助けてくれと、今更言われましても。
時に、邪気を払い癒しの力『聖力』を持つ者『聖女』という存在がこの世界には現れる。
聖女となれる少女は極めて少なく貴重な能力を秘めた存在である為、決してぞんざいな扱いをしてはならないというのが世の常識だ。
私はシンシア・エンベリー。出身は平民の村だったが、エンベリー伯爵の愛人であったらしい母が亡くなってから父に引き取られ、今は伯爵家の令嬢という地位を手にしている。
しかし勿論、このエンベリー伯爵家には本来の家族がいた訳で。
義母と義妹は、私の存在を良しとしなかった。
義母からは強く当たられたし、義妹ジェマからは陰湿ないじめを良く受けていた為、私は自室である屋根裏部屋に引き籠る生活をしていた。
ジェマは聖女であった為、社交界でも一目置かれる存在であった。
扱える聖力自体は多くなかったが、それでも彼女が大切な聖女である事には変わらない。
彼女はパーティーの時も同年代の異性から引っ張りだこであった。
皆、聖女という社会的に優位な立場を持つ少女を自分の家門へ引き込もうと必死だった。
そして時に、ジェマと勘違いした男が私へ声を掛けて来る事もあった。
後に婚約者となったサミュエル・ヘイワード侯爵子息もそうだ。
彼はなんとも愚かなことに、とあるパーティーで婚約を申し出てから一年の間、私こそがエンベリー伯爵家の聖女と囃し立てられている少女だと思い込んでいた。
何とも情弱過ぎる男である。
途中まで、私達は恋人として親しい関係を築けていたはずだ。
サミュエルは私に優しかったし、何度も愛していると言ってくれた。
だがそれは全て――勘違いの元に生まれたもの。
ある日。彼が、私が『聖女』であるという体で話を振った時、私は全てを悟り、素直に真実を明かした。
するとこれまでの彼の態度は一変。彼は憤慨し、私を詐欺女と罵った。
それからの関係は最悪だった。顔を合わせる度に嫌味を言われ、パーティーではエスコートすらしてくれなくなった。
それから半年が経った頃だ。
「シンシア・エンベリー! 貴様との婚約を破棄する!」
サミュエルが高らかに叫ぶのは舞踏会会場のど真ん中。
人々の視線を集める彼の傍には私ではなく妹のジェマがいた。
二人は互いに身を寄せながら私を真っ直ぐに見つめている。
「貴様は自身が『聖女』などという罰当たりな嘘を言いふらし、ジェマが本来受けるはずであった賞賛を奪おうとした! そして俺に近づく為、俺を騙した!」
事実無根の大嘘だ。
しかしこの時の私はこんなことになってもまだ、彼への未練が残っていた為に、ショックで打ちひしがれる事しかできなかった。
男好きで、お姫様気分を味わうことが好きだったジェマがサミュエルを選んだのは単に――私への当てつけだったのだろう。
私は二人から浴びせられる非難を受け、静かに涙を流した。
それから深く頭を下げ、その婚約破棄を受け入れたのだ。
それから更に数年が経った頃。
王立学園への入学を果たした私は裏庭で倒れている男子生徒を見つけた。
彼は腹部をナイフで刺されていて、顔色が悪かった。
助けを求めるにも、近くには人が居らず、ここを離れている内に彼が死んでしまえばと思うと恐ろしくて動けなくなってしまう。
せめて何か処置を施さなければと思い、私は彼の意識を繋ぎ止めるために「大丈夫です」だとか「絶対に助かりますから」だとか、とにかくずっと声を掛けながら止血を試みた。
その時だ。
全身の熱が僅かに上がるような感覚と共に、私の体が淡い光で包まれた。
その光は男子生徒をも包み込んで――やがて彼の傷を完全に塞いだ。
驚き、目を見張る彼。
しかし私はそれどころではなかった。
私を纏っていた光は強くなる一方で一向に退く気配がなかったのだ。
私は徐々に自身の体力が抜け落ちていく感覚に困惑し、恐怖することになった。
けれど、回復した男子生徒に目を塞がれ、深呼吸を促され、その言葉に従う内、徐々に光は薄まり、やがて収束した。
