【第4話】デビュー曲《ROSE✝REQUIEM》
事務所の会議室に呼ばれたとき、例によって嫌な予感がした。
「カイくん」
俺の面接をしたプロデューサーは、妙に爽やかな笑顔で言った。
「君、歌で勝負したいって言ってたよね?」
「……はい」
「いいねぇ。若いっていいねぇ」
何がだ。
「じゃあさ、デビュー曲、頼むよ」
「……え?」
「最高にかっこいいヴィジュアル系曲、作って」
軽い。
言い方が軽すぎる。
「デビューだよ?インパクトが大事!黒薔薇帝の弟子なんだから、分かるだろう?」
分からない。
養成所にいた頃に習ったのは、王道の爽やかな曲と、少し攻めたロックくらいだった。
でも。
今求められているのは、「闇」「薔薇」「ゴージャス」「王子」。
「……どんな曲だ」
会議室を出たあと、俺は廊下で立ち止まった。
ヴィジュアル系。
闇を背負い、薔薇を纏い、愛されすぎて罪。
……イメージが、全く出てこない。
明るい曲は明らかに違う気がする。
だが暗すぎるのも違う。
ロック?バラード?呪文?
考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
そして――
やってはいけない選択肢が、頭をよぎった。
黒薔薇帝。
いや、待て。
やめろ。
絶対にろくなことにならない。
――だが、今の俺に「正解」を知る方法は、それしかなかった。
黒薔薇帝は、現役のヴィジュアル系アイドル戦士。
俺は、気づけば携帯符盤を取り出していた。
『今夜、来い』
……即返信があった。
その夜、俺は黒薔薇帝のライブ会場に立っていた。
重低音が床を震わせる。
紫と深紅のライトが交差し、ステージ中央に影が落ちる。
そして現れた、黒薔薇帝。
――圧倒的だった。
長い黒髪が揺れ、黒衣が翻る。
照明を受けた横顔は、息を呑むほど整っていた。
荘厳なイントロが流れる。
曲は異様にかっこよかった。
重厚で、なおかつ切なく、耳の奥にまで侵食してくるような音。
そして――黒薔薇帝が歌い出した瞬間、空気が変わった。
――漆黒の月が 涙を裂き
黒き薔薇よ 枯れてなお咲け――
艶やかで、低く、甘い声。
音程は完璧。
ビブラートは滑らか。
高音は刃のように鋭い。
――鎖に囚われし 孤独の帝
哀哭の影を纏い 今、舞い降りる――
客席が一斉に沸いた。
――崩れゆく楽園に 絶望は美酒となり――
ペンライトが揺れる。
――嗤えよ 我が名を 『黒薔薇帝✝アモーレ✝デスペラード!』――
歓声が爆発した。
……歌詞だけ抜き出すと、正直どうかと思う。
だが。
黒薔薇帝が歌うと、成立してしまう。
いや、成立どころか、観客は恍惚としている。
最前列のファンが涙ぐみながら叫ぶ。
「帝ぉぉぉぉ――――!!!」
「デスペラード様――――!!!」
その声には、信仰にも似た熱があった。
黒薔薇帝は、ゆっくりと片手を掲げる。
銀の指輪が光り、鎖が鳴った。
「さあ、哀れな黒薔薇の信徒たちよ……」
ざわり、と会場が震える。
「今宵も我が絶望に、抱かれる覚悟はできているか?」
絶叫。
地鳴りのような歓声。
俺は、呆然と立ち尽くしていた。
……なんだ、これは。
曲は本物。
歌も、容姿も、パフォーマンスも、圧倒的。
なのに。
世界観だけ……全力で痛々しい。
でも。
ファンは、その世界観ごと愛している。
否。
その世界観だからこそ、愛している。
俺の中で、何かが繋がった。
――ヴィジュアル系アイドル戦士。
それは、単にかっこいい曲を歌う存在ではない。
世界観を背負う存在なんだ。
言葉の一つ一つに意味を持たせ、象徴を纏い、己を物語にする者。
ステージ上の黒薔薇帝のコートが翻る。
胸元には、銀の十字架。
芸名にも、曲タイトルにも、やたらと入っていた記号。
――「✝」。
あれは、ただの飾りではないのかもしれない。
きっと、意味がある。
罪と救済。絶望と希望。二面性の象徴。
……たぶん。
いや、きっとそうだ。
そうでなければ、あの熱狂は生まれない。
俺は拳を握った。
「これが……ヴィジュアル系アイドル戦士……」
ならば。
俺も、世界観を持たなければならない。
闇、薔薇、ゴージャス、王子。
そして――「✝」。
あれは、世界観を貫くための、覚悟の刃だ。
……たぶん。
帰り道、俺はずっと考えていた。
「『✝』は……入れるべきだな」
そして――
最高にかっこいい、ヴィジュアル系曲を作る。
借家に戻った俺は、勢いのままに、ノートにペンを走らせた。
《闇》――
それは恐怖ではない。
光を知る者だけが抱く、孤独の証。
《薔薇》――
美と棘。
愛と痛みの象徴。
《ゴージャス》――
ただの派手さではない。
闇の美に選ばれし者の宿命。
《王子》――
まだ王ではない。
だが未来の王たる、孤高の存在。
《✝》――
罪と救済。
そして覚悟の印。
「……」
ふと、ペンが止まる。
「……タイトルにも入れるか」
最後に、書いた。
『ROSE✝REQUIEM』
静寂。
「……できた」
ふっと息を吐き、書き上げた歌詞を、あらためて読み上げる。
――薔薇が散るほどオレが咲く
孤高の目は 罪深き美貌
鏡の中 問いかけるのさ
「今夜も、オレは完璧か?」――
……よし、「闇薔薇✝ゴージャス✝王子」の孤独と儚い美しさを、表現できている……はず。
そしてサビへ。
――ROSE✝REQUIEM 世界の中心はオレ
心ごと焼きつけろ この輝き
美しさこそ正義 愛より価値ある
永遠に咲き誇れ ゴージャス✝王子!――
……愛よりも闇の王子としての美を選び、己の意志を貫く、宿命と覚悟。完璧だ。
すると、この歌詞に合う曲が、自然と浮かんできた。
イントロは切なく、テンポは速過ぎない。
テーマは、壮大で悲劇的な美。メロディーはロマンチックに。
俺は、夜を徹して、曲を完成させた。
このときの俺は、まだ知らない。
これが後に、一生いじられる伝説級の黒歴史曲になることを。
携帯符盤に保存した曲を、プロデューサーがじっと聴いている。
……「薔薇」と「✝」入れすぎたか?
緊張しながら様子をうかがっていると。
「……いける」
震える声で、プロデューサーが呟いた。
「これは売れる」
「……ありがとうございます」
どうやら正解だったらしい。ほっとして息を吐いた。
横で聴いていた黒薔薇帝が、満足げに微笑む。
「フッ、さすが我が弟子。あの一夜を糧に、ここまで仕上げてくるとはな」
プロデューサーはすっかり興奮している。
「これは当たるぞ!演出を強化だ!曲の途中で黒薔薇を散らして、王子の語りを入れよう!!」
「……語り、ですか?」
「当然だ!王子は語るものだ!!」
断言だった。
……そうか。王子は、語るものなのか。
「語らずして、どうやって民を魅了する!」
……民?
どんどん大仰な方向に話が転がっていく。
納得して作った曲のはずなのに――自分が何かとんでもないことをしでかしてしまった気がした。
「期待の新星として、シャイニア報道局と芸能ネットワークに売り込みだ!!」
こうして――ついに、「闇薔薇✝ゴージャス✝王子」として、俺の正




