山本タクミ(20)/配信者②
「あ、こんにちはー」
「あっ、こっ、こんにちは」
「どうも、こちらからご挨拶に伺いもしないでごめんなさいねぇ。何せ仕事が切羽詰まってたもんでそっち優先しちゃいまして。……改めまして、私こちらにしばらく御厄介になります、イトウと申します。御覧の通り、廃品回収のようなことをしてまして、大きな音などご迷惑をおかけすることもあると思いますが、何卒よろしくお願いいたします」
「あっ、は、はい」
「昨日も夜分遅くまで音がしてたかと思いますが、大丈夫でした? 急ぎの仕事があると昼夜問わず作業しなくちゃいけなくてですね、だからあんまり迷惑にならなそうな人気の少ない土地を選んでいるんですが……。ここも下調べの段階ではお隣が空き家だって聞いたんでお借りしたんですが、お兄さんは住んでらっしゃる、んですよね?」
「あっ、はい、まぁ」
「ご両親のご実家とかですかね?」
「そ、そうです。父さんの……父の実家で、もう誰も住んでないんで、夏休みの間配信とかで使おうかなと」
「家というのは人が住まなくなるとすぐに傷んでダメになってしまいますからね。使ってあげるのはとってもいい心がけですよ。親孝行な息子さんだ。……それにしても配信、というのは?」
「い、いや、なんというか、ゲーム配信的なやつです」
「はぁ~、今時の若い人はそういう選択肢もあるんですねぇ。でもそういうのはもっとハイテクな都会の方がいいんじゃないですか?」
「あっ、でも、古い家の昭和な感じとか、ブラウン管テレビとか、そういう古いものの良さってあるじゃないですか。懐古厨ってわけじゃないですけど、レトロゲームがリバイバルしてるの見ても人気があるジャンルっていうのは確かなわけですし。融通の利かない独特な雰囲気がより魅力的に見えるっていうか。ゲームと一緒にそれを売りにしたら結構いい線いくんじゃないかって秘かに思ってんすけど」
「うんうん、お兄さんはそういった古い品々がお好きなんですねぇ」
「あっ、いやっ、まぁ、はい、そうです」
「ご自宅にもそういったものが色々おありで?」
「あっ、そうですね。ブラウン管テレビとか、古いラジオや三面鏡、年代物のタンスとか日本人形とか」
「なるほどねぇ。私どものところにはそういったものがたくさん集まりますからね、だからお兄さんは熱心にこちらをご覧になってたんですね」
「いや、そんな……。あっ、そういえば、あの、あそこにあるブラウン管テレビ、ちょ、ちょっと見せてもらっていいですか?」
「ああ、あれですか。あれはもう今から壊すところなんですよ」
「ええ!? なんでですか!? もったいない!」
「あぁ~、ちょっとお兄さん、勝手に入っちゃ駄目ですよ。色々危ないものもあるんですから」
「ほら、これなんかブラウン管テレビが出たばっかりの頃の最初期モデルじゃないですか! こんなのまだ残ってたなんて。あの、おじさん」
「イトウです」
「あっ、イトウさん、これどうせ壊しちゃうなら俺に譲ってくれませんか? 基本インテリアとして飾っておくだけなので配線とか壊れてても大丈夫ですし」
「いやぁ、そういうわけにはいかないんですよ。お兄さんの熱意はわかりますけどねぇ」
「どうしてですか? 俺がいくつか譲ってもらったとすると、おじさ……イトウさんのお仕事も少し減ってラクじゃないですか?」
「ただの廃品回収なら、そういう理屈も通るかもしれませんがねぇ。諦めてもらわないと困るんですよ。……ちょっとすみませんね。よっ」
「ああ!?!?!? な、なんてこと」
「私どもはこういったものを回収して、壊して、しかるべき対処をする仕事をしてましてね」
「で、でも、何も、こんなふうに壊さなくても……」
「こういうね、人が使わなくなったもの、人に使われなくなって長く経つものには、悪いものが宿るんですよ」
「……はい?」
「お兄さん、こういった昭和の遺物的なものや、平成でよく見たパカパカの携帯や、古い型の炊飯器や洗濯機や人形なんかを、どうして見なくなったと思います?」
「は、え?」
「時代の流行り廃りで消えたと思っているでしょう? 違うんですよ。私どもが一つ一つ回収して、丁寧に壊して、しかるべき機関に協力を得て、土に還しているんです」
「え、っと」
「なぜそういうことをするか、というとですね、そういった、人が使っていたものたちには人の想いが残って、それがもの自体の見て欲しい使って欲しいという思いとくっついて、人間にとって悪いものを引き寄せるんです。そうなるとそれはもう単なるものではなく、危険な、なんというんですかね、今時の言い方だと呪物とでもいうんですかね」
「じゅぶつ」
「悪いものというのは、人間に仇なす実体のないもののことです。悪霊とか、幽霊とか、悪魔とか、鬼とか、妖怪とか、呼び方はなんでもいいんですが、そういった類のもののことですよ」
「は、はぁ」
「ほら、このブラウン管テレビもよく見てください。割れた画面の後ろ側に、空洞があるでしょう? さっき言ったものたちもそうです。どれももの自体の中に空洞があるんですよ。その空洞の中に」
「ちょお、イトーさんストップストップ」
「おや、オオツキさん、気がつきませんですみません。今日はどうしました?」
「どうした?やないで。イトーさんがべらべら喋ってはるから、こっちの兄さん目ぇ白黒させて固まっとるやないの」
「あぁ、それは申し訳ないことをしました。こちらのお兄さんが古いものが好きだというんで、つい話してしまいまして」
「兄さん堪忍してな? イトーさん、悪い人じゃないんやけど周りが見えなくなることあるから」
「は、はぁ」
「あ、挨拶が遅れたな。ボク、オオツキいうもんです。こっちのイトーさんとは仕事仲間で、色々よくしてもらってます。ところで兄さんは?」
「と、隣に住んでる山本です」
「お隣さんでしたか。そらぁほんと、挨拶もせんと会話に加わって申し訳ないことした。堪忍してな。お詫びの印と言っちゃなんですけど、これ、良かったら召し上がってください」
「な、これ、なんですか」
「駅前のとこにふっるぅい和菓子屋あるのわかります? 中で店番しておるんも骨董品かいなってくらいにシワクチャのご婦人なんですけどね、そこのお饅頭がなかなかイケるんですわ。どうせイトーさんのことですから、そういうお品物もお渡しせんかったんちゃいます?」
「は、はぁ」
「そんなに数入ってないんで、兄さん一人でもぺろりと食べれますから」
「ど、どうも。……あの、帰って、いいですか?」
「あぁ、呼び止めてしまってすみませんねぇ。私の長話に付き合わせてしまったようで、大変申し訳なかったです。山本さんは古いものがお好きということで、その分他人よりも魅入られやすいですから、老婆心ながらお話してしまいました。くれぐれもお気を付けくださいね」
「イトーさん、まぁた怖がらせるようなこと言うて。兄さん寝れなくなってまうで」
「じゃ、じゃあ失礼します」
「まっ、お隣同士、仲良うしよや~」