みになったらしい。


無理もない。叩きつけるような強い雨、吹き飛ばされそうな強風、今にもなりだしそうな雷。


「ありさの学校休みなの?」


「?あ、うん。いま連絡があった。」


拓也の弁当を作るのを中断した母である香がそう問ったので、ありさも返事を返した。


「兄ちゃんのほうも学校休みになったの?」


「そうみたいなのよ。さっき電話があってね。はぁ・・・。もう弁当作っちゃったっていうのに。」


香は言葉を吐き捨て、ため息を一つこぼした。


うれしいありさと落ちこむ香。


どうやら学校の休みに対する価値観は、子どもと大人では違うらしい。


(そういえば兄ちゃんまだ起きてないわよね?)


確かめに二階にのぼりかけたその時だった。





ピンポン♪





玄関から呼び鈴が聞こえてきた。


(誰だろ・・・・!?もしかして輝先輩!?)


あわててありさは玄関めがけて走りだす。


そしてドアを開けた。


その瞬間、激しい強風と豪雨が自分にぶつかってくる。


「きゃっ!」


びっくりして思わず悲鳴をあげてしまった。


自分が思っていたより、よほどひどかったのだろう。


「ごっごめんねありさちゃん。」


そう言って彼はただちに玄関のドアを閉め、ありさにこれ以上害を与えないようにした。


「うわー冷たい。」


ありさは自分の身をまとう冷たい雨に、非難の声をあげた。


顔についた雨を自らふき取って顔をあげると、久しぶりに合わせる二枚目の顔があった。


「ひっ輝先輩!どうしてこんな豪雨の日に。」


「?どうしてって俺はいつもみたいに拓也を迎えにきたんだよ。」


久々にみる輝の顔は相変わらず二枚目で、彼の温かい笑顔に圧倒された。


見とれていると、輝がこちらに手を伸ばしてきたのでびっくりして目を堅くとじた。


わしゃわしゃと頭をかき回される。


「ごめんね、俺のせいでびしょびしょになっちゃったね。」


輝は持参していたタオルを手に、ありさの濡れた髪を優しくふいた。


(やばい・・・・・・惚れちゃう。)


