第6話「倉庫に詰まった税の重さ」
ダルの工房は、町の外れの石畳通りにあった。表通りの喧噪からは少し離れていて、静かだった。
工房の入り口から漏れ出す赤い光は、まるで心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅していた。金属と薬品が混ざったような匂いが風に乗り、耳をすませば機械がきしむ音や、魔力の爆ぜるような乾いた破裂音が聞こえてくる。
「ここ、だな……」
ゼントは荷台を門の脇に停めると、戸を叩いた。
「開いてるぞー。ってか、勝手に入っていいって言っただろー?」
中からダルの声が返ってくる。
中に入ると、空気がすうっと冷たくなる。石造りの部屋だからか、ひんやりとした空気が漂っている。
視線をやると、壁際に並ぶ棚には、魔工装置がぎっしりと並んでいる。未完成のもの。失敗作らしきもの。用途不明のもの。整然と……ではなく、積み上がっていた。
「散らかってんな」
「創造ってのはな、混沌から始まるのさ」
ダルは作業台に座りながら、鼻を鳴らした。
ダルは机の下から帳簿を引っ張り出し、俺に手渡した。
「今までは銀行から大きな借り入れなんてなかったんだが……税が上がってから、どうにも足りなくなってきてな」
俺は帳簿を開きつつ、視線を工房内に移す。壁際には資材の山、作業台の奥には同じ形の部品がずらりと並んでいる。明らかに、仕入れが増えていた。
「ああ、それ、国からの依頼分な」
ダルが肩をすくめる。
「まとめて納品しなきゃならない仕事でさ。こっちで一から作ってる時間が足りなくて、今回は完成品を仕入れたんだ。なんとか間に合いそうではあるけどな」
「ただ、納品は月末なんだ。支払いは、翌月末な」
「それでも、まあ今までは帳尻合わせてきたんだけどな。だいたい勘で」
どうやらダルのどんぶり勘定でも、資金がショートすることはなかったらしい。だが今回は、比較的大きな受注と、売上税の増税が重なった。
仕入れ額に含まれる税は、本来なら後で控除できる。けれど、それは“売れてから”の話だ。つまり、税の分だけ先に現金が出ていく。
仕入れにかかる金額が実質5%増える。すると、手持ちの運転資金では足りなくなる。銀行からの借り入れが増え、利息が膨らむ。――悪循環だ。
さらに問題は、納品が月末で、それまで商品が動かないこと。完成しても倉庫に残る。次の受注を受けようにも、保管スペースがもう足りない。
支払いは、たぶん納品の次の月になる。役所の取引ってのは、そういうもんらしい。
「ああ、役所の支払いはのんびりしてるからな。納品から二十日とか一ヶ月とか、ざらにある」
そうなると、納品後の仕入れにまた借り入れが必要になる。納品しても金が入らない。モノは手元にないのに、金もない。……なんとも妙な話だ。
俺たち農家の場合、売れ残りの野菜は在庫には計上しないことが多い。そのまま持ち帰って配ったり、家畜の餌にしたり、処理しきれなければ廃棄。でもそれも、たいがいコンポストで再利用する。
──在庫って、税の影響まで抱え込むのか。
場所も金も取られて、しかも税まで先に払わされるなんて……。
なんでこんな当たり前のことに、今まで気づかなかったんだろう。
その言葉が、自分の口から出たことに、俺自身が少し驚いていた。
◇
「まあ、暗い話はこのぐらいにして」
ダルは、先ほど市場で見せたのと同じ、ガラス玉の見た目だけの爆炎装置を取り出した。
「見てみな」
魔力を込めると、ガラスの中が爆発的に光り、それと同時に「ドーンッ!」と大きな音が鳴る。
「もうできたのか!」
ダルは得意げに鼻を鳴らした。
「おうよ。改良版だ。音の強さを調整できるようにしてみた。子ども用なら、光だけにすることもできるぞ」
「へえ……それなら、ノゾミにも安心かもな」
「それにな、少しずつだけど、魔晶石の消費効率も上がってきた。実用化できれば、夜間の見張りや合図用にもなる」
「……ほんとに、お前ってやつは、遊びから始めて、いつのまにか道具にしてるよな」
「なんか、すごいだろ?」
そう言って笑うダルに、こっちもつい笑ってしまった。
◇
その日の夕暮れ、家に帰ると、ノゾミが駆け寄ってきた。
「パパ、おかえりー!」
勢いよく抱きついてきた小さな体を抱きとめる。
「ただいま、ノゾミ」
「ねえねえ、今日ね、アンナちゃんと遊んだんだよ。あとね、じーじがまたお話してくれてね……」
子供の早口での報告に、うんうんと頷きながら、心が少しずつほぐれていくのを感じる。
ミキも夕食の準備をしていたらしく、台所から「おかえりなさい」と声をかけてくれた。
「ちょっと待ってて、今すぐできるから」
「ありがとう。今日は……いろいろ考えることが多かったよ」
ふと、ダルからもらった爆炎装置のガラス玉を取り出す。ノゾミの目が輝いた。
「それ、なあに?」
「ちょっとしたお土産。火は出ないけど……見た目がすごいんだ」
そっと魔力を込めると、ガラスの中で光が揺れ、ポッと赤く燃えるような炎が広がる。
「わぁ……きれい……!」
ノゾミが目を見開いて、その光に見入る。
――せめてこの子の未来だけは、今より少しでも明るくあってほしい。
そう願いながら、俺は静かにガラス玉の光を見つめていた。