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色を喰らう  作者: Cornix
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第二話

 領主様と会ってから数日。僕は特に代わり映えのしない暇な毎日を過ごしていた。少し変わったことといえば、見張りの人が村の人から領主様が連れてきた人に代わって、ご飯を持ってくる時くらいしか顔を見せなくなったことだけ。

 でも今日は、目を覚ますと誰かいた。白く透き通った長い髪と薄い赤色の目が特徴の少女。真っ白なワンピースを着ている。身長は僕と変わらないくらいだろうか。地下室なのに何故かある少し高めの窓枠に腰掛けて、こちらを見て微笑んでいる少女は、薄明かりに照らされどこか神秘的で奇妙な雰囲気を纏っていた。


「えっと……どちら様ですか?」


 少女は何故か少し目を見開いた後、伏し目がちに何か呟いてまたしばらく黙りこくっていた。僕が痺れを切らしそうな頃、彼女は漸く口を開いた。


「元気?」


「げ、元気だよ」


 その妙に親しげな言葉につい普通に答えてしまった。僕はこの人を知らない。ひたすら怪しい雰囲気を醸し出しているのに、何故か親しげな顔をするこの子を僕は見たことがなかった。

 何より、白髪赤目なんて目立つ見た目、一度見たらそうそう忘れないだろう。

 そろそろ僕の質問にも答えて欲しいので、聞き方を変えることにした。


「あなたは誰ですか?」


 我ながら凄くぎこちない質問だ。


「私は……私は、そうね、精霊よ」


 より怪しさが増した。精霊が存在するっていうのは本で読んだことがあるけれど、こんなのじゃないと思う。もっと小さい感じで描写されていた気がする。

 疑いの念を込めてじっと彼女を見つめる。


「私はすごい精霊なのよ」


なんだか自信満々な様子。


「それで、なんで、どうやってここに?」


「どうやって来たかは追々説明するわ、私はあなたを助けに来たの」


 なおも懐疑的な目を向けていると、勝手に喋り始めた。


「あなたは今七つの大罪、【暴食】の力を持つ危険人物として檻に閉じ込められている」

「……はい」


「もうしばらくしたら、力のことをよりよく知る人物の所に連れていかれる、というのは領主様から聞いたわね?」


「はい」


「その人物というのが、王都に住み、宮廷に務める魔術師という話らしいの」


 急に話が大きくなってきた。僕は王都に連れていかれるらしい。


「その魔術師が問題で、嫌な噂が沢山あるの。あなたがそこに連れていかれたら、何をされるかわからないわ」


「……なるほど」


「あなたの力は貴重なの、この世界でそれを持つのはあなた一人。だからこそその身を案じてる。それがあなたを助けに来た理由よ」


 話していることは規模が大きくて、僕の身にそれだけの価値があるなんて信じられないけれど、少女の目は真っ直ぐで、嘘を話しているようにも見えなかった。僕は少女を信じることにした。


「で、あなたは結局誰なんですか?」


「精霊よ」


 怪しさ満点の設定はあくまでも貫き通すみたい。


「そろそろご飯の時間ね、また来るわ」


 少女はそう言うと闇に溶けるように消えてしまった。そういえばどうやって来たかは聞いていなかった。今のように姿を消すことができるのか、転移魔法を使ったのだろうか。でも、姿を消しても誰にも気付かれずに檻の出入りなんて難しいだろうし、転移魔法の使い手は稀少で誰もが使えるような魔法じゃない。多分、今の僕じゃ方法はわからない。また来るのを楽しみにしておこう。


