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第10話「俺のターン!」

「俺のターンッ!仕入れカードをドロー!」 ゼントの声が教室に響いた。

生徒たちの目が一斉に前へと向く。机の上に広げられた紙のボードと帳簿、時限爆炎装置。 ドローの声とともに、時限爆炎装置を一斉にひっくり返す。仕掛けがカチカチと音を立て、赤く点滅し始めた。

「帳簿計算、間に合うのか!?」「砂がだいぶ、落ちてるぞ!……もう半分切ってる!」

騒めきが広がる中、教室は右と左に分けられ、それぞれの陣営が用意されていた。 今日は、ライ先生とゼントの公開デモ対決。 生徒たちは二手に分かれ、それぞれの陣営で“計算係”を務めていた。 帳簿を早く、正確につけること。それもこの授業の大事な目的だった。

商品を売買し、税金を計算し、利益を出す。そのすべてをリアルタイムで記録し、判断する力が求められる。 まずは計算しやすい10%の税率で開始している。複雑な状況に備える、準備運動のようなものだ。

「できたら教えてくれ!間違いがないか、みんなで確認するぞ!」ゼントが説明した。

「干しじゃが芋、売価100、原価60、税率10%、利益は……」 「40! 利益は40だ!」 「違う、違う、それじゃ税がかかってない!」

ざわめく中、ライ先生が手を叩いて叫ぶ。 「おいおい、このままじゃ、ゼントが追徴課税をとられてしまうぞ」

ゼントは一枚のカードを伏せ、「これで俺のターンは終わりだ」と宣言した。

教室には、笑い声と緊張が入り交じる熱気が漂っていた。まるで本物の戦場のような、張り詰めた空気——それでいてどこか高揚感がある。

ライ先生が手を挙げて解説を始める。 「このゲームは商売の本質、そして“税の影響”を学ぶ教材でもある。利益を出すだけじゃ勝てない。仕入れ、売上、在庫、価格設定……すべてが戦略だ」

そのとき、生徒の一人がぽつりとつぶやく。 「うちの親、税金ばっかで大変だって言ってた……」

生徒たちは思わず、現実の家庭や日常を思い返していた。

次のターン、今度はライ先生がカードを引く。

「私のターンだ、仕入れカードをドロー!」

ここですかさずゼントが——

「トラップカード発動!」

ゼントが伏せていたカードに指をかけ、勢いよく掲げる。 以前作った獣除け装置が「ドーン!」という重低音とともに赤く閃光を放ち、生徒たちが思わず身を乗り出す。 その直後、カードの縁がじわりと紫に輝いた。魔工技術による仕掛けだ。 次の瞬間、表面に「材料高騰」の文字が浮かび上がり、紫の閃光が一閃、まるでカードが燃えるように一瞬だけ輝いた。

「“材料高騰”だ!」

「ぐっ、これは厳しいな!」

少し大げさに、ライ先生が驚くようなしぐさをする。 「ダイスロール!出た目の数値×10%、それだけ仕入れ値が上がるぞ」

「ダイスは2だ!」 「仕入れ値が二割増し……先生、帳簿赤字です!」

ライ先生が苦笑する。 「ふむ、ではこれはどうかな。伏せカード、オープン!」

カードの表面がふわりと青白く光を放ち、そこに硬貨と握手を交わす手の絵が浮かび上がった。その下に刻まれた文字は——

「“交渉成立”。仕入れ先に掛け合って、出た目の半分の数値だけ、仕入れ値上昇を抑えられる。」

——生徒の一人が思わず叫ぶ。「ライ先生、ファイトォ!」

「ダイスは6」

「つまり、これで1割引きで仕入れができたぞ!」

生徒たちから歓声と拍手が飛び交う。 ライ先生が軽く頭を下げ、ターンが終わったことを告げた。

ゼントがカードを引く。

「商品カードをセット、ここで“移動販売”を宣言」

笑みを浮かべながら、ゼントは販路を広げる行動をとる。左右のチームから拍手や歓声が上がる。

「ダイスロール!3だ!経費が3割増える」 「続いてダイスロール!4、販売数は4倍だ」

教室全体が盛り上がる中、タイマーの音がカチカチと速まり、時限爆炎装置の魔晶石が赤く脈打ち始めた。 灯がちらつき、最後には小さく「ボン」と音を立てて炎が大きくなり光る。失敗すれば、それがミスの合図となる。

「帳簿! 間に合うか!?」「あと五秒!」

「販売価格120、仕入れ80、税率10%、利益40、税額12……」

「計算、正解!」「うん、間違いない!」「これは勝ったな!」

最初に生徒が読み上えた数値に、周囲の仲間たちが頷く。正確さと速さにチーム全体から拍手が起こる。

教室の空気はますます熱を帯びていた。 チャイムが鳴ると、生徒たちはざわつきながらも名残惜しそうにカードや帳簿を片付けはじめる。

「この帳簿、あとで見返したいんだけど……ここに置いといてもいい?」

「これ、授業の続きとしてやれるってことですよね?」 生徒の一人が、目を輝かせて言った。

そのとき、ゼントがふと笑って言った。

「お互いが引いたカードを、箱に入れて……取引は帳簿から続けられる。こうしたら、次から前の状態で再開できるな」

ゼントはぽつりとつぶやいた。

(異世界の記憶の中に、似たようなものがあった気がする。“セーブ”ってやつだ。)

「こうやって、帳簿をきちんとつけて整えれば、次のターンに引き継げる……これをセーブというんだ」

数人の生徒が「セーブ?」「それ、いいな」と口々に頷いた。

(今作ったルールだけど、受け入れられたようだ)

ライ先生は、熱気に包まれた教室を見渡し、胸の奥に小さな希望を抱いた。 簿記の授業で、ここまで教室が熱気に包まれたことがあっただろうか。

せめて今日の授業が、子どもたちの心に“セーブ”されていてほしい。 できるなら、この先の未来へとつながってほしい。

だが、次に話すのは“税が経済を冷やす”という重い現実だ。 未来ある若者たちに、それをどう伝えるべきか——その問いが、心にわだかまりとなって残っていた。

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