山本タクミ(20)/配信者⑤
「まーた壊してる」
「ああ、これは山本さん、こんにちは。いつも騒がしくしててすみませんねぇ。いいお天気ですけど、お出かけですか?」
「おじさん、相変わらずテレビ壊してんすか? こんな状態がいいものなのに、もったいないすね」
「イトウです。山本さんには、これが素敵に見えているんですねぇ。私なんかには禍々しくて、早く片付けてしまわないと、という焦りのような気持ちが湧き上がりますよ」
「つーかテレビ以外に壊すもんないんすか? 俺が出てきた時ぐらい、別のもの壊しててくださいよ」
「ちょうど年数的に、ブラウン管テレビは今一番扱いに困るものですから。こういうのは何か起きる前に早々に壊してしまった方がいいんで、どうしても数が多くなっちゃいますねぇ」
「相変わらず意味わかんないコト言うんすね」
「山本さんは特にブラウン管テレビがお好きなようですから、これをご覧になるのがつらいお気持ちはお察ししますよ」
「こんな廃品回収で、おじさん、食ってけるんすか?」
「イトウです。これでもこの歳までなんとか続けて来れてますからね。こんな仕事、本当は需要なんてない方がいいんですが、山本さんやここに暮らす人々が平穏無事な日々を過ごしていくために、必要なライフライン的扱いだと私は思っているんですけどねぇ」
「芸術的価値や骨董品的価値なんてきっとこれっぽっちもわからないんでしょうね。こんなに美しいフォルムのものたちを無残に壊してしまうなんて」
「私も美しいとは思いますよ。でもその美しさの影に潜むおぞましさや、人を狂わせるものたちのことをよく知っているだけです。それに人が作ったものは、やはりきちんと人の手で土に還すのが道理だと、そう思いますよ」
「こんなことして、なんか意味あるんすか? ただ毎日騒音立ててごみを作ってるだけじゃないすか。というか、最近夜中に作業するの多くないすか? 夜通し配信してるこっちとしては、結構うるさくて困ってるんすけど」
「おや、そうですか? 最近は急ぎの案件が減ったので夜中に作業はしていないんですけどね。おかしいですねぇ」
「おかしいですねで済んだら警察いらないすよ? こんなお宝壊してるの黙って見てるんすから、音くらい静かにしてほしいんすよ、わかります?」
「ご迷惑をおかけしているようで大変申し訳ないですねぇ。それよりも山本さん、なんだか随分とやつれたようですけど、ちゃんと寝てますか? もしかして食事も摂ってないんじゃないですか? こんなガリガリで、まるで吸血鬼みたいですよ」
「いやいや、最近は配信の方がめちゃくちゃ調子いいんすよ。フォロワーも再生回数も爆上がりで、配信する度に課金アイテムがじゃんじゃん飛ぶんす。真面目にバイトとかするのがアホらしくなるくらい、ただゲームしてるだけで簡単に金が手に入るんすよ。ちょっと夜寝てないぐらいでやめられないですって」
「山本さん、何か口にした方がいいですよ。あ、よかったらこれどうですか? 私のおやつなんですが、一口サイズのスニッカーズです。結構食べ応えありますよ」
「まあそれもこれも、あの日出てきた謎の顔と、そいつが起こしてる謎のバグのおかげっす。あの顔は俺にとっちゃ幸福の女神なんすよ。なんの特色もなかった俺の配信を唯一無二にしてくれた最強の神様す。あれが毎回の配信で何かしてくれるおかげで、俺は何もしなくてもラクに稼げて最高すよ。もしかしたら昼間寝てる時に見てる夢が悪夢なのも、あの顔のせいなのかもしれないんすけど、そんな因果関係、わかんなくないすか? 仮にそうだとしても、悪夢見るくらいで済むならそれでいいかな、みたいな」
「とても言いにくいんですけどねぇ、山本さん、あなた生気吸われてますよ? おそらくその顔とやらに。前にお会いした、オオツキさん、覚えてます? あの人は祓える人なんですよ。もうちょっとでこっちに来ると思いますから、オオツキさんに綺麗に祓ってもらいましょう、ね?」
「いやいや、何言ってんすか、幸福の女神だって言ってんじゃないすか。話聞いてました?お祓いとかやめてくださいよ」
「ところでお部屋にあるのは……、ブラウン管テレビと箪笥、三面鏡、それに日本人形、ですか」
