黒金の餅
いらっしゃいませ。
-登場人物-
今羽 明莉愛
三色 純恋
あの子に出会ったのは4年前だった。
窓際で憂鬱そうに外を眺めながら、陽の光に美しく照らされた横顔は、ミロのヴィーナスなどの比ではないほどに美しかった。
「あの、今羽さん」
「…ん」
「…あ、あの、LINE交換しませんか」
彼女は少し躊躇い、しばらくしてスカートからスマホを取り出す。
「…よろしくお願いします、三色さん」
こちらに差し出された液晶には目玉のような3点とまだらな黒いピクセル模様が映し出されている。
それ以来、私たちは共に行動するようになった。
移動教室でも、放課後も、登校も。
思わぬほどに共通点の多かった私たちは、あっという間に意気投合し、俗に言う「親友」となった。
そうして、花火大会や、市民プールや、初詣、まさにどこにでも二人で行った。
雪のしんしんと降る、師走も終わりを迎える頃。
「ねぇ」
「ん」
「このショートケーキ美味しそうじゃない?」
「ん、確かに」
ケーキ屋さんのショーケースの前で、襟元がもこもことしている、なめされていない毛皮のようなコートに、ふわふわの耳当てをしている彼女の姿は、雪をモチーフにした天使のようであった。
「この上に載ってるのってパンジ…」
「んー、もふもふー」
辛抱たまらんっ、とそのふわふわとした部分を飼い犬を撫でるかのように愛撫すると、
「ちょっ、やめっ…」
彼女はかすかに笑って困ったような顔をした。
「えへへへへへ」
「なんで続けるのぉ…?」
その愛しさと愛らしさの狭間で自身の理性が静かに崩壊していく様にはまったく気づかないまま、私は彼女を享受していた。
そのままショートケーキやら靴下やらを買い、二人で私の家へ来ることとなった。
「親御さんはいないの?」
「うん、こんな日に出張だってさ」
「残念だね」
「うん」
実際のところ、クリスマスに出張ではあったが、よくあることだったのでさして残念ではなかったし、何より友達と初めてのホームパーティーということもあってむしろ嬉しさの方が勝っていた。
テーブルの上も赤や緑で彩り、あっという間にリビング・ダイニングはやれ日本の地域風土はどこへやらと言わんばかりになった。
「…んー、とりあえずクリスマスおめでとー!」
「…クリスマスおめでとうってなんだろ」
外は雪が積もり一面白くなったが、それをまた夜闇が塗りつぶしていく。
そしてガラスを隔てた室内には、この日のために誂えられたテーブルマットや食器など、実にさまざまな趣向が凝らされていて、それらをまたキャンドルを模った電球の滑らかな光が照らしている。
「まあまあ、クリスマスなんだからいいじゃない」
「確かにそうかぁ」
「ってことでー、じゃーん、クリスマス用のでかいチキンでーす!」
ここで私はテーブルの上にあった銀のカバーを持ち上げる。
「おぉ…」
彼女は中から現れたてらてらとした照り焼きチキンを見て、目を大きく見開く。
「すごいね」
「あとね、じゃーん!」
さらにさらに、と言わんばかりに、冷蔵庫の中から半透明で小麦色の、冷えた飲料を取り出す。
「……ジンジャーエール?」
「そうそう!なんかシャンパンみたいかな、って」
そう言うと彼女は可笑しそうにしながら嬉しそうな声色で言う。
「私たちが二十歳になって、今日みたいにお酒飲めるといいね」
「…それまでずーっと友達だよ?」
「うん、よろしくね」
そうして、雪の降るクリスマスに私たちはささやかな契りを交わしたのだった。
「…めっちゃ混んでるね」
「ねー、やっぱりみんな初詣なのかな?」
「そうだと思う」
平日の満員電車かと錯覚するほどの人混みに流されながら、初めての友人との初詣に胸を高鳴らせる。
片方の手ではすっかり錆びて輝きのない銅のコインを握り、もう片方では、はぐれないように、と彼女と手を繋ぐ。
何十分経っただろうか、ようやく私たちの番がまもなくとなった。
「ね、明莉愛は何をお願いするの?」
「…内緒」
そういって可憐な指を唇にそっと立てる。
どうにも艶かしさよりも美しさがたって思わず息を呑んだ。
「…っ」
「…あと、初詣は今年の安泰を祈るものだし、あんまりお願い事をするものでもないよ」
「…そうなの?知らなかった」
白い息を吐きながらそう言う彼女は、どこか神々しさというべきか、神秘的な部分もあるように思われた。
「あ、私たちの番だよ」
「ほんとだ」
礼をし、賽銭箱に静かに硬貨を入れる。
かすかに悴む両手を叩く。
『ずっといっしょにいられますように』
今年の安泰などは望んでいなかった。
ただこんな幸せな時間が永遠に続けばいいのに、とだけ思っていた。
「……あ、おみくじあるよ?引かない?」
「ん、引こうかな」
二人して無造作に手を突っ込み、特にあてもないが勘ともいえない何かで一枚、おみくじを引き当てる。
「…どうだった?」
「中吉だった」
