第9話「爆炎の帳簿」
次の休日、ゼントは商業学校を再び訪れていた。緊張と期待の入り混じった面持ちで、空き教室の一角に足を踏み入れる。
古びた机には、紙製のカードと手書きの帳簿が並べられている。
ライは椅子の背にゆっくり身を預けながら、それらを眺めていた。
「ふむ……取引、仕入れ、販売。そして税金の処理。だいたい流れは見えたよ」
ゼントが言った。 「ただ、テンポが悪いですね」
ライはカードのシャッフル方法やターン制のルールを細かく調整しながら言った。 「このままじゃ、つまらないかもしれない」
ゼントは言葉に詰まった。
その通りなのだ。
どれだけ現実に即していようと、遊びとしての面白みがなければ、誰にも届かない。
ライがカードの隅を指でなぞりながら言った。
「“罠カード”はどう? 税務調査とか、材料高騰とか……イベントがあった方が、緊張感が出る」
「それ、いいかも!」とゼントが返す。
ライは続けた。
「“広告”や“移動販売”も加えてみよう。運の要素も入れれば、戦略だけじゃなくて盛り上がる」
ルールが次々に肉付けされていく。
ゼントの頭の中に、立体的なゲームの像が浮かび始めていた。
帰り際、ライがぽつりと言った。
「名前、考えておいた方がいいね。いい名前があると、興味を持たれやすい」
ゼントは苦笑しながら言った。
「……それが一番難しいかもしれません。こういうの、昔からネーミングセンスないって言われてて」
◇
その日の午後、ゼントは完成した試作品を抱えて、再びダルの工房を訪れた。
「なあ、ダル。ちょっと試してくれないか」
床に広げられた紙のボード、カード、手書きの帳簿。
初期資金を渡し、ターン制で取引と計算を始める。
しばらくして、ダルが眉をひそめた。
「……つまんねえ」
「……やっぱりか」
がっくりとうなだれるゼントを見て、ダルがニヤッと笑った。
「演出が足りねえんだよ。計算はできても、心が動かねえ」
「演出?」
「たとえば……砂が落ちきると、ガラスの底で赤く光る“時限爆炎装置”とかさ」
「なんだそれ」
「焦るだろ? 帳簿が間に合わなかったら、“爆発”する感じ」
ダルはすでにスケッチを始めていた。
小型魔晶石を使ったタイマー式の演出装置。時間が減ると、カチカチ音が早くなり、それとともに、炎が明滅し、最後に“ボン”と光る。
「これは……すごいな」とゼント。
ダルは興奮しながら言った。「“帳簿を書く手が震えるゲーム”、いいじゃねえか」
「でも、名前がまだ決まってないんだ」
「んー……“ままごと経済”じゃ売れねえな」
「だからやめてくれ、それ」
二人はしばらく頭をひねり、ふと思いついたようにゼントが言った。
「……市場全体のお金を“ワールドマネープール”って呼んで……」
ダルが続けた。
「で、税で取られたやつを“タックスプール”に分ける」
「うわ、なんかイヤな名前だな。……税金が底なしの沼に吸い込まれていくみたいでさ」
「いいじゃねえか、妙にリアルで」
笑い合いながらも、少しずつ、形が見えてくる。 ままごとじゃない。これは、“爆炎の帳簿”だ。
そして、その帳簿は、やがて王都の教室で火を吹くことになる。