償いは結婚
もとは数代前の天帝の異母兄弟を祖先に持つ、血筋だけは超一流の我が家
しかし、それでウハウハだったのは、曾祖父の時代まで
現在の我が家は唯の一般市民
しかも家計に関しては火の車だった
なのに――
カランと転がるのは、先程まで並々とラーメンが洩られていた器
その中身はどこに消えたかというと
「い、茨戯様……」
やばい
これはやばい
ゆるやかな巻毛が美しいゴージャス系の美女の頭には、まるでソバージュのようにラーメンの麺が絡みつく。
ところどころにアクセントとしてナルトやしなちくが乗っかっている。
誰もが凍り付いた
ただ一人、その美女だけがすぅ……と眼を細めて私を知る。
「ウフフフ」
ああ、美人って声も綺麗なんですね……と現実逃避するも、その鋭い視線が意識を失うことを許さない。
「良い度胸ね、アンタ」
「あ、あああのっ!すいません、何でもしますので許して下さいっ」
「何でも……ねぇ?良い度胸してるじゃねぇか、この小娘が」
あれ?男言葉?
その美女が、実は男の人で、しかも王宮の高官にしてこの国の国王様の側近だと私が知ったのは、バイト先から連行された王宮でのことだった――
物心ついた時には母親を手伝って内職に明けくれ、十歳を越えた頃には新聞配達に勤しみ、ついこの前十五歳の誕生日を迎えた後はアルバイトを三つ掛け持ちして家計を支えていた。
中でも、ラーメン店のアルバイトは昨日から始めたばかりのアルバイトだった。
時給はそう高くはないが、それでもまかない飯がつくし、余った食材は持ち帰め事も出来る恵まれたバイトだった。
なのに――バイト二日目にして、国の高官にラーメンをかけてしまった私。
当然、バイトはクビだろう。
いや、その前に高官ともあろう人がラーメンなんて庶民の食べ物を下町まで食べに来るなと私は叫びたい。
が、その前に一つだけ聞きたい。
「あの……」
「まあ!お綺麗ですわっ」
「流石は茨戯様の選ばれたお方ですわ!」
どうして私は侍女と呼ばれる職種の方々にお姫様のような服を着させられているのでしょうか?
しかも、それが花嫁衣装だと気付いた時には、私の前には神父様がいた
いや、神父ってちょっと待って
確かに、現在の天界では結婚式は人間界で行われる結婚式の形式が流行っている。
だけどだけどっ!!
神が一体何に誓うというのだ?
しかし私の意思とは余所にそれはどんどん進んでいく。
「はい、後は濃厚な誓いの口づけを交わせば終わりです」
「のっ?!」
人畜無害な顔してとんでもない発言をする神父に私は心臓が口から飛び出しかけた。
誰かこれは夢だと言って!!
だが、そんな私の思いとは裏腹に彼は私を強引に引き寄せる。
「あ、ああああのっ」
ちょっと待って下さい、話せば分かります
何とか伝えようとする私に、茨戯と呼ばれた薔薇の如き美女――ではなく美男子が微笑んだ。
くそう……着飾らされている私よりも女らしいってどういう事よっ!
「葵花」
「は、はい?」
突然名前を呼ばれて私は飛び上がりかけるも、しっかりと腰に回された手がそれを許してくれない。
そうしている間に、耳元に寄せられた唇から、それは吐息と共にもたらされた。
「ガタガタ抜かしてると犯るわよ?」
――っ!!
