第15章 ~予期せぬ前触れ~
始めはほんとに小さなことだった。だけどどんどん異変が起きていき、輝に悪い想像がまとわりつく。
もっと笑い合っていたかった。
もっとそばにいたかった。
もっと愛し合っていたかった。
願っても、祈っても、望んでも。
運命は覆せない。
そんな運命、僕はいらない。
そんな運命、僕は望まない。
だけど
わかっていても、覚悟を決めていても
涙がとてつもなく止まらないんだ。
-君の笑顔も泣き顔も- 第15章 ~予期せぬ前触れ~
「さ、寒い。」
肩を上げ、手を組みながら少しガタガタと震える拓也は寝起だった。
寒がる彼はぬくもりを求め、家族がいつもそろっているリビングへと向う。
リビングのドアを開けた瞬間、もわんと暖かい空気が流れ込んできた。
おいしそうな香りを漂わせる朝食と、ストーブのぬくもりだった。
さっそくストーブのそばに行こうとする拓也。
しかし、そこにはもう先着がいた。
彼とよく似た容姿の女の子。朝本ありさである。
「おい、ちょっとそこ変わってくれ。」
寒がる拓也の言葉に反応したのか、そういわれるなりありさは振り向いた。
「えー寒いから嫌だ。」
「はぁ!?」
無愛想でそっけない態度をとるありさがちょっとしたわがままを言うと、拓也は表情をゆがめて批判の声を上げた。
「お前さっきからずっとそこであったまってるんだろ!?だったらいい加減俺に代われよ!」
「やーだー。早く取った者勝ちだよ。遅くまで寝てる兄ちゃんが悪いの。」
「はぁ・・・・・・。」
何を言っても言うことをきかないありさに、諦めがついたのだろうか。
拓也はため息を一つだけこぼしてとぼとぼとその場を離れ、そのままイスに腰掛けた。
そして目の前のテーブルの上にお雑煮が並べられていることに気が付く。
(そういえば・・・・・・今日正月だったな。)
拓也はそれを見てふと思った。
あまり物事に興味を持たない拓也は今日が正月であることをすっかり忘れていたのだ。
ガチャンッ
眠たい目をこすっていると、突然玄関を閉める音が聞こえた。
そしてそこには少し寒がるありさがいた。
いつの間に外へ出ていたのだろうか。
ありさが何かを手に持っているように見えたが、あまり気にすることはなかった。
しかし、異様なありさの笑顔っぷりにおいては、少し気がかりに思う。
そんなありさはつまらなそうな拓也を見るなり、怪しげな微笑を見せつけた。
拓也はなんだよといわんばかりに近寄ってくる彼女を見た。
「兄ちゃんよかったね。」
「あ?何がだよ。」
さっきのこともあってか、いまひとつ拓也は不機嫌な態度で接した。
そんな彼の態度を見てありさは
「兄ちゃんがそんなに怒るんだったらいいこと教えてあげない。」
と、少しぷくっと頬を膨らませて言う。
「あーもうわかったよ。もう怒らないから教えろ。」
少しめんどくさい女だなぁと思いながらも、
なんやかんやで拓也自信が一番何を手に持っているのか気にかけていたため、ここは素直におとなしくした。
「しょうがないなぁ。はい、これ。兄ちゃん宛だよ。」
「はがきか・・・・・!?」
差出人の名前を見た瞬間に、拓也の表情と目の色が180度回転した。
そこに記されていた名前は、『空西輝』であった。
「ええええ!?まじか!?まさかお前、ココまで手の込んだいたずらを俺に――――」
「違うわよ!!まったく失礼ね!!」
今の言葉に対しては、さすがにありさに怒られた。
「だよな、こんなにありさの字が上手いわけが―――うわっ!!」
デリケートなありさを小ばかにした拓也は、ありさからの本気の蹴りを腹部にくらった。
顔に似合わずありさは空手をやっている。
「いってぇ!冗談だってことぐらいわかれよな!」
少し苦しみながらも言い返す拓也に対し、ありさは危ない笑顔を見せた。
「もう一回、蹴り入れられたい?」
そういい終わる頃には拓也はとっとと自分の部屋へ退却していた。
「はぁ・・・・・まったくもう・・・・・。」
どっちが多くお互いをあきれているかなど、もうはなかではない。
「うぅ寒い・・・。」
そう言ってもう一度ストーブの前で腰掛けるありさの表情は、静かな笑顔であった。
「ぃやぁったぁぁぁ!!」
拓也は自分の部屋の中で、今の気持ちを大声に出して表現した。
すると、思った以上に大きな声が出てしまったため、あたふたと自分で自分の口をふさいだ。
そんな彼の手には、初の輝からの年賀状。
(やべぇ嬉しい。今年も宜しくだなんて当たり前なのになぁ。)
そんなことを考えながら穏やかな表情をこぼす拓也。