拓也が輝に惚れた理由が改めてわかった。


自分も輝を好いている身。


拓也が輝と結ばれたことを心よりうれしく思っているが、やっぱりありさもまた、拓也と同じように彼が大好きだった。


恋愛とかそんなの以前に人間として、大好きだった。


これがありさの正直な想い。


拓也から彼を奪おうだなんてそんな馬鹿な考えはこれっぽちもない。


出会えてよかった。拓也の恋人になってくれてよかった。


ありさは思わず彼の優しい心と表情に見とれてしまっていた。


「これで少しはふきとれてればいいんだけど。」


ありさはその言葉を聞いた瞬間、正気に戻った。


「あっありがとうございます。迷惑かけちゃってすみません。」


「迷惑だなんてそんなことないよ。」


輝の笑顔はいつでも人の心を癒す魔法のようなものだった。


うつむいた顔をあげたありさはようやく気がついた。


輝が自分とはとても比べものにならないほどずぶ濡れになっていたことに。


「ひっ輝先輩ずぶ濡れじゃないですか!傘ささなかったんですか?!」


輝の手にも、輝のそばにも傘らしきものはどこにもない。


「えっえーと、傘はちゃんとさしてたんだ。でも、ひどい風のせいで壊れちゃってそのうえ飛ばされちゃって・・・・・・。」


輝はそう言っておかしく笑った。


そんな輝の笑顔はとてもかわいらしい。


ありさは彼の理由にすんなり納得した。


「ちょっと待っててくださいね!すぐバスタオル持ってきますから!」


彼女はそれだけ言い残し、すっ飛んで行った。


そしてたちまち大きめのバスタオルを輝のもとへ持って来た。


「はい、これで体を拭いてください!風邪ひいちゃいます!」


「うん、ありがとう。」


輝はバスタオルを受け取り、体全体をふいた。


「結構ふきとれた。家に上がっても大丈夫かな?」


「はい。輝先輩なら大歓迎です!」


ありさはヒマワリのような明るい笑顔を見せた。


「おじゃまします。」


「はーい!どうぞ!」


部屋の奥から香の返事が返ってきた。


許しをうけ、輝は階段をのぼるありさの背中をおった。


あっという間に拓也の部屋にたどり着き、目の前にあるドアをノックもせず、ありさは侵入した。


彼女に続いて輝も物音をたてず、静かに部屋にはいった。


そこにはぐっすり気持ちよさそうに眠る拓也の姿があった。


寝付きのいい彼だったが、いまだにいびきを聞いたことはない。


「思った通り。まだのんきに寝ちゃってる。」


雨は先ほどより威力を増し、とうとう雷まで鳴らし始めた。


「こんなにうるさく雷が鳴ってるって言うのに目が覚めないなんて・・・・笑っちゃいますよね。」


話を隣にいる輝にふったありさは、おかしそうにそういう。


「ははっ。確かに、これだけ雷が鳴ってたら普通目が覚めるよね。」


そう言って輝は一瞬笑ったかと思うと、すぐに拓也のほうに視線を戻した。


さっきの笑顔とは違った笑顔。


拓也を愛おしそうに見守る温かい笑顔。


柔らかくて、誰にも真似なんて出来やしない穏やかな笑顔。


輝は拓也を見ていると自然とそんな笑顔になれた。


嫌なことを全部忘れていられるような気がした。


輝はそっと拓也のほうへ手を伸ばし、優しく彼の髪に触れた。


柔らかくてフワフワした金髪の髪。


こうしているだけで愛おしく感じる。


今日は彼をこのまま寝かせてあげたい気分になった。


そんな彼に対し、ありさもまた、輝に見とれていた。


それとは裏腹になんだか切なくなった。


誰に対しても平等に優しい輝。


だけど、どこか拓也にだけは特別で・・・・・。


ちょっとありさは悔しくなった。


しかし、それでも良かった。


拓也も輝もそして自分自身も、みんなみんな、幸せなのだから。


今ある関係が、一番幸せなのだから。


「兄ちゃん、輝先輩と出会ってから、ずっと幸せそうなんです。」


「・・・・ありさちゃん?」


ありさは突然兄のことを語りだした。


「輝先輩と出会う前の兄ちゃん、本当に暗い顔ばかりしてたんです。」


「・・・・そうだったんだ。」


輝と出会う前の拓也には、友達が一人もおらず、ずっと孤独を背負っていた。


輝はそのことを前に、拓也から聞いていた。


そして輝も拓也と同じく、孤独だった。


「俺も拓也と出会ってから、ずっと幸せだよ。たくさん拓也から、元気をもらってる。」


輝の言葉を聞いたありさは、安心の意味を込めて笑顔を見せた。


「ん・・・・・・・。」


そうもこうもしているうちに、拓也が目を覚ました。


「あっ、起きた。おはよう拓也。」


「・・・・・輝か?おはよう。」


大きなあくび一つと半開きの目。


拓也はどこからどう見ても寝ぼけているようだ。


「輝・・・・かわいい。」


「・・・・・はぃっ!?」


寝ぼけているせいか、拓也の言葉はあまりにも唐突であった。


一方輝のほうも、びっくりして思わず声をこぼした。


そしてテンパる暇もなく、拓也の手が輝の頬に触れた。


その瞬間体が一瞬ぴくっと反応し、すごく恥ずかしくなった。