「ほら坊主、飯だ」


「ありがとうございます」


 僕は味の変わらないいつものパンをもそもそと頬張った。


───────

 それから二、三日後、やっと少女改め精霊さんが現れた。聞きたいことはいくつもあったけれどまずは前回聞きそびれたこと。どうやって来たのか。

 今回の精霊さんは、気付いたらそこにいた。また、謎の窓枠に腰掛けてこちらを見ていた。あまりにも自然に部屋にいるから、気付くのが遅れた。


「……あ、精霊さん」


「やあ、元気?」


 精霊さんは前回と同じ顔で同じ質問をした。


「元気だよ、精霊さんも変わりないようで何より」


「ふふ」


 精霊さんは窓枠から飛び降りると、スタスタと近付いてきた。


「今回は色々調べてきたわ」


「おおー」


「今回私が調べたのは暴食の権能についてよ」


 暴食の権能というのは、領主様が言っていたことだろうか。それならもう大体知っている。何でも食べられる力だ。


「それなら」


「それなら知っているって顔してるわね。あなたが知っているのは権能のごく一部」


 じゃあ領主様も知らないようなことをこの人は調べてきたのだろうか。どうやって?


「あ、領主様も知らないことは私も知らないわよ。私が調べたのは領主様の資料だもの」


 それならまだ理解できる。方法はともかく、僕を送るための諸々の手続きが終わってない領主様はまだこの村に滞在してるだろうから、どうにかして探ってきたのだろう。何より、昨日見張りの人が


「領主早くしてくれねえかな……」


とか呟いてたのが聞こえたし。きっと手続きのことだ。


「じゃあ説明するわよ」


 例によって精霊さんは勝手に喋り始める。


「あなたの力はただ何でも食べられるだけじゃないわ。食べたものを吸収できるらしいの」


「吸収……普通の食べ物みたいに栄養にできるってことですか?」


「ううん、いやまあそれもあるみたいだけど」


 精霊さんはズイッと僕に顔を近付ける。


「あなたの権能は、食べたものの力、主に魔力、記憶を奪うものみたいなの」


「あー……」


「なんとなく心当たりのありそうな反応ね」


 心当たりがないでもない。僕は魔物を食べた後の数日、悪夢を見た。夢の中の僕は、村を襲ったあの魔物だった。あの夢の中で僕は魔物の記憶を追っていたのかもしれない。


「それじゃあ、領主様があなたを暴食の権能持ちだと判断したのは何故だと思う?」


 精霊さんが少しニヤッとして聞いてきた。


「え、僕が普通の人は食べれないような金属と魔石を食べれたからじゃないんですか?」


「それもあるよ、でもそれだけじゃない。領主様は君が魔石の魔力を吸収するのを見て暴食の権能だと判断した。万が一金属ごと魔石を食べられるすごい強靭な顎の持ち主がいたとしても、きっと魔石の魔力を経口摂取なんてできないだろうからね」


「でも見てたって吸収できたかなんてわからなくないですか?」


「領主様は魔力の流れが見える魔眼持ちなの」

「魔眼!? 全然気付かなかった……」


「当然よ、見た目は普通の目とほぼ変わらないもの」


 魔眼は、極一部の人が持つと言われる特別な目って、噂で聞いたことがある。色んな種類があるけれど、目を媒介に魔法を発動することができるもの。持ってるだけですごい価値があるものらしい。近所のおじさんが羨ましそうに話してた。