そう言って等間隔に折り目のついた細長い紙をピンと伸ばしてこちらに見せる。
「おー!悪くないんじゃない?」
ややあって彼女がこちらのおみくじを指差す。
「…純恋は?」
「末吉」
「いいじゃん」
「うん」
正直「中吉」だとか「小吉」だとか、あまりよくわかっていない。
とりあえず吉だったらいいのか、と適当なことばかり思っている。
二人でそれを持ったまま境内を周っていて、ふとおみくじの「待ち人」のところに目をやった。
『待ち人:未だ来ず。辛抱して待つべし。』
少し残念だったが、まあそのいつかを待つことにした。
「ねぇ」
「…ん?」
「あそこで甘酒売ってる……って」
そこで彼女は言葉を紡ぐのを止める。
その目線はこちらの手元を凝視している。
「…え、どうしたの?」
「……おみくじ、なんでそんなことに…?」
「え」
自分の手元に目をやると、そこには見るも無惨にバラバラになったおみくじの残骸がある。
「……まあいいや、一緒に甘酒飲も」
「…ん、いいね」
その後、紙コップに入った、まだ飲むには少し熱い甘酒を持って暖をとりながら、私は自身の不可解な行動を考察していた。
「この甘酒おいしいね」
「ね、めっちゃおいしい」
言葉とは裏腹に、この甘すぎるような白濁液が対して美味しいとは思えない。
「あ、あそこで餅売ってるよ」
「餅」
わずかに残った甘酒をぐいっ、と飲み干す。
「食べる?」
「…家にあるからいいかな」
「…そっか、じゃあ私買ってくる」
実際にそうであったのかはわからない。
しかし、その微かに哀しそうな声色が、私の中の罪悪感に火をつけた。
「…じゃああたしも食べる」
「ん、一緒に食べよう」
彼女は少しも不思議そうにせず、むしろ嬉しそうにさえしていた。
最近、彼女は前に比べてよく話すようになった。
今もなお無口ではあるが、必要最低限の会話で終わる様子ではない。
そして、口調もより社交的になった。親しみやすくなった。
──それが、なぜだか少し残念に思われた。
その日の夜。
私は床の中でふと疑問に思った。
私は、いや、私の、彼女へのこの気持ちは、果たして本当に「友愛」なのだろうか。
いや、きっと違う。
何であるかなど、もう分かってしまった。
だが、それはきっと口には出せない。
出したら二度と戻れない気がした。
…そして、また、これは私が彼女にした最初で最後の隠しごとだった。
その日以降、私は常に怯えていた。
いつかこの思いがバレてしまうのではないか。
そして彼女に、恐れられ、離れていってしまうのではないか。
そんな強迫観念が私の感情を真っ黒に塗りつぶしていた。
今までなら出来ていたようなことも、できない。
一歩、踏み込む勇気が出ない。
そして、彼女を失うことを恐れるということはまた、彼女が共にいてくれることを確証づけたいと欲することでもあった。
ある日の昼休みのこと。
「……ねぇ、私のことどう思ってる?」
「…え、どう、ってどういうこと…?」
「……好き?私のこと」
「…もちろん、大好きだよ、だって親友だもん」
彼女は、そう、なんでもないことのように言ってのけた。
「……そ、そっか」
「…純恋は?」
「……え?」
彼女の澄んだ瞳が、私のことをまっすぐ捉える。
「…純恋は、私のこと、好き?」
「……あ、え、」
今まで言わないように、耐えてきた言葉だったからこそ、頭の中が真っ白になった。
「……?」
彼女は不思議そうにしている。
焦って、言おうと試みればみるほど、口の中で舌が絡まって上手く言えない。
「……す、す、好きっ!」
彼女は、私の顔が赤いのを見てなのか、クスリと笑った。
「…そっか、じゃあ両想いだね」
「……っ!」
その瞬間、一瞬にして精神が沸点に達し、顔から蒸気が吹き出そうなほどに真っ赤になるのが自分でもわかった。
「……あ、そうだ、こないだ言ってた小説借りたいんだけど、家行ってもいい?」
彼女は何もなかったように言う。
「あ、う、うん、大丈夫だよ」
「よかったー!じゃあ放課後一緒に帰ろっ!」
なんだか最初の頃の彼女とは少し違う、より華やかな、スズランのような雰囲気があった。
「お邪魔しまーす」
うちの家は3人なのに、何故か普通の部屋が4つある。
その4つめは書斎、というより簡易的な図書館のようになっていて、父の仕事柄上頂いた書籍をそこに保管しているのだった。
「階段滑るから気をつけてね」
「うん」
人を先導して家を歩いていると、なんだかお客人をお世話するメイドのような気がして少し面白かった。
「んで、ここにあるよ」
そう言ってドアを開けると、やはりどこか古臭い、本の匂いがこもった部屋が露わになった。
部屋の中には、本の日焼けを防ぐべく付けられた遮光カーテンの隙間から西日が差し込んでいて、カーペットの上を静かに照らしていた。
「おぉ…!私本好きだから嬉しい…!」
「だと思った」
