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第5話「市場の沈黙と小さな火 」

市場には、そこそこの人出があった。けれど、なんとなく空気が重い。

「いらっしゃい、今日は朝摘みのトマトが安いよー!」 ゼントが声を張っても、今日は反応が鈍い。いつもなら、アンナの明るい声が響く時間だが、今日は来ていない。

(やっぱり、アンナがいないとちょっと静かだな……)

客足がないわけではない。けれど、通行人は値札をじっと見て、手に取った野菜をゆっくり戻していく。

「……やっぱり、厳しいな」 ゼントは、今日の売上を帳簿に記して、ため息をついた。前より確実に、売れる量が減っている。値段は据え置いている。いや、少し下げたくらいだ。けれど、買っていく量は減っている。

税が15%になった影響は大きい。物価が変わらなくても、手元に残る金は明らかに減っている。所得は増えず、仕入れも高止まり。節約の空気がじわじわと、暮らしの隅々にまで染み込んでいる。

(みんな、節約してるんだ) それは悪いことじゃない。無駄遣いをしないのは、賢明な選択だ。でも今の市場には、それだけでは説明のつかない、重さがある。

昨日の夜のことを思い返す。 税は持っていかれるという感覚が、普通だろう。徴税人に毎月支払っている。 だが昨日はお金そのものが消えたと考えていた。そのほうがしっくりくる。

無数の手が、お金を使うたびに人々から金を抜き取り、そのままどこかへ消えていく。金だけじゃない。気力や、期待までも奪っていくような──。

なんだか、昨日はわかった気になったけど、また漠然としてきた。 このままいくとどうなる、お金が消え続けると…… 市場に残る金は減り、誰もが節約をはじめ、売れない品が増える。売れなければ仕入れも減り、商いは痩せ細る。痩せた市場では、人も希望も少なくなる。

……買い控え。 ……値段を見る目。 この15%は、財布のひもだけじゃなく、心まで締めつけているのかもしれない。

客の手が、ふと伸びて止まる。値札を見つめ、買う理由を探すような目で商品を見つめる。そんな場面を、今日だけで何度見たか。 (使えば損をする、そんなふうに見えるんだ……) 誰も声に出さない。でも、誰もが感じている。

「よう、繁盛してるじゃねぇか」 知り合いから声をかけられる。赤みがかった髪の青年、ダルだった。

「まぁな、売り切れる前に買ったほうがいいぜ」 ダルは軽く笑うと、懐から何かを取り出した。透き通った布に包まれた、小さな球体のようだ。

「これ見てくれよ」 ダルは近づくと、得意げに片手を差し出した。掌の中にあったのは、ガラスの球体。内側で、ほんの小さな炎のようなものがゆらめいている。

「なんだこれ」 「まぁ、見てなって」 ダルが魔力を込めたのだろうか、中の炎が光を発しながら爆発的に広がる。

「うわっ」 ゼントは驚いて少し後ずさる。

「なんだこれは?」 「小型の爆炎装置さ。熱はないし、ただの見た目重視だ!」 どや顔でこっちを見てくる。

「なぁ、これって何に使うんだ」 「説明より早いだろ? 実演してもらうのが一番さ」 ダルは通りがかりの子供に目を留めた。 「お、そこのぼっちゃん、これに魔力をこめてみな」

「ん、なに?いいよ、うわっ」 子供が危うくしりもちをつきそうなところを、後ろにいた母親が支える。 「なにこれ、すごーい、かっこいい!ママ、これほしい」 母親の鋭い視線がダルにささる。余計なことをして、と言わんばかりだ。 子供は、母親に引きずられるようにさっていった。

「なんだ、おもちゃか?これは何に使うんだ?」 「いや、かっこいいだろ」 「え?」 「見た目だけの爆炎装置さ!」 「はぁ……」

ダルの職業は魔工技師だ。魔力の結晶、魔晶石をエネルギー源とする装置を作るのが仕事だ。 こいつはたまにこういうことがある。「かっこいい」とか「なんかすごいだろ」って理由で、ものを作ってしまう。いや、技術的にはすごいのかもしれないが。

「ん、これ熱くならないんだよな……夜間の獣除けにならないか? 音は出ないのか?」 「音も出せるぜ、なるほど、そういう使い方もあるのか、ふむふむ」 視線が斜め上をむいて、何かを考え出した。

「何とかなりそうだ、うむ、持つべきものは友だな、特別サービスでこれをやろう」 先ほどのガラスの球体を差し出す。 (いらねーよ)と言いそうになるが、娘のノゾミの顔が浮かぶ。女の子でも喜ぶかな。

「ありがたくもらってやるよ」 娘が驚く顔、喜ぶ顔を想像して少しにやけてしまったのかもしれない。 俺の顔を見て、ダルもつられて笑顔を作った。

「相談ついでにもう一つ話があってな」 「なんだ?」 「税が上がってから、なんだか資金繰りが少し苦しくなってな。銀行に嫌味も言われたよ」 「帰りに寄ってくれると助かる」 「ああ、分かった」 「じゃあ、売り切れる前に、商品を買い占めておくかな」 「これとこれとこれ、あとこれをくれ」 「まいどありっと。こんなに売れたら、午後からは商売にならんな。昼過ぎにはそっちに寄れそうだ」 「ああ、じゃあまたあとでな」 と、軽口を言いつつ、ダルは野菜を抱えて去っていく。

ゼントは残った野菜をざっと見渡して、軽く息をついた。午前のピークは過ぎた。午後も今日は売れないだろう。 「……よし、早めに切り上げるか」 荷物をまとめながら、ダルの言葉を思い返す。 (税が上がって、資金繰りが苦しくなった……か)

ダルは天才肌の技師だ、工房の商品の品質は高く、ヒット商品も多い。 あいつですらそうなんだ。自分だけじゃない。これは、誰にとっても重い問題なんだ。

荷台を引いて市場をあとにする。途中、顔なじみの八百屋に手を振られ、軽く会釈を返す。 日差しはすっかり高くなっていた。

今日は帰りにダルの工房へ寄る。そのあと、農園に戻って残った畑の手入れをして、夜にはノゾミの顔を見られるだろう。

小さな球体が、かごの端で陽光を受けて、かすかに光っていた。その光は、消えかけた炭火のようでもあり、何か小さな希望の種のようでもあった。

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