実は拓也のほうも、ちゃっかり輝に年賀状を出していた。
そして一方、輝はというと、拓也と同じように届いた年賀状を見るなり、穏やかな笑みをこぼしていた。
―――――誰にも真似できない、とても幸せな笑顔であった
*****
すこしだけ教室は静かだった。
まだ冬休み明けなだけに、室内は肌寒い。
教卓では、高校生レベルの英語を教師がペラペラとしゃべる。
それと対等的に、上の空の生徒や窓の外を眺める生徒。
そんな教室の中に、輝はいた。
彼はいつものようにシャーペンをノートの上で走らせる。
だがしかし、今日はなんだか体がだるかった。
まぶたが重い。
かといって昨日夜更かししたわけでもない。
(いつもはこんなことないのに・・・・。)
輝はひとり、心の中でそう思った。
徐々に睡魔は輝を襲い、とうとう彼は眠気と体のだるさに屈し、やがて顔を伏せてしまった。
そんな彼だったが、授業の内容はちゃんと頭に入れておきたいと思い、耳だけで授業に参加した。
「えーここの英文を読んでもらいましょう。そうですねーじゃぁ空西くん。」
少し長めの髪をゆるく一本にたばねた英語教師の彼女は、そういうなり輝のほうに目をやった。
だが、彼女に対して輝の反応はない。
「空西くん?」
もう一度名を呼んだがやはりそれらしい反応はない。
彼女は輝の席まで近づき自分の持っていた教科書を振り上げた。
たちまち後頭部とそれがぶつかり合う音が鳴った。
それと同時に輝のうめき声が聞こえ始める。
「いっ・・・先生?」
「先生じゃないでしょ。もしかして寝てたの?」
「え?・・・・いえ・・・・寝ては・・・・。」
『寝てはいない』
輝はそう思った。
というか、寝る気はさらさらなかった。
そんな彼に寝ていた自覚はない。
しかし実際にはこの有様だ。
(知らないうちに寝てしまった?)
輝はそう解釈することしかできなかった。
「空西くんが授業中寝るなんて珍しいわね。先生、これが初めてよ。」
ややこしいことを考えている内に、彼女も不思議そうにそういった。
周りのクラスメイトも、不思議そうなまなざしでこちらを見ている。
「さ、授業に戻るわよ。空西くん、ここの英文読んで。」
「あ、はい。」
いきなり命令されてすこし戸惑ったが、まじめに勉強している彼のことだけあって、少しも困らなかった。
全部英文を言い終わったあと、発音もしっかり合っている彼の読みをきいて、彼女もいつものように彼を感心した。
落ち着いて輝は自分の席に腰掛ける。
輝は、突然変な気分にかられてしまっていた。
*****
「疲れた・・・・・・。」
放課後の仕事を任されている輝はそうつぶやいた。
彼の担当は図書室。
でたらめになおされた本を、一つ一つ整理すのも仕事の一つだった。
本当は一人でやる仕事ではないのだが、ほかの生徒はさぼって、姿をくらませていた。
きっと嫌気がさしてもう帰ってしまったのだろう。
輝には、ほかの生徒に手伝うようお願いする気もわかなかった。
輝しかいない図書室は静かで、時期的に日が落ちるのが早く、夕日に照らされていた。
きれいだと思う反面、すこし気味悪かった。
図書室の本は、新品から古いものまでそろっており、管理が悪い本に関しては、埃がたまっていた。
それをきれいにはたくたび、輝はむせてしまう。
どうやらこの必要以上に広い図書室を、一人で正すのには時間がかかりそうだ。
思った以上に大変な状況に、輝は思わず天を仰いでしまった。
天といってもここでは図書室の天井にすぎないのだが。
(拓也、どうしてるんだろ・・・・。)
拓也を含む代表生徒と生徒会が出席する大事な式は、二学期いっぱいをもって終了したらしい。
そのため、拓也は前よりも一段と早く下校をすることができる。
きっともう帰ってしまっただろう。
そう思った次の瞬間、それは現れた。
勢いよく自分の両肩に何かがのっかった。
「ぅわっ!」
突然の出来事に輝の悲鳴はおかしな悲鳴になってしまった。
「驚いた?」
いつもの聞きなれた声が聞こえたと思うと、見慣れた整った顔が自分の顔を覗き込む。
「あんまり驚かさないでくれよー。」
輝はその存在を確認するなり、疲れがたまっているせいもあってか、とたんに力が抜け落ち、ふにゃぁっとゆっくり倒れこんでしまった。
「輝!?大丈夫か!?ごめんごめん、俺が悪かった。」
「ははっ。少し驚いただけだよ。」
それを聞くなり驚かした本人は平常心をとりもどした。
輝よりも少し幼い顔をした同学年の青少年。
そこにはほかの誰でもない、朝本拓也がいた。
「しっかし、拓也。どうやってここにいるってわかったんだ?」
