表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

「銀時計の目覚め」

 夜の静寂に包まれた街を歩いていた。人通りの少ない道を、カツカツと靴音だけが響く。水瀬凛はその音に耳を澄ませながら、早足で自宅へと向かっていた。


 大学の講義が終わり、友人たちとカフェで話し込んでいたら、すっかり遅くなってしまった。街灯が照らす歩道の隅に、何かが光っているのが目に入った。


「……時計?」


 しゃがみ込み、そっと手に取る。それは古びた銀色の懐中時計だった。装飾が施された表面には、見覚えのない文様が彫られている。まるで西洋の古い工芸品のようだった。


 カチリ。


 手に取った瞬間、時計の針が動き出した。


 その音と同時に、目の前が揺らいだ。


 まるで世界が波紋のように歪む。


 頭がくらくらする。視界がぼやけ、足元がふらついた。


「っ……なに、これ……?」


 眩暈がする。気をしっかり持たなければと思ったが、意識が遠のいていく。


 次の瞬間、彼女は漆黒の世界へと沈んでいった。




 目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。


 霧がかった空の下、白い花が一面に咲き誇る庭園。風が吹き、花びらが舞う。どこか幻想的で、現実とは思えない光景だった。


「……君が、この時計を拾ったのか?」


 背後から声がした。


 振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。


 長い黒髪を持ち、整った顔立ち。漆黒の衣装をまとい、鋭い瞳がこちらを見つめている。凛は思わず息をのんだ。彼の存在そのものが、この世界の雰囲気と同じくらい非現実的だった。


「あなた……誰?」


れい……と呼んでくれればいい」


 黎と名乗った青年は、懐中時計を指差した。


「君は、それを拾ってしまった。だから、ここに来たんだ」


「ここって……?」


「君の記憶の境界線だよ」


 彼の言葉の意味がわからない。凛は時計を見つめる。確かに、これを拾った瞬間に意識が飛んだ。けれど、記憶の境界線とは?


「時計を捨てれば、元の世界に戻れる?」


 凛がそう尋ねると、黎は微かに微笑んだ。


「試してみるといい」


 言われた通り、時計を手放そうとした。しかし、不思議なことに指が動かない。まるで何かに縛られたかのように、手が離せなかった。


「……何これ?」


「君はもう、運命の扉を開いてしまったんだ。ここから先、真実を知るかどうかは君の選択に委ねられている」


 黎の言葉に、凛の胸がざわつく。彼は何かを知っている。彼女が忘れてしまった“何か”を。


 その瞬間、世界が白く染まった。




 ハッと目を覚ました。


 そこは自分の部屋だった。


 夢だったのか?


 だが、手にはまだ銀時計が握られていた。


 夢ではない。何かが本当に起こっている。だが、何が起こっているのかはわからなかった。


「黎……」


 彼の名前を呟くと、胸の奥がちくりと痛んだ。


 まるで、何かを忘れてしまっているかのように——。




 翌日。


 凛は時計のことを調べようと、アンティークショップを訪れた。古い品物を扱う店なら、何か手がかりがあるかもしれない。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から、店主らしき男性が現れた。


 その姿を見た瞬間、凛は息をのんだ。


「……黎?」


 昨日の夢で会った青年にそっくりだった。


 だが、彼は微笑みながら言った。


「初めまして。僕は朝霧怜あさぎりれいです」


 名前が違う。


 それでも、彼の存在は夢の中の黎とあまりにも似ていた。


「あなた……本当に、初めまして?」


 凛の問いに、怜は優しく微笑んだ。


「さあ……どうだろうね?」


 彼の瞳には、何かを知っているような光が宿っていた。


(この人は一体、何者なんだろう?)


 そう考えた瞬間、懐中時計が静かに時を刻み始めた——。

登場人物

水瀬みなせ りん(19)

大学1年生。好奇心旺盛だが、自分の過去に関しては意外と無頓着。銀時計を拾ったことで運命が狂い始める。


れい(???)

夢の中で現れる謎の青年。凛に「一度愛した」と語るが、その真意は不明。彼の正体とは?


朝霧あさぎり れい(22)

アンティークショップの店主。端正な顔立ちと冷静な物腰だが、時折寂しげな表情を見せる。黎にそっくりな容姿を持つ。


時守ときもり(???)

銀時計に関わる存在。彼の言葉には、凛の記憶を取り戻すヒントが隠されている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