そうして美味しく頂かれたファーストキス
ああ、創世の二神様
いくらラーメンをぶちまけてしまったとはいえ、こんな展開は酷いです
「なんでもするって言ったのはアンタでしょうが」
「だからって、普通は金寄越せとかそういう話になるでしょうがぁぁ!!」
結婚式が終わり、さて次は初夜と言わんばかりに寝室に押し込められた私は、逃げようとするもそれを察知したかのように現れた茨戯様に捕獲された。
しかも、足に鎖をつけられてしまい、その端はいま私達がいる寝台の足の部分に繋がっている。
これはもはや監禁と言っても良い。
というか、新婚の花嫁にする所行ではないだろう。
いや、もしかしたら貴族の結婚ではあるのかもしれないが、残念なことに私は庶民だ。ドM的被虐思考も微塵もない。
そうして、終には相手が国王様の側近だろうと関係なしに騒ぐ私に、茨戯様は楽しそうに笑った。
「アタシ、お金には困ってないのよ」
「なら何でこんな事したんですかっ」
「暇つぶし?」
「いやぁぁぁっ!一番聞きたくない言葉よそれぇっ」
叫ぶ私を茨戯様が楽しそうに見ているのが分かる。
「別にいいじゃない。話を聞いたけど、アンタの家ってかなりの貧乏なんでしょう?それが高官の妻よ?」
「私は平凡に暮らすのが夢であって、厄介毎に巻き込まれるのはお断りですっ」
「贅沢できるわよ?」
「平穏は贅沢よりも価値が高いですっ」
「…………」
黙ってしまった茨戯様。
この隙にと逃げ出そうとしたが、ガシっと足を掴まれる。
「そんなに嫌なの?」
「当たり前です。っていうか、どうしてこんな事になるんですか!普通、花嫁にするならどこかの美しい貴族の姫君な筈ですっ」
「その手の女は面倒」
「狩り尽くして飽きたんですか?!」
「…………」
あり得る。
これだけ顔も体もいいし、稼ぎも良ければ女性なんて黙ってても寄ってくるだろう。
「あ、でも隣国とかにも範囲を広げれば」
「葵花」
「はい?」
「あんた、失言が多いってよく言われるでしょう」
「な、なんでそれを?!」
もしやこの方は超能力者だろうか?!
って、神だから超能力者もへったくれもないだろう。
けど、どうして一市民である私の欠点を知ってるのか?
「まあ、いいわ。それより、結婚した理由よね?簡単な事よ。虫除けが欲しかったの」
「はい?」
「だから、好きでもない女達に言い寄られて、縁談話を押しつけられるのにうんざりしていたのよね、アタシ。けど、どんなに文句を付けても縁談はなくならないし、近頃なんてだまし討ちまでされかけるし……こうなったら、適当なのを見つけてさっさと結婚してしまおうと思ったのよ」
「はあ……」
「でも、そこで重要なのは相手の選択よ。下手な後見がついているのを見つけたらとんでもない事になるじゃない。その点、アンタだと邪魔になるものはないし」
「まあ、うちは貧乏だし」
血筋だけはいいらしいが、それで食べていける筈もない
って、ちょっと待って
「すいません、茨戯様。その話の流れでいくと、その縁談話を持ってきた方々を私は敵に回すのでは」
すると、茨戯様はにっこりと微笑まれた。
「大変ね~、これから」
「お、鬼いぃぃぃっ!」
「何でもするって言ったでしょう?ウフフ、これからが楽しみね」
こ、この人、思いきり楽しんでるっ!
というか、降るように来る縁談から身を守るために私は利用されたという事か
「わ、私、帰ります!今すぐ帰ります」
「帰れると思ってるの?結婚は正式なものとして認められてるのに」
「なら別居します、別居!!」
寝台をばんばんと叩く私に、茨戯様が不敵な笑みを浮かべた。
「そう……でも、アタシ、人の嫌がることをするのが楽しみなのよね~」
「それって変態って言うんじゃ、あっ」
そこまで言って自分の失言に気付くももう遅い。
「本当に……このアタシにそこまで言えるなんて面白い娘だわ!!」
「うわぁぁんっ!押し倒さないでえぇぇっ」
その後、体も美味しく頂かれた私は、茨戯様を狙う自国、隣国の貴族の姫君達の嫌がらせの的にされたのでした。
撤退するかどうか悩んでいるのに、新連載なんてするなって話ですよね……。すいません、ストレス発散で描かせて頂きます。