「ん?いやー輝が遅いから心配でさ、教室に行ってみたけど誰もいなくて。そんで教室を見渡したら図書室の担当の名前に輝の名前があったからこっちに来てみた。」
なるほど。輝はあっさり理解する。
「拓也のそういうところ、毎回感心するよ。よく先生にばれずにここまでこれたね。」
二人の制服は学ランで似ているが、輝の学校に金髪の生徒は一人もいない。
頭髪を見ればひときわちがう学校の生徒であることがまるわかりだった。
「それって誉められてるって解釈していいんだよ・・・・な?」
「うん。」
満面の笑みを見せる輝に拓也は苦笑いで返した。
表情が少しゆるむと、輝は壁にかけられている少し大きめな時計を見た。
針は19時半を示している。
さっきまで夕暮れだと思っていた窓の外は、きれいな星と暗黒に包まれていた。
元からついていた電気が室内を照らしてくれている。
自分が思っていたよりも時間が経過していることに気がついた。
「ごめん拓也。こんな時間になってるなんて気がつかなかった。」
「いいっていいって。こんなに広いんだし無理もねぇよ。実際に初めて見たけどこの広さは異常だって。」
若干ふざけた笑い方をする拓也は、右手の手首を上下に数回振って、その場の空気を茶化した。
「あとやらないといけないことどれぐらい残ってるんだ?」
「えっと、まだ向こうのほうに整頓されていない本と、窓ふきと、今借りられている本の確認と、それから・・・・・。」
「ようするに、まだまだ終わらないってことだよな。」
「う、うん・・・。」
即答された輝は思わず苦笑いをぽろりとこぼした。
「で、でも俺一人でできるから。拓也は手伝わないで待っててくれてればいいよ。」
すこし焦ったように輝はそういうとすっと立ち上がる。
いっぽ右足を踏み出したその時、体がバランスを崩し始めた。
激しい立ちくらみが自分に襲いかかる。
そのままド派手に輝はずっこけた。
「おっおい!大丈夫か?!」
「びっくりしたー。ははっ。ただの立ちくらみだよ。平気平気。」
そういって自分の力で立ち上がろうとする輝を、拓也は押さえつけた。
輝の体は簡単にへばってしまい、へろんと腰が落ちる。
「全然平気そうに見えねぇよ。さっきからうつろな顔してるし。疲れてるんだろ?」
「別に、俺は疲れてなんか。」
「嘘だ。」
言い訳をすると、輝は拓也にすこし怒られてしまった。
「俺が全部やっておいてやるから、輝は寝てしっかり疲れをとって。」
「で、でもそれじゃぁ拓也に迷惑かける。」
「いいんだ。前に掃除手伝ってくれたお礼。それに・・・・・。」
「・・・・拓也?」
急に拓也は口ごもった。
「あんまり心配させないでくれ・・・・・。」
その言葉に、輝の眼は見ひらいてしまった。
だけどそれもつかの間で。
「ひ、輝っ。」
「それはこっちのセリフ。」
輝はすこし乱暴に拓也の髪をかき交ぜた。
「輝!俺は本当にお前のこと心配して!」
「わかってるよ、ありがとう拓也。」
輝の言葉と表情に、拓也は言い返せなくなってしまった。
(俺はちゃんとわかってる。輝が本当に疲れていることぐらい。)
輝の笑顔は作りものにすぎなかった。
口は笑っていても、目は笑っていなかったのだから。
「輝、お願いだから俺の言うことをきいてくれ・・・・・。」
「拓也・・・・・。」
いつも以上に心配をする拓也の姿をみて、輝は戸惑った。
「ほんとに拓也にまかせちゃっていいのか?」
散々迷ったあげく、輝は拓也の言うことを聞いた。
「いいにきまってるだろ。俺が好んでひき受けてるんだから。」
その言葉に輝は、申し訳なく思う気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになった。
まだまだ冬の夜は、気温が下がって寒い。
この図書室内も同じで、肌寒さが目立つ。
そんな状況でるのにもかかわらず、拓也は学ランを脱ぎ始めた。
すると、たちまちいつも愛用している赤いTシャツが現れた。
「寒いだろ?これでもかけて寝ないと風邪ひくぜ?」
「いいのか?・・・・でもそれじゃぁ拓也のほうが風邪――――」
「輝。」
「ご、ごめん。」
言い訳するとまた怒られてしまった。
「ほ、本当にごめんな。俺、あっちのほうで少し休んでるね。」
そう言って輝が指差した先には、読書用の机といすが用意されていた。
「うん、終わり次第起こすからゆっくりしてろよ。」
「ありがとう。」
輝はそれだけを言い残し、拓也から離れた。
足が石につながれているかのように重たい。
(また風邪か?)