輝の顔はもう真っ赤である。


あたふたとしていると、容赦なく拓也の顔が近づいてきた。


あと20センチくらいで唇と唇が触れあいそうになる。


さすがにそれ以上近づくと、恥ずかしさでいっぱいになってしまい、輝は顔を背けてしまった。


「なんだよ輝。俺とキスすんの嫌なのか?」


ぷくーと膨れた拓也が上目遣いでこちらを見る。


「そっそんなんじゃないんだよ・・・・・ただ、恥ずかしいんだ。」


「なんだ、そんな理由か。じゃぁ続ける。」


輝の言うことなんか聞いちゃいない。


拓也はそのままぐいぐいと輝のほうへ攻めていく。


あたふたと暴れる輝が可愛くて、余計に攻めてやりたくなった。


「待て待て待て!ありさちゃんがいるんだ!」


「え?ありさ?」


唇が触れあうすれすれの状態で、拓也の動きが止まった。


目を覚ましたかのように、拓也は恐る恐るあたりを見渡した。


すると、すぐさま視界にありさの姿が入り込んだ。


視線と視線がぶつかりあう。


「あmgrjfうdksっっっ!!??」


拓也は驚いて舌が回らなくなり、誰にも解読できない謎の言葉を発した。


とてつもなく顔が赤くなり、熱くなる。


言い知れない羞恥心がまとわりついた。


「何驚いてんのよ。」


さけすんだ目で拓也を見るありさ。


「何っておまえっ・・・・・てかいつからいたんだよ!」


「いつって最初からに決まってるでしょ。強いて言うなら輝先輩が家に来た時からずっと一緒。」


「・・・・・・・。」


拓也は恥ずかしくなって、顔を深く手で覆った。


「これだから男は気が早すぎるのよ。やっぱり兄ちゃんは獣だったのね。」


ありさが嫌味ったらしくケラケラと拓也を小馬鹿にした。


「輝、ごめんな。」


「そんな謝ることじゃないよ。全然気にしてないしさ。」


輝はおかしく笑って言った。


「お、俺はそれ以上のことなんてしようと思ってなかったし・・・・・というかその、ほんとにごめん。」


「わかってるよ。」


依然として顔が真っ赤な拓也の頭を、輝はポンポンっとなでた。


その時に走った輝の体温の低さに、拓也は驚いた。


「輝、手ぇ冷たいぞ?大丈夫か!?て、体濡れてるじゃねぇか!」


「あぁこれね。雨の中来たからその時に濡れたんだ。」


「雨?」


そう言って拓也は窓の外をみた。


雷とともに吹き荒れる激しい豪雨が目に飛びかかった。


「こ、こんな雨の中ここまで来てくれたのか?!」


「うん。でも全然平気だから大丈夫だよ。」


「平気って本当かよ・・・・・・。あっ学校!!」


この時、拓也は学校の存在にようやく気がついた。


「学校なら休みよ。」


『え?』


拓也と輝は同時に驚いた。


「さっき電話で臨時の休みが入ったそうよ。」


平然とするありさがつげる。


「じゃっじゃぁ輝のほうはどうなんだ?」


「うーんどうだろう。」


そう言って輝は自分のケータイを開いて確認し始めた。


すると、受信ボックスに一件のメールが届いていた。


そこには、臨時の休みの連絡が入っていた。


「なんだか俺の学校も休み見たいだ。」


それを聞いた瞬間、拓也の表情が明るくなった。


「よっしゃー!これで今日一日中輝と一緒だ!」


「え?」


「『え?』じゃねーよ。今日は一日中俺んちにいなよ。こんな豪雨の中に輝をもう一度放り出すわけにはいかねーし。なっありさ!」


「そうよね。輝先輩がいてくれたほうが盛り上がるし、みんな歓迎してる。」


さっきの二人の間にあった空気はどこに行ったのやら。


輝のことになるといつも意気投合するありさと拓也。


これほどにまで輝の存在は大きい。


「で、でも迷惑が・・・・。」


「迷惑なわけないだろ。その濡れた学ラン着てたら風邪ひくぞ。一回の廊下の奥に風呂があるから、シャワーでも浴びてきなよ。」


そう言って拓也は輝の腕を引っ張り、そのまま彼を風呂場まで連れて行った。






















「サイズ合うかわかんねぇけど、カッターシャツとジーパンでよかったらそこにおいておくから。」


「う、うん。ありがとう。」


にっこりと拓也は笑い、それをおいて戻って行った。


「ほんとに居候しててもいいのかな・・・・・シャワーまで借りちゃってるし・・・・・。」


輝はいろいろと複雑な思いを抱えながら学ランを脱ぎ、ベルトをはずしてズボンを下ろした。


入口をあけると、それなりに広い風呂場が顔を出した。


白くてとても清潔感を感じられる。


輝は一歩踏み出してシャワーの蛇口をひねった。


たちまち温かいお湯が出て、白い靄のような煙がたった。


温かいお湯は、冷えかえってしまった輝の体を優しく温めた。


(落ち着く・・・・・。)


輝の顔が赤くなった。のぼせているわけではない。


先ほどの出来事を思い出したのだ。


(キス・・・・したかったなぁ。)


輝には嫌という気持ちは全くなく、むしろ求めていた。


口では恥ずかしくてしてほしいだなんて言えないけど、本当はしてほしかった。


(・・・・・って俺何考えてんだよ!)