何が起きたのかと困惑する私の傍で、同じく驚いた顔をしている男子生徒。
私達は互いに顔を見合わせたが、その時。
ジェマが駆け付け、私を男子生徒から引き離した。
そして何やら自分が遠方から必死に聖女としての力を使ったのだのなんだのと述べ――私の腕を引いて急いでその場を離れたのだ。
この時の私は本当に疲れ切っていて、足が上手く持ち上がらなくて、待って欲しいとジェマに頼んだりもした。
だが何もしていない癖にそんな芝居をするなと言われ、足を止める事も許されず、引きずられるようにして馬車まで連れていかれた。
その後、授業も受けずに私とジェマは家へ帰り、義母と話をし――この頃には意識が朦朧としていたので、義母とジェマが必死の形相で何か話し合っている事しかわからなかったが――その後、私は学園へ行くことを禁じられた。
あとから振り返ってみれば、義母とジェマは恐らく、自分以上の聖力を発現させた私が注目を浴び、賞賛される事を避けたかったのだろう。
お陰で必要以上に自室から出る事も禁じられ、半ば軟禁のような生活を送る事となった訳だが、実はそれは長くは続かなかった。
というのも、その一週間後に来客があったのだ。
件の男子生徒だった。
彼はジェマではなく、私へ会いに来たのだといった。
初め、義母は何とか誤魔化して私の不在を装おうとしたようだが「いないのならば、それまでの間待たせていただきたい」と言われ、渋々私を彼の前に呼び出した。
「ジェマからお話は聞いております。何でも、お怪我をなさった殿下をお助けしたとか」
「ああ、そのようだね。勿論、ジェマ嬢にも後日礼に伺おう。一先ず今日は――私に付き添ってくれていた彼女に礼をね」
客室に足を踏み入れた私は何事かと義母と客人の話を聞いている。
そこで聞き捨てならない言葉を聞き、私は反射的に客人の顔を凝視してしまう。
客人の事を『殿下』と義母は言ったのだ。
嫌な汗が滲み出した私をよそに、客人は義母へ下がるよう促した。
「座らないのかい」
「あ、は、はい。失礼いたします……」
「君の家だろうに」
二人きりになるや否や、対面のソファへ座るよう促された私はぎこちない動きで腰を下ろす。
客人は私の様子を見るとくすりと笑みを零す。
「やはり気付いていなかったのか」
『殿下』と呼ばれるべき人物で、学園に通う同年代の方を私は一人しか知らない。
故にここまで来れば流石に察するものもあったが、彼は丁寧に自ら正体を明かしてくれた。
「ロイ・ヴァレンタイン・フォスデイ。この国の王太子に当たる者だよ」
「……シンシア・エンベリー、です」
「そんなに緊張しないでくれ。先程述べた通り、私は礼に来た身なのだから。……とはいえ」
殿下は周囲に視線を巡らせ、何かを考えてから息を吐いた。
「ここでは息が詰まるばかりか。貴女がよろしければ、気晴らしに外で話そう」
そう言うと彼は馬車を手配させ、私はあれよあれよという間にエンベリー伯爵邸の外――街へと連れ出されていた。
殿下は上位貴族が愛用するようなレストランへ足を運ぶと、二人分のティーセットを頼んで茶を楽しみ始めた。
「貴女が来てくれて助かったよ。王太子になってからというもの、第二王子派からの暗殺が増えて来ていてね。公務と日常生活との体力配分が上手く出来ていない時期にうっかり狙われてしまったのさ」
「わ、私は何も」
「何故そのような嘘を? ここには貴女が気にするような目は何もないというのに」
殿下の問いに私は押し黙る。
実際、あの時起きた事がジェマによるものではない事くらい、察しはついていた。
しかしこれまで一度だって聖力が使えた経験はない。だから、自分が聖女に目覚めたなどというのは、何かの間違いかも知れないという考えが過ったのだ。
「さて。礼に来たとは言ったが、勿論それだけではない。貴女の現状を確かめさせてもらいたくてね」
「現状?」
「何故、聖女である事を黙っているのか。何故学園へ来なくなったのか。現在の貴女の家庭環境について。……この辺りだろうか」
