「揺れる心」
光が収まり、凛と青年は新たな時間の流れの中に立っていた。空は澄みわたり、目の前には見慣れない街並みが広がっている。風がやさしく吹き抜け、花の香りがかすかに漂う。しかし、そこにはどこか違和感があった。
「ここは……?」
凛は戸惑いながら周囲を見渡した。知っているはずの景色なのに、どこか違う。建物の配置、色彩、通りを行き交う人々の顔……すべてが微妙に違っている。まるで見慣れた場所が異なる次元へと変化したようだった。
青年も慎重に周囲を観察しながら、小さく息をついた。
「僕たちの選択が、この未来を創り出したんだ」
その言葉に、凛の胸がざわめいた。未来を選ぶという決断をしたものの、本当にこれで良かったのかという不安が押し寄せてくる。過去を変えることはできなかった。だが、未来を創るということは、過去と決別し、新たな可能性に向き合うことを意味する。だが、その未来は本当に自分たちが望んだものなのか。
街を歩くうちに、違和感は次第に明確なものとなっていった。見知ったはずの店が消え、かつて親しかった人々の面影もない。街並みは美しく整備されているが、どこか温かみを欠いているように感じられた。人々の表情も無機質で、どこか活気がない。
「ねえ……本当に、これが私たちの未来なの?」
凛は足を止め、青年を見つめた。彼の瞳にも、迷いが浮かんでいた。
「選択をした以上、受け入れるしかない。でも……もし、何か大事なものを失っていたら?」
青年の言葉は、まるで凛の心を映す鏡のようだった。選択の代償とは何だったのか。ふたりはその答えを見つけるため、さらに歩みを進める。
やがて、ふたりはかつての思い出が残る場所に辿り着いた。そこは、幼い頃に遊んだ広場。しかし、今の広場はすっかり様変わりし、整然とした人工的な公園になっていた。かつてあった木製のブランコや古びたベンチはなく、代わりに規則的に並ぶ石畳の道とモニュメントが立ち並んでいた。
「……ここで、私たちは何を守ろうとしたんだろう?」
凛の声には、かすかな震えがあった。未来を選ぶことが、過去の大切な何かを失うことと同義だったのだろうか。
広場の中央に立ち尽くしながら、凛の脳裏には幼い頃の記憶がよみがえっていた。夕暮れの光に包まれた木々の間で、笑い声を響かせながら遊んでいた自分と友人たち。涙を流した日も、励まし合った日も、すべてがこの場所に詰まっていた。
「……この場所がなくなるなんて、思いもしなかった」
凛の胸が締めつけられる。過去を変えることはできなかったとしても、せめて記憶の中の大切なものだけは残したいと思っていた。しかし、選んだ未来の中でさえ、それはすでに失われてしまったのかもしれない。
青年は静かに手を伸ばし、凛の肩をそっと支えた。
「きっと、答えはまだ見つかるよ。僕たちがどんな未来を望むのか……それを決めるのは、今からなんだ」
その言葉に、凛はゆっくりと息をついた。迷いながらも、進むしかない。自分たちが選んだ未来を、本当の意味で受け入れるために。
やがて、青年は広場の端にある古びた時計台に気づいた。かつて見慣れたものよりもずっと小さいが、そこに確かに時を刻むものが存在していた。
「ねえ、あの時計……」
凛は息をのんだ。時間の流れを選択したはずの彼女たちが、この新しい世界の時間とどう向き合っていくのか——その答えは、まだ見えていない。