輝はハッとし、自分の両ほほを両手で叩いた。


「拓也・・・・・言えないよ。」


ぼそりと一人つぶやく。


キスしてほしいとも言えない。そして何より・・・・・。






―――――病が再発しただなんて言えない。






















「また俺の勝ちみてーだな。」


「うーっ!また負けた~!」


余裕の笑みを見せつけられたありさは悔しそうに無念の声をあげた。


二人はばば抜きの真っ最中である。


「おー輝あがったみたいだな。」


聞こえてきた足音に拓也が反応した。


「うん。すごく気持ちよかった。」


足音の主はもちろん輝だった。


風呂からあがってきた輝の格好は、先ほど拓也が渡した長袖のカッターシャツと長ズボンのジーパンという、いたってシンプルな格好だった。


しかしそのシンプルさが、かえって輝をよりかっこよく見せた。


正直言って似合っている。


「うーん。やっぱその格好寒いよな?」


「あ、うんちょっと。」


拓也はそれを聞いて、タンスからあまり邪魔にならないはおるものをとり出した。


そして輝に手渡しする。


「これ着たら少しは変わると思うんだけど。」


「ありがとう、これで十分だよ。」


それを受け取り、輝は着た。


「どうですか?輝先輩もばば抜きしますか?」


「ばば抜きかー。いいね。俺もやるよ。」


「盛り上がってきたなー。ま、輝が加わっても勝つのは俺だけどな。」


「言ったなー?俺結構ばば抜き強いんだぜ?」


挑発する拓也に得意げそうな輝は反発する。


そんな二人の楽しそうなやり取りに、ありさは笑った。














*****












すっかり日は暮れてしまっていた。


豪雨は嘘だったかのようにおさまり、薄暗い空の狭間からオレンジ色の夕日が差し込んでいた。


結局のところ、俺は拓也に勝った。


あのときの拓也の悔しそうな顔といったら――――忘れられないや。


ばば抜きの決着がつき、香さんが働きに出た後、昼食をみんなで一緒に作った。


ありさちゃんと俺は手こずらずに作れたけど、無鉄砲で不器用な拓也は料理を焦がした。


テンパって料理と闘う拓也の姿は、笑いを呼んだ。


ありさちゃんと俺は顔を見合わせて大笑い。


一瞬むっとした拓也だったけど、しだいにつられて一緒に笑ったっけ。


みんなで一緒に作ったハンバーグはすごくおいしかった。


また一緒に、今度はもっとおいしいものを作りたいなぁ。


そのあとはたくさんのことを3人で話した。


学校のこと、普段の自分のこと、それから恋バナ。


最初に恋バナの話題をふったのはありさちゃんだったけど。


女の子らしいと思った。


俺は恥ずかしくなったけど、拓也の顔も赤かったなぁ。


もしかしたら、同じことを考えてたのかもしれない。


ありさちゃんと拓也のやり取りは相変わらず面白くて、思わず笑ってしまった。


拓也は仲良くないって自分で言ってたけど、本当は仲がいいって知ってるよ。


根っから嫌いじゃないってわかってるよ。


いつも拓也とありさちゃんが話してるの、すごく楽しそうに見える。


そんな二人を、俺は微笑ましく思う。


いい兄妹だなって。


俺はちょっぴり、うらやましくなった。


いつも元気をくれる拓也。いつも応援してくれるありさちゃん。


二人のいない世界なんて、考えられないのかもしない。






















「輝、どうしたんだ?ボーっとしちゃってさ。」


「?なんでもないよ。ただ、いろんなことを思い出してたんだ。」


輝は今日の楽しい時間にひたっていた。


「いろんなこと・・・・ねぇ・・・・。」


拓也は不思議そうな表情を浮かべていた。


「あーあ。輝先輩も私たちの家に住んでたらいいのに。」


「どうして?」


「だって輝先輩といると楽しいんだもん。楽しすぎて、あまりにも時間が早く過ぎて行く気がするんです。」


「確かに、俺もあっという間に時間が過ぎてく気がする。」


輝は静かに笑った。


「輝、今日はもう俺んちにとまっちゃえよ。俺、もっと輝のそばにいたい。」


「え?!」


「そうですよ!私ももっと輝先輩にいてほしいです!もっと一緒にいたいです!」


「拓也・・・・ありさちゃん・・・・・・ほんとにいいのか?」


「当たり前だ。」


