第8話「ままごとなんかじゃない」
ダルの工房へ向かう道すがら、ゼントは小さくつぶやいていた。
「……税の仕組みを見える形に……」
独りごちる声は小さく、けれど確かな熱を帯びていた。
工房に着くなり、ゼントはその想いを口にした。すぐ近くで、木箱に腰掛けていたダルが口を開いた。
「……つまりよ、あの税金がどれだけ金を消してるか、それをみんなに実感させたいってことか?」
「ああ。計算がどうこうではなくて、仕組みそのものが“全員負けるようにできてる”ってこと……それを感じてもらいたいんだ」
ダルは腕を組んでうなった。
「でも、どうやって“見える形”にすればいいのか……。ただ説明したって、伝わらない気がする」
紙芝居風にするか、わかりやすく擬人化してみるか。どれもしっくりこない。
ダルも硬貨を机にならべて、十五パーセントを引いたり足したりしながら、いい案がないか考えてくれている。
その時、伝票の一つがダルの机からひらりと落ちた。ダルは無言でそれを拾い上げ、裏返しになっていた紙をめくって中身を確認した。
その動作が、どこかカードをめくるしぐさに似ていた。
「……カードゲーム……?」
ゼントはつぶやいたあと、机の上に並ぶ硬貨に目を移す。
「……いや、ボードゲーム……かもしれない」
その瞬間、頭の中で何かがつながった。カード、コイン、帳簿、消えていくお金——。
異世界の記憶にある、人生を模したボードゲームやカードゲーム。それらを組み合わせれば——税という“見えない仕組み”も、目に見える形にできるかもしれない。
「ダル、なんか書くものあるか?」
ダルからペンと紙を受け取り、ゼントは一心に書き始めた。
この商品カードを引いて、税の計算をして、自分の帳簿につける。販売額と税引き後の利益が自分に残る。税で取られた分は、“どこかに消える”。
「なくなる分は……とりあえず、別の籠に入れておこう」
ゲーム用のお金もつくる。お金は有限にして、市場全体から少しずつ減っていく。
「これで、経済の冷え込みを再現できるかもしれない」
勢いよく書き込むゼントを、ダルがじっと見つめていた。
「……これってただの、ままごとじゃねえか?」
その一言に、手が止まる。
たしかに。ただの“商売ごっこ”に、税を足しただけ——。
呻くように呟くゼントに、ダルがぽつりと提案した。
「商売ごっこだったら、いっそ商業学校の先生に相談してみるか?」
「お前にそんな知り合いいるのか?」
「ああ、以前これを納品してな、よっと」
ただの砂時計に見えるそれは、砂がほぼなくなりかけたとき、
カチッ
という音がした。
「砂時計だと、終わったことがわからないんだと。特に帳簿を書くような課題のときに」
「ライ先生っていうんだ、面白い先生だぜ」
◇
その日の昼下がり、ゼントはダルの紹介状を携え、王都の商業学校へ向かった。王都といっても、郊外の静かな区域にあるらしい。
少し古びた校舎。案内された職員室は、どこか紙のにおいがした。
(……こんな話、ちゃんと聞いてもらえるだろうか)
「……ふーん、売上税を“遊びにする”とはね」
机の上で腕を組んでいた男が、興味深そうに顔を上げる。それが、ライだった。
「面白い発想だね。なかなか生徒に教えるには苦労が多くてね、遊びの要素があったほうがいいかもしれない」
「ただし、生徒にウケなきゃ即ボツだからね」
ライの目が、どこかいたずらっぽく笑っていた。