私はあまり本というものを読むタイプではなかったが、逆に彼女はむしろ愛読家であり、そう、出会ったあの日も窓際で「斜陽」を読んでいたものだ。
…まあ、後々彼女に借りて読んでみて、「斜陽」なんてとても高校生が読むものではないと思ったが。
「…ところで、あの小説はこのお部屋のどこにあるの?」
先に部屋に入り中を見渡していた彼女が問う。
「あー、えーっとね」
あらかじめ父にお願いして、書き残しておいてもらったメモを、ワックスがけの赤みがかった木机から取り上げて、書いてある通りの場所を探す。
「あ、あれだ」
「…高いね」
なんと本棚の一番上に置いてあった。
気付いたなら下にしてくれればいいのに、と思いつつ、隅に置いてあった脚立を持ってくる。
「……よっと」
「気をつけてね」
彼女が私の乗っている脚立を抑えながら、上目気味にこちらを心配そうに見つめている。
その目線の先では、普段運動をしない上に私が脚立の上で不安定そうにぷるぷるとしていた。
「……んーっ」
どうもキチキチに本がしまわれているためか、ちょっと引っ張った程度ではうんともすんとも言わない。
しばらく試行錯誤したが、やはりぴくりともせず。
「……」
覚悟を決めて、力任せに本を引っ張った瞬間、それまで色々としたせいか本は思いのほかスムーズに引っこ抜けた。
が、安心したも束の間、後ろ向きのモーメントを殺しきれず、そのまま後ろに倒れた。
「…危ないっ!」
そんな彼女の声と同時に、私はとっさに体を捻って受け身を取ろうとする。
瞬間、ねじった足が脚立に引っかかり、大きく体制が歪んだ。
あっ、と思う間もなく、足が滑り、そのまま脚立から落ちる。
「危ないっ!」
瞬間、私を支えようといた彼女と目があった。
「……あっ!」
そのまま、彼女を巻き込んで、床に倒れ込んだ。
「………う…」
じんじんとする自分の腕がぼんやりと視界に入る。
そして、その腕の間には身体が。
「……ぁ」
彼女とぶつかって、地面に押しつぶしてしまう、すんでのところでどうにか耐えたらしい。
彼女は思わぬ状況と衝撃で少しぽやーっとしている。
もしかしたら頭を打ったかもしれないのだから、早く救急車を呼ばなくてはならない、というのは考えてみれば当たり前だっただろうが、その時は私も衝撃であまり頭が回っていなかった。
そんな社会通例上の適切な行動を考える前に、私の目と残った理性は全て目の前の彼女に注がれていた。
艶やかな唇。血色の良い頬。綺麗に梳かれた髪。
そこで私は考えることをやめた。あっという間に残った数少ない理性が融けていく。
そして、そのままゆっくりと頭を下ろし───
「……お邪魔しましたっ…!」
彼女はこちらを振り向かずに、本もそのままにしてそのまま家を出て行ってしまった。
「……あっ、あ、あ」
私は後悔の念に駆られに駆られ、その後の記憶などほとんどない。
唯一覚えているのは、どれほど「消えたい」と願ったか、ということだけであった。
翌朝、どうにも学校に行くのが憂鬱であった。
朝の目覚めも悪い上に寝癖もしつこく、登校する意欲が削がれていくのを感じた。
「……はぁ」
実のところ憂鬱な理由など分かってはいるが、しかしそれを気にしても行かなくて良いわけにはならない。
しぶしぶ、リュックサックを背負い、家を出た。
スパイのような動きで自分の教室の前に近づき、ちら、とドアの窓から中を流し見る。
「…あ」
そこでは、至って普通のように彼女は本を読んでいた。
私は不思議に思いながら彼女の観察を続けていると、突然、こちらを振り向いた。
「!!!」
慌ててドアの陰に隠れる。
バレていませんように、と祈りながらドアを背に座り込む。
と、ガラガラ、と扉が引き開けられ、支えを失った私の身体はそのまんま後ろに倒れ込む。
「……あっ」
そこには、微笑をたたえた彼女の顔があった。
「おはよーっ」
「……おはよ」
私は少し困惑しながら挨拶を返すと、彼女は怪訝そうにした。
「……どうしたの…?機嫌悪いの…?」
「……え?」
「…なんかテンション低くない?」
もしかして昨日のことは水に流してくれた、ということなのだろうか、と淡い期待を持っていると、彼女は一瞬真顔に戻った。
しかしすぐ、少しいじわるそうな顔をして、指を唇に当てた。
「……もしかして、昨日のこと?」
「えっ」
私の驚いた顔がよほど面白かったのか、彼女は少し笑った。
しかし次の瞬間、彼女は私の唇に唇を重ねた。
「?!」
少しして彼女は顔を離して、満足そうに言った。
「昨日のし・か・え・しっ!」
私はしばらく理解が追いつかずにフリーズしていたが、ようやく理解した瞬間、私の意識は一気に真っ白になった。
いかがでしたでしょうか?
今回も相変わらずの内容ですが、お読みいただきまして本当にありがとうございます。
もし、お気に召していただけましたらぜひ!感想もよろしくお願いいたします!




