【第1話】 田舎村の少年は、イケメンすぎた
俺の名前は、カイ。
……少なくとも、今はそう名乗っている。
ピカピカ王国地方アイドル戦士養成所――通称「養成所」へ入所したとき、俺はただ歌が好きなだけの、田舎村出身の少年だった。
父を亡くし、母と妹を支えるために、稼げる道を探していただけ。
アイドル戦士は、この国では憧れの職業だ。
普段はアイドルとしてステージに立ち、歌い、国民を熱狂させる存在。
だがひとたび戦争が起きれば、戦士として呼ばれ、戦場で歌い、味方を鼓舞する。
歌は人の心を奮い立たせる。
士気を高め、恐怖を押し退け、剣を握る勇気を与える。
だからアイドル戦士は、国にとって重要な存在だった。
そして――選ばれるのは、限られた者だけ。
歌唱力、容姿、カリスマ性。
特に容姿は重視される。美と芸術を愛するピカピカ王国の国民性において、イケメンであることは、何より重要なのだ。
昔から、外見を褒められることは多かった。
ただ、それが自分の価値だと思ったことは、一度もなかった。
稼げそうな選択肢のひとつとして、養成所の入所試験を受けたら――運良く合格。
「成績、優秀だな」
養成所の教官は、俺の提出した評価表を見て頷いた。
歌唱力、ダンス、そして剣技。どれも安定している。
特別天才というわけじゃないが、真面目にやってきた成果は出ていた。
だから、デビューの話が出た時も、驚きはしなかった。
歌で勝負できるなら、それでいい。そう思っていた。
問題は、その次だった。
「こうして直に見ると……カイくん。君は想像以上に『顔』がいい」
事務所での初めての面談。
向かいに座った大人は、書類ではなく、俺の顔をじっと見ながらそう言った。
その視線に、違和感を覚える。
「……ありがとうございます」
とりあえず、そう答えた。
「歌も悪くない。でも、それ以上に、このヴィジュアルだ。世界を狙える」
世界?
その言葉が、妙に重く聞こえた。
「歌で勝負したいんですが」
そう言うと、相手は困ったように笑った。
「もちろん歌もやる。ただし――方向性を変える」
資料が机に置かれる。
そこに書かれていたのは、予想もしていなかったジャンルだった。
「ヴィジュアル系アイドル戦士、という路線だ」
聞いたことはあるが、養成所の講義で名前を聞いた程度で、正直どんなアイドルかはよく分からない。
だが、否定する前に、話は次へ進む。
「師匠も決まっている。すでに第一線で活躍している、大物だ」
そうして、扉が開いた。
現れた男を見た瞬間、俺は言葉を失った。
長い黒髪が背中まで流れ、紫の瞳がこちらを射抜く。
鎖の巻き付いた黒のロングコート。
そして……歩くたびに、なぜか辺りに舞う黒薔薇の花びら。
まるで、神話の中から抜け出してきた存在のようだった。
――かっこいい。
それだけは、認めざるを得なかった。
男は俺の前で立ち止まると、急にバッ!と両腕を広げた。
瞬間、どこからか紫色のスポットライトが降り注ぎ、その姿を照らす。
「我が名は――黒薔薇帝✝アモーレ✝デスペラード」
低く、よく通る声で告げられた名前。俺の聞き間違いではない。
「フッ……闇に選ばれし者の顔をしている」
闇。
その単語を聞いた瞬間、胸の奥で何かが小さく引っかかった。
だが、黒薔薇帝は真剣だった。
一切の冗談も、軽さもない。
「安心しろ。我が、お前を最高の薔薇に仕上げてやる」
薔薇?歌い手になりたかっただけなんだが。
俺は、わけもわからずただ聞いているしかなかった。
けれど、周囲の大人たちは満足そうに頷いている。
「では、今日から師弟だ」
そう言って、黒薔薇帝は俺の肩に手を置いた。
その手は、驚くほど力強かった。
――この人は、本気だ。
そのことだけは、はっきり分かった。
だから俺は、その時まだ知らなかった。
この出会いが、後に俺の人生で最も強烈な黒歴史になることを。