聖女に正しい待遇を与えるのは国の責務。よって王族の責務でもあると話す彼の瞳は真剣そのものだった。
「その……私が聖女、というのは……本当に、これまで自覚がなかったことでして。寧ろ周りからは偽物だと言われてきたくらいで」
サミュエルの姿が過る。
私が本当に聖女だったならば、あの時すでに聖力が使えていたのならば、あんな屈辱も悲しい思いもしなかった事だろう。
感傷に浸りそうになったところで私はその考えを振り払い、殿下の問いに一つ一つ答えた。
主には家庭環境の話だ。
義母と義妹と上手くいっていない話など……殿下からすればつまらない話であっただろうが、それを全て話した。
だが殿下は最後まで真剣な顔で、真摯に耳を傾けてくれた。
「……なるほど。事情は分かった。……ああ、好きに食べてくれよ」
「は、はい」
緊張と、後は話す事に必死で全く手を付けられていないお茶や菓子に気付いたのだろう。
殿下は私にそれらを勧め、自分も菓子を口に運ぶ。
「甘いものや温かいものは気持ちを落ち着かせてくれるからね。尤も、持論でしかないが」
「わ、私も甘いものやお茶は好きです」
「それはよかった」
温かいお茶を飲めば、強張っていた体が解れていくようであった。
それからクッキーを口に運び、ほっと息を吐く。
私がリラックスできるまで待っていてくれたのだろう。殿下はそれを見てから話しを再開した。
「今の君は、聖女として正しい待遇を受けているとは言い難い。今の環境で過ごすのは苦しいものがあるだろう」
そんな事がないなどという強がりは言えなかった。
そのくらいには、気が滅入っていたのだ。
「そこで、だ。国の大神殿で正しい待遇を受けるか、王宮直属の聖女になるか……どちらか希望はあるかい?」
「え?」
「君には今の環境から抜け出す権利があるし、もっと丁寧な扱いを受ける権利もある。大神殿であれば君の家族は勿論、国や貴族による政治的な干渉に巻き込まれる事も殆どない。王宮直属であれば……まあ恐らくは私の傍に付く事にはなるが、待遇はそこらの貴族以上のものを約束するよ。どちらにせよ、国が尊ぶべき存在として正しい扱いを受けることが出来る。……どうかな?」
私は迷った。
勿論今の家からは抜け出したい。殿下の進言は本当にありがたいものであった。
しかしこれまで自分で何かを選択するような機会すらなかった私は、殿下が提示してくれた二つの案の内、どちらが自分の為になるものなのか、その判断が出来ずにいたのだ。
すぐに答えを出せない間、殿下は急かすことなく待ってくれていた。
やがて私はお茶に口を付けている殿下へ自分が導いた結論を告げる。
それを聞いた彼は瞬きをした後、笑みを深めたのだった。
「聖力が強い人程、制御には時間が掛かるものらしくてね。それもあってか、自分が『聖女』と気付けるまでに時間が掛かるものらしい」
帰りの馬車で殿下はそんな事を言った。
「私も何度か聖女の力を見た事はあるけど、君程眩い光に包まれる聖女には初めて会ったよ。自信を持っていい。君は生まれてきたことを喜ばれるべき人間だ」
その言葉にどれだけ救われたか、彼は知らないだろう。
ただ、泣きそうになって俯く私を見て殿下は優しくハンカチを差し出してくれた。
***
それから私は王宮へ引っ越し、聖力の制御の訓練以外の時間の殆どを殿下の傍で過ごした。
とはいえ、休憩時間や休日はあったし、大抵の我儘は聞いてもらえるような環境を与えられていたから、不満は何一つなかった。
私が王宮直属の聖女となる事を選んだのは、知らない人達がいる環境で上手くやって行けるかに不安を持ったからだ。
エンベリー伯爵邸へ訪れた時の不安と、それが絶望へ変わる瞬間。それにトラウマを抱いていたからこそ、私は顔の知れた相手――殿下のお傍で過ごす未来の方が不安が少なくなりそうだと考えたのであった。
本当にそれだけだったのだが、私はあの時この選択をしてよかったと本当に思っている。
彼と過ごす時間は存外楽しいものだった。