輝はそう思った。そう思いたかった。
いすに腰掛けると、自分の体がいとも簡単にすとんと落ちて行くのがわかる。
ただでさえ自分は拓也に迷惑をかけている。せめてこうやって見守っていよう。
しかし、そうしていたかったけれども、あのときと同様、急な睡魔が襲ってきた。
あまりにも急で、大きな不安にかられてしまう。
そうもこうしているうちに、うとうとと意識が飛んでいき、目をあけられなくなっていった。
*****
「輝くん、輝くん。」
突然自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
きっと図書室の整理が終わったんだ。だから俺を起こしてくれているんだ。
早く起きよう。そしたら拓也にお礼を言おう。
―――――『ありがとう』って。
「んっ。」
輝はゆっくりと目を開けた。
一番に自分の目に飛びかかってきたのは拓也――――ではなかった。
「輝くん大丈夫?ずっと苦しそうに唸ってたわよ。」
名前の呼び方も声も姿も、全部拓也と違っていた。
だけど、昔からよく知ってる女性。
「原田・・・・さん?・・・・・・・えっ?」
意識が次第に戻っていくと同時に、今ある状況がはっきりと浮かび上がる。
心配そうにしている原田看護師。
景色はあたり一面に広がる図書室ではなく、いつもの見慣れた自分の部屋。といってももとは病院だが。
明らかにおかしな現状に輝は戸惑いを隠せないでいた。
何がどうなって自分がいまここにいるのかわからない。
「っ拓也は!?」
瞬間的に彼の存在を思い出した。
起こしてくれるはずの拓也を、どんなに探しても見つけられない。
「心配しなくてもいいのよ。拓也君ならいま学校にいるわ。」
「・・・・・学校?」
今は夜ではないのかと自分を疑うなり、窓の外を見た。
空は青く晴れており、昼のような空。
あからさまに夜ではないことが手に取るかのようにわかる。
「なん・・・・で?いったい何が・・・・。」
「輝くんは丸一日寝てたのよ。」
「え?丸一日?」
「えぇ。それも苦しそうに唸ってたわ。何か悪い夢でもみたの?」
「いえ、そういうわけでは。むしろ夢は見なかったです・・・・・。」
「そう。きっと拓也君学校が終わったらすっとんでここに来るでしょうね。」
ふふっと彼女はさわやかにほほ笑んだ。
「お、俺図書室にいたんじゃ・・・・。」
「そのことなら拓也君から聞いたわ。なんたって拓也君ダッシュで輝君をおぶってここまできたんですもん。名前を呼んでも唸って起きないから、すごく心配そうに見てやってくれって、一生懸命小池先生にお願いしにきたのよ。」
「そんなことが・・・・・・。」
輝は落ち込こみ、複雑な気持ちに押しつぶされそうになっていた。
「輝!!」
いきなり変声期を通り越した年頃の男の子らしい声が背後から聞こえた。
その声はどこか焦っている様。
何事かと思い、その場にいた二人はその声へ反射的に体を振り向かせた。
二人と目があった彼は、少しおどけてしまったが、輝の姿を見るなり不安な表情をさらけ出した。
「輝ー!!」
もう一度彼の名を呼ぶと、勢いよく彼のもとへかけつけ、思い切り輝に腕をまわした。
「大丈夫だったか?!俺すんげー心配したんだぞ!?」
「大げさだよ拓也は。全然大丈夫。」
不安がる拓也を元気づけようと、輝は明るい笑顔を彼に見せた。
「よかったー。あ、あれ?」
自分の瞳とほほに違和感を感じた拓也。
触ってみると、指先が簡単に濡れた。
「涙でちゃった・・・・・・きっとほっとしたから・・・ははっ。」
そういうと拓也は必死で笑顔を取り繕ろい、涙を両手でふき取った。
目の周辺から手を遠ざけた瞬間、肩にすこしの重みと熱がこもった。