「当たり前ですよ。母さんも輝先輩なら絶対泊めてくれるはずです。」


「・・・・・ありがとう。今日だけ・・・・・・甘えてもいいか?」


「今日だけじゃない、ずっとだ。」


拓也とありさの満面の笑顔が輝に向けられた。


二人の笑顔と優しさに、輝は泣きそうになるのを必死で抑えた。


輝は小池医師たちに心配させまいと思い、連絡を入れることにした。


電話に出たのは原田看護師で、少しためらった彼女だったが、こころよく許可してくれた。


電話を切ったあと、輝は大きくVサインを見せた。


それを見た拓也とありさは二人で喜びを分かち合った。


二人が同時に自分に飛びついてきたので、思わず輝はびっくりしてケータイを落としてしまった。


電話の中で、明日から本格的に病に対する治療が始まるということを知らされた。


その時は不安を表に出してしまいそうになるが、拓也やありさに知られたくない想いで、懸命に隠した。


言い知れない恐怖と不安に駆られそうになったが、二人の笑顔を見ていると自然にそれを忘れられそうになる。


自分の体が一時的に良くなるか、本当のところはまだ分からないけど、強く立ち向かわないといけない理由がある。


あの日拓也とかわした約束がある。


だからこうやって俺は笑顔になれる。


強く前を向いて生きていける。


小池先生、原田さん、香さん、ありさちゃん、そして―――――――拓也


みんなの優しさと出会いがあったから、今こうやって立っていられる。


みんなの優しさに、こころから感謝している。


みんなとの出会いを、こころから誇りに思う。








―――――――――みんなみんな、大好きだ。




















「で、なんでありさがここにいるんだよ。」


むっとした表情を見せているのは拓也だった。


「別にいいでしょ。兄ちゃんだけ輝先輩と寝るなんてずるいもん。」


「まぁまぁ二人とも。3人で仲良く寝ようよ。」


自分を間に、言い争う二人を輝は落ち着かせた。


「・・・・・輝がそういうんなら。」


「さすが輝先輩!兄ちゃんと違って大人ですね!」


「それどういう意味だよありさ。」


「ははっ。もう12時だよ。」


そう言われたありさと拓也は時計をほぼ同時にみた。


正確には日が変わる五分前ぐらいだった。


「そっそうだな。明日こそは学校だし、寝るとするか。」


「それもそうだね。兄ちゃん、輝先輩。おやすみなさい。」


『おやすみ』


輝と拓也が同時に言った。


寝ているポジションは輝を真ん中にして両サイドにありさと拓也が寝ている状態だ。


しばらく目を閉じていた輝だったが、あまりにも物静かであったため、隣の二人を少し気にかけた。


(もう二人とも寝ちゃったのかな。)


そう思って輝は左右を見た。


幼い二人の寝顔がそこにあった。


どうやらもう寝ているようだった。


兄妹なだけに、寝顔もそっくりだった。


そんなこと考えていたその時だった。


両サイドから体を優しくつかまれた。


「輝・・・・・。」


「輝先輩・・・・。」


あまりにもタイミングのよすぎる二人に、実は起きてるんじゃないのかと疑ったが、やはり起きている気配はない。


二人の寝言だった。


優しい二人の肌触りを感じる。


輝もそっと目を閉じ、涙を流した。


(幸せだ・・・・本当に幸せだ。)





――――――人知れず、輝は静かに泣いた。
















あぁ神様。


どうか時間を止めてください。


どうかこのまま愛おしい笑顔を壊さないでください。


どうか幸せを奪わないでください。


僕はお金も地位も栄光もいりません。


そばにいてくれる大切な人と、ずっと一緒にいたい。


たったそれだけなんです。









第16章はいかがでしたでしょうか?


とりあえず、書き溜めしていた原稿を全部投稿することができました。


続きは作成中です。


少し更新ペースが遅れると思いますが、なるべく早く更新するので


次回も読んでいただければ幸いです。







それから、いつもこんな駄作なのに読んでくださる方々、本当にありがとうございます!


感謝の気持ちでいっぱいです(涙)



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