そもそも、殿下――今は親しくなり、公の場以外では名で呼び合う関係になったが――ロイが命の危機に晒されるような事は一度も起きなかった。
何でも、彼は可能な限り布石を打って、自身の危機を先回りして避けるだけの自己防衛能力を持っていたし、優秀な護衛が何人もいた。
私は本当に保険のような存在だったから、初めは張り詰めていた気持ちも徐々に緩んでいったのだ。
それに彼とは歳が近かったこともあり、話がよく合った。
家で禁じられた登校も解禁された事で、私はロイと共に学園へ通うようになったが、勉学のレベルも、図書館で読む本の話も、共通点が多かったのだ。
ロイの方も徐々に心を許してくれるようになったのか、堅苦しい言葉遣いは減ったし、軽口や茶目っ気を見せるような言動も多々あった。
私達は身分や立場を気にしない親友のようになっていた。
しかし、その日常を揺るがす事件が起きる。
エンベリー伯爵領で多大な瘴気が確認されたのだ。
瘴気とは、聖力と相反する力。生物の体を内側から蝕み、放っておけば体を腐らせて死に至らせる程恐ろしい力だ。
本来であれば街にいくつも配置された検知器によって、瘴気が発生してすぐに領主が気付けるようになっている。
瘴気を発見してすぐに大神殿へ応援を要請すれば、多くの聖女が派遣され、すぐに瘴気は取り払われる――というのが普通だ。
だが、そうはならなかった。
隣の領地の検知器が反応し、エンベリー伯爵領で多くの死者が出るまで、報告は上がらなかったのだ。
更に間が悪いことに、ちょうどこの時期、大神殿の主力である聖女達は地方の瘴気浄化のために遠征に出ており――規格外の瘴気被害を齎すエンベリー伯爵領の問題に対処できる者がいなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが――私だった。
私はロイと共にエンベリー伯爵領へ向かった。
王太子ともあろう人間が向かうなどと、と止めはしたのだが、直属の聖女の身に何かあってはならない事、また瘴気は短時間であれば影響が出ない事などから彼は譲らなかった。
私達はエンベリー伯爵領を訪れるとすぐに重症の人々の治療と空気中に漂う瘴気の浄化を同時に行った。
この頃には聖力も自在に操れるようになっており、一時間ほどで私は領地を覆う瘴気を全て浄化し終えた。
そして瘴気に侵された領民の治療も殆ど終えた時。私はエンベリー伯爵家の遣いによって伯爵邸まで呼び出される。
久方ぶりの帰宅。
そこで待っていたのは、四肢を黒く変色させ、地面に倒れ伏す義母、ジェマ――そして婿入りしたサミュエルだった。
「シンシア……! どうして私達を真っ先に助けに来ないの!」
「酷い、ひどいわ、お姉様……っ、わたしたち、かぞくなのにぃ……っ」
私が顔を見せた途端、義母とジェマがそんなことを言い出す。
悪寒が走った。
彼女達は都合が良い時だけ、私を家族のように扱い、責め立てるのだ。
込み上げる怒りがあった。だがそれを何とか押さえ込む。
憎しみはあれど、彼女たちの死を望んでいる訳ではないのだ。
「……検知器が反応しただろう。何故、すぐに報告しなかった」
ロイは怒鳴らないようにと両手を握り締めて堪える私の肩を抱き、落ち着かせてくれる。
そして代わりに淡々とした口調で三人を問い詰めた。
すると今度はサミュエルが涙と鼻水に顔を濡らしながら言った。
「ジェマが! 自分ならなんとかできるって言ったんだ! 大きな被害を解決すれば、エンベリーの家の評価も、ジェマの評価も上がるって!」
「ちょっ、サミュエル!!」
「ッ、愚かな……っ」
ロイの顔が歪む。
彼は民を想う王族だ。
こんな私腹を肥やそうとした貴族の為に亡くなった民がいるなどとは思いたくなかっただろう。
「な、なぁ……シンシア、戻ってきてくれよぉ」
突然、サミュエルは私の足を掴んだ。
女性の足に触れるなど、貴族として禁忌に近い行いだ。
私は嫌悪と恐怖から身を強張らせた。