「大丈夫、大丈夫だよ。だから心配しないで。俺は元気だから。」
輝の柔らかい声が耳元でじかに聞こえてくる。
「本当に・・・・本当なのか?」
「あぁ、もちろんだよ。」
輝はもう一度明るい笑顔を見せた。
「なぁ拓也、学校はどうした?」
「学校?あぁそれなら早退したよ。まぁドタキャン・・・・・かな?」
拓也は茶化すかのように舌を少し出した。
「おいおいそんなことして大丈夫なのか?俺のためにそこなまでしなくたっていいんだぜ?」
「何言ってんだよ!学校よりも輝の体調のほうが大事にきまってるさ。」
拓也はあいづちを一度だけし、胸を張って言った。
「俺って幸せ者だな、ほんとに。」
「?」
急に改まった態度をとる輝に拓也はキョトンとする。
「だって、こんなにも大切な人に想ってもらえて、心配してもらえて。ときどき怖くなるんだ。こんなに幸せでいいのかなって。」
輝はそっと目を閉じた。
拓也は、小さく右手でこぶしを作り、そのまま輝の胸を軽くついた。
「俺も、いつもそんなこと考えてた。」
二人は顔を見合わせるなり、笑いをこぼしてしまった。
なにしろ二人して同じことを考えていたのだから。
「つらい時はなんでも俺に頼ってくれよな。ぜってー輝の支えになるから。」
「ありがとう。でも無理はしないでね。」
そういった彼の表情と声は優しかった。
そんな二人をよそに、原田看護師はそばで見守っていた。
「原田さん、ちょっと。」
ドアから小池医師の声が聞こえた。
名を呼ばれた彼女はそれに反応する。
「はい、今行きます。」
原田看護師は、彼と一緒に部屋を出て行った。
小池医師と原田看護師の行動をみるなり拓也は
(どうしたんだろう小池先生。あんなに真剣な表情をして。)
そう思い、少し不思議そうな表情を浮かべた。
「きっと仕事で何かようがあったんじゃないかな?」
拓也をみるなり、輝は言う。
「そうだよな。俺もあんまり長居してちゃ仕事の邪魔になるだろうし、そろそろ悪いけど帰るな。」
「うん、今日は本当にありがとな。俺のために早退までしてくれて。」
「礼なんていらないよ。輝に何かあったらいけないからな。安静にしてろよ。」
拓也は笑顔を見せ、そのまま歩いて室外へと出て行った。
彼の姿が見えなくなると、輝の表情が一転した。
笑顔は消え、一気に悲痛な表情へと変わる。
突然目がかすみ、激しい頭痛が襲いかかった。
それは苦しさを感じさせるものだった。
次第に輝はベットのなかでうずくまり、歯をくいしばる。
あまりもの痛さに、輝はベットのシーツを強く握りしめた。
それは数十分の出来事だった。
頭痛や目のかすみは和らぎ、普通にじっとしていられるほどにまで回復した。
自分の体のことなのに、まったく原因がわからなった。
なぜこんなにも急激に激痛が襲ってきたのか、なぜ嘘だったかのように急におさまるのか。
そんなことを考えれば考えるほど、悪い想像しか思いつかなくなってしまう。
彼の表情はひどく、いつもの笑顔はない。
ただ騒然と、静かに黙りつくしていた。
と、その時だった。
「輝くん。」
物静かな原田看護師の声が耳にはいりこんだ。
それに反応した輝も物静かに目を合わせた。
そこには輝と同じぐらい優れない表情をした原田看護師の姿があった。
輝は原田看護師の様子をみるなり、大体の彼女が言いたいことの予想がついた。
「ちょっとこっちに来て。ゆっくりでいいから。」
彼女は手招きして、背中をむけた。
そう言われて輝はゆっくりと立ち上がり、先に行く彼女の背中を追った。
あたりのいつもの病院の廊下が、異常なまでに暗く、不気味に感じられた。
まるで、これからの事実を冷たく物語っているかのように________