「あ、なーんだ、配信部屋知ってるってことは、おじさんってもしかして俺の隠れファン? そんなことなら早く言ってくださいよ。まあ確かに俺ってかなり有名になったすもんね、おじさんみたいな配信に疎そうな人が見ててもおかしくないぐらいに。いいすよ、隣人のよしみでサインくらいならちゃちゃっと書きますから」
「イトウです。山本さん、しっかりしてください。それは幸福の女神なんかじゃないんですよ。ブラウン管テレビ、多分それが一番悪いです。もの自体の思いに、入り込んだものの想い、それに山本さん、あなたの思いというか欲望も乗って、加速度的に危険なものに仕上がってます。ちなみにその次が三面鏡ですからね」
「いやーまさかサインをねだられる配信者に成長するなんて、さすがにそこまでは俺も思ってなかったすよ。まあでも悪い気分じゃないすね。アンチとか、クソコメがつくとやっぱちょっと考えちゃうっていうか、ネガティブになることもあるすけど、でもこうして直で成果が見えるとやっぱ嬉しいすよ」
「ありゃぁ、こらまた、山本の兄さん、どないしはったん。こんなんなるまで、あーあーあー」
「ああ、オオツキさん、ちょうどいいところに」
「イトーさんが呼びはったんやないですか。それにしても、山本の兄さんえらい大変なことになっとりますなぁ」
「ああ、エセ関西弁の人、前にもらった茶饅頭微妙でしたよ」
「兄さん急に口悪くなったなぁ、愛らしいキャラって言うてほしいもんですわ。……それにしても、あのお饅頭で少しは大丈夫かと思とったけど、やっぱあかんかったかぁ。って言ったって、兄さんボクらに全然心開いてくれへんかったし、こうなったのもしゃーないよなぁ」
「今このおじさんにサインをねだられて書いてあげるとこなんですけど、エセ関西弁の人も欲しいですか? どうしてもっていうなら書いてあげますよ。やっぱり有名人はファンサちゃんとしなくちゃなんで。そういうとこ、俺しっかりするタイプなんで」
「オオツキさん、なんとかできませんかね?」
「なんとかいうたってな、イトーさん。この兄さんがボクらを受け入れてくれる気ぃ更々ありませんやん。どないにイトーさんが心配しはったところで、こら無理ですって」
「そこをなんとか。同業のよしみということで」
「イトーさんの頼み聞いて、恩を売っときたいのは山々なんですけどね。……しゃーないなぁ。兄さん、あの家で変なもん見てはるんやろ?」
「だから幸福の女神だって言ってんだろ。リスナーはみんな怖がるけど、そいつのおかげで俺は有名になったんだ。なんだろうと俺を特別にしてくれる最強アイテムなわけ。毎日律儀に出てくるあの顔がなかったら、今でもつまんない過疎った配信してたに違いないすよ。そんなのに戻るのなんて絶対嫌すから、だからお祓いとかまじほんといらんすからね」
「毎日顔が出て来る、と。それって兄さんは自分の目で見てはるんです?」
「いや、俺は音だけすよ。配信には顔が乗るんで、いつもリスナーのが先に気づくんす。そうするとコメントがバーッと流れて、ゲームにもバグが起こりまくって、イイ感じに視聴率が上がるんすよ。切り抜きとかも結構人気で、その顔だけを集めた動画とかも人気っすよ、知らないんすか? しょうがないんでちょっと今動画見せてあげますから」
「で、イトーさん的には何が問題だと思ってはります?」
「おそらく山本さんの家にあるブラウン管テレビと三面鏡でしょうね」
「ま、妥当なとこですね」
「何勝手に盛り上がってんすか? これすよこれ。どうですか、この映り具合。合成っぽく見えないのに、一緒に映ってる俺とは違う質感でやばくないすか?」
「あー、こらあかんですわ。イトーさんの言うてたテレビと鏡が合わせ鏡になってますやん。人形の目の他に、この姿を何千人の人が同時に見てはるんやろ? そりゃ爆発的なエネルギー生まれちゃいますって」
「何千人じゃないすよ、何万人すよ」
「それにしても兄さん、すごい撮り方してはるんやね」
「これは危険ですよ、山本さん。今すぐ、オオツキさんにお祓いしてもらいましょう。ね?」
「何言ってんすか。絶対受けませんよ。そんな見るからに怪しい人、うちに入れたくないですし」
「山本さん、気安めにもならないと思いますけど、せめてこの数珠持ってってください」
「うるせえな、いらないですって」
「ああっ、山本さん、待ってください!」
「イトーさん、これは無理ですって。せめて兄さんがこっち頼ってくれはったらよかったんですけど、わかってて拒んでるんでどうにもなりませんって」