「お前がそんなにすごい奴だって、わかってれば俺だって……っ、ジェマ……こいつおかしいんだ! 無能な癖に何でもできるって思いこんでただけだった! ……なあ、ここはお前にとっての大事な家でもあるだろ!? 頼むよ、家を――俺を、助けてくれよぉおお……っ!」
「触るな、外道」
その手はロイによってすぐに払われた。
「いまや、彼女は貴方達よりも高貴な立場にある事を忘れるな」
ロイはサミュエルを一喝した後、私を案じるような視線を投げる。
その気遣いだけで、心が少し軽くなるのを感じた。
私は頷きを返すと、三人を見下ろす。
そして長い溜息の後、軽蔑の籠った鋭い視線をぶつけて言い放った。
「……「助けてくれ」などと――今更、言われましても」
結局聖力で出来る事まではしてやったが、手遅れであった四肢は腐り落ちてしまった。
それに、エンベリー伯爵家はきっと今回の罪のせいで貴族としての地位を失うだろう。
忙しい父がいない間に起きた事件とはいえ、彼の監督不行き届きである事、義母やジェマを甘やかした結果である事を考えれば、当然の結末だ。
今更、父の肩を持つ気も起きなかった。
力を使い過ぎて馬車の中でぐったりとする私の隣にはロイがいる。
彼は私を自分の肩に寄り掛からせて、髪を撫でてくれた。
「すまない。君にはつらい仕事を与えてしまった」
「いいの。……私の私怨のせいなんかで、無関係の人を殺したりなんてできないから」
とはいえ、本当に疲れた。
仮にも家族や、一度は愛した人達が落ちぶれる様――そして自分を都合の良い存在として使おうとする姿。
それを思い出し、何故自分は『普通』を生きられなかったのかと、どうしようもない虚しさに駆られる。
目頭が熱くなった、その時だった。
「俺だったら……君をずっと愛すだろうに」
そんな呟きが聞こえて、私は思わず顔を上げる。
至近距離で目が合った。
「君が俺の家族だったとしても、俺はずっと愛せる自信があるのに。と思って」
彼はまるで、自分を愛してくれているかのように言ってはいないか?
そんな疑問が頭を過る中、私の気も知らずにロイが同じ事を繰り返すので、私の頬は徐々に熱くなっていった。
「え」
慌てて顔を隠して、背中を向けようとした私の肩をロイが掴む。
「何で照れてるんだ」
「照れてない」
「赤いよ」
「うるさい!」
「ねぇ。もしかしてさ」
「ちょっと……!」
馬車が大きく揺れて体勢が崩れる。
椅子から転げ落ちそうになった私をロイが咄嗟に受け止めた。
私達はまた、互いに見つめ合うことになる。
「……すまない、そういうつもりはなかったというか……無意識だったんだけど。でも思った事は本当で」
今度は、ロイの顔も真っ赤だった。
夕日に負けない赤さを顔に帯びさせながら私達は見つめ合う。
「……俺と家族になるの、嫌じゃなかったりするかい?」
限界だった。
長い睫毛を添えた青い瞳が私だけを映している。
美しい顔が、気付かない内に愛してしまった人が、こんな言葉を発せば――脳のキャパシティが超えてしまうのも仕方がないというものだ。
情報量やら膨らんだ感情やらでいっぱいいっぱいになってしまった私は泣きたいような気持になりながら小さく頷く事しかできなかった。
「い……いやじゃ、ない…………」
そう答えた瞬間。
私の体は勢いよく抱き上げられた。
力強い力で抱きしめられた後、ロイが私の顔を覗き込む。
その顔が少しずつ近づいてくるから、私は恥ずかしくなりながらも目を伏せた。
そして――唇に、柔らかい感触があった。
髪や頬が優しい手つきで撫でられる。
大切にしたいという思いが痛いほど伝わってきて、私は耐え切れなくなった想いを一粒の雫に込めた。
「愛してる、シンシア」
「私も愛してる……ロイ」
溢れた涙がまた、優しく掬い取られた。
それからロイが結婚しようよと続け、私はそれに頷いた。
それから数年後。
私達は国一番の大きな式を挙げ、多くの民に祝福されながら――世界一幸せな夫婦になったのだった。