 なるほど、魔力の流れが見えるなら僕が魔石から魔力を吸収したのもはっきりわかったんだろう。


「んーと、調べられたのはこれくらいね」


「じゃあそろそろ、どうやってこの檻に出入りしてるのか教えてくださいよ」


「それはまた今度来た時に話すわね」


「坊主」


 僕は飛び上がった。見張りの人。もうご飯の時間だったらしい。

 精霊さんは気付いたら消えていた。


「あ、ありがとうございます」


 見張りの人は精霊さんや僕の動揺には気付かなかったのか、何も言わず去っていった。

 僕は胸を撫で下ろしながらいつものパンを頬張った。



───────

 精霊さんの三回目の来訪は思ったよりすぐで、大体一日後だった。今回こそはどうやって出入りしているのか説明してもらわなければ。


「元気?」


 精霊さんはいつもの調子で聞いてきた。毎回恒例なのだろうか。


「元気だよ。前回から時間経ってないでしょ」


「それはそうね」


 またすぐ来たということは、何か良い情報でも手に入れたのかな。


「今回はどういった用事で?」


「いやあ、特に新しい情報を手に入れたとかじゃないんだけど、前回のことをちょっと謝りたくて」


「前回のこと?」


「急にいなくなったこと」


「あー」


「君のご飯の時間は把握してるんだけど、あの時はちょっと忘れてた。ごめんね」


「見張りの人も不審がったりはしてなかったので大丈夫ですよ」


 もし精霊さんが見つかった場合、どうなるのだろうか。優しそうな領主様のことだからきっとひどいことはしないと思うけれど、気を付けるに越したことはない。僕の立場も悪くなるかもしれないし。


「それよりも、前回の約束通り、あなたがどうやって出入りしてるのか教えてくださいよ」


「ああ、忘れてた」


「忘れてたんですか」


「まあまあまあ」


 精霊さんは今回も窓枠を飛び降りて僕に近付いてきた。というかまた座ってたんだ。


「よーしそれじゃあお姉さんが説明してあげよう」


 そろそろこの人の調子にも慣れてきたな。


「私には特別な力がある」


「僕の権能みたいなもの?」


「ちょっと違うけど」


 精霊さんは少し口ごもった。いっそ全部話して欲しいのだけれど。


「まあ、私のは一言で言えば、見えなくする力だよ」


「もっと詳しく」


「今から説明するよ」


「はい」


「私の力を使うとほらこんな感じで」


 精霊さんは初めて会った時のように、僕の目の前で消えた。


「精霊さん?」


「ここよ」


 僕は飛び上がった。精霊さんの声は僕の耳元から聞こえた。心臓に悪い。


「な、なるほど」


「わかってもらえたみたいね」


 精霊さんが僕の横に現れた。


「ついでに言えばこれは魔導具なんかにも適用される」


 今度は檻の外から声が聞こえた。


「どういうことですか?」


「私が檻を開けるのが見えた?」


 そういえば見えなかった。精霊さんの姿はもちろん、檻が開く音や軋みも無く、僕には何も起こらなかったように見えた。


「精霊さんの周りにも力が働く……?」


「さらに加えると、その檻は中にいる者を判別して魔力を奪い取る。でも私にはこの力のおかげで檻の効果が効かない」


 思ったよりすごい力なのかもしれない。まだ少し理解が追いつかないけれど、通りで誰にも気付かれずにこの檻を出入りできるわけだ。檻の鍵は見張りの人から盗ってきたのだろうか。

 僕が呆気に取られていると、今度は目の前に精霊さんが現れた。


「まあ、そういうわけなのだよ。すごいでしょ」


「予想の斜め上でした」


 精霊さんは僕を驚かせられたのが嬉しいのか、自慢げな顔をしている。


「あ、そういえば、その力を僕に使うことはできないんですか? それができれば脱走も簡単ですよね」


「あー……それなんだけど」


 精霊さんは一転して気まずそうな表情になった。


「実は、人にかけるのってまだあんまり試したことないの」


「ということは」


「いや、もうちょっと時間をちょうだい。脱走までにはできるようにしておくわ」


「わかりました」


「……そもそも君はちゃんと脱走する気はある?」


「え?」


「いつも私ばかり喋ってるけど、君の意思は聞いてなかったなと思って」


 言われて気付いた、わからない。ただ漠然とこの状況から脱出しなきゃとは思っている。僕が送られる先の魔術師は評判が悪くて、何されるかわからなくて。でも、そもそもそれを言ったのはこの人、目の前の精霊を名乗る怪しい人物。信用できるのか……?


「……わからないです」


「……そうかあ、この檻から脱走するまでには決めといてね」


 精霊さんは僕から少し離れ、背中を向けた。


「まー不安なことは多いよね。私の事だって君からしたらあんまり信用できないだろうし」


「でも任せて」


「全部私がなんとかする。必ず」


 振り返った精霊さんの目は力強く、薄赤の目は吸い込まれそうなほど綺麗だった。

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