表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色を喰らう  作者: Cornix
1/5

第一話

 昔から「力」があったわけじゃない……と思う。自覚したのは7才くらいの時だった。

 外で遊んでいる時に転けてしまって、石が口に入った時に気付いたんだ。「おいしい」と。それからは他のどの石を食べても美味しく感じたし、砂や木、口に入れるもの全てが美味だった。周りの人は当然、石や砂を美味しく食べることはできない。それが普通だ。幼い自分もそれはわかっていた。ただ、なんとなくいけないことのような気がして村の誰にも話さなかった。お父さん、お母さん、お姉ちゃんにも。

 そんな秘密を抱えて迎えた十歳の誕生日。気候の急な変動や水害によって村は長い飢餓に襲われた。皆やせ細って辛そうだったけど僕にはどうすることもできなかったから、ただ色んなものを食べてた。僕は元から痩せ型だったから、僕だけ元気でも皆あまり気にしていなかったみたいだ。

 そして僕の十一歳の誕生日、村の平穏は突如として破られた。

 魔物だ。魔物とは魔力を多く持った生き物の、特に人間に害を及ぼすものをいうが、村の周辺には農民でも対処できる程度、害獣くらいの魔物しか生息していないはずだった。しかし別の地方から流れてきたのか、村の者では到底敵わないほどの魔物が現れた。


 僕は逃げ遅れた。

 敵うわけがない、子供の僕が。しかも相手は魔物だ。逃げなきゃと、そう思っているはずなのに足は動かなくて。僕はあっという間に捕まった。自分より遥かに大きな体躯に掴まれた僕は何もできなくて、僅かに動かせるのは頭だけ。


「死にたくない……」


 せめてもの抵抗のつもりだった。僕は、自身を掴む魔物の手に噛み付いた。


「?」


 普通ならそこらの武器も通さない皮膚を、小さな僕の歯は突き破った。突き破ってしまった。

――美味しい。

 魔物の肉を咀嚼しながら僕はそう思った。

 そこからはもう止まらなかった。夢中で魔物の肉を食いちぎり、僕を引き剥がそうとした魔物の手を逆に食べた。魔物の断末魔も、僕が喉を食いちぎったからすぐに聞こえなくなった。

 気が付けば僕一人。


「ひぇ……」


 魔物を倒そうと戻ってきた村の人が、僕が起こした惨状を、酷く怯えた目で見ていた。


「化け物……」


───────

 あの後しばらく僕は眠ってしまったけれど、その間皆で話し合った結果、とりあえず僕は審問会というものにかけられることになったらしい。村民が皆で僕について聞き出し、処遇を決めるそうだ。僕だってよくわかってないのに。


「私見たのよ!その子が村を襲った魔物を食べてしまうのを!……あれは化け物そのものだったわ!」


 僕と同じように逃げ遅れ、僕のことを物陰から覗いていた人がいたらしい。僕は手足、首、口に拘束具を着けられて何も出来ないのに、酷く怯えた目でこちらを見ている。

 この会は村の全員が参加しているはずだから僕の家族もいるんだけど、庇ったりはしてくれないみたいだ。お父さんとお母さんは険しい顔でこちらを見ている。やめてよ、そんな目で見ないで。僕は何も悪いことしてないよ。


「村にそんなよくわからん危険なやつは置いておけない!殺してしまえ!」


「村が飢餓になったときからおかしいと思ってたんだ、俺たちが苦しんでいるってのにそいつだけずっと元気そうだった」


「そういえば確かに……そいつが魔物なんじゃないか?」


「さっきのデカい魔物を連れてきたのもコイツなんじゃ……?」


 罵声が僕に浴びせられる。そんなわけがないのに、ここ最近の飢餓も僕のせいにされている。


「――――!」


 そんなわけがないと僕は必死に抗議しようとしたけど、口につけられた器具のせいで喋ることができない。

 しばらく村民の主張を聞いたあと、村長が口を開いた。


「それでは本人の主張も聞いてみるとしようか」


暴れることを恐れてか、非常に慎重に僕の口の器具が外された。


「質問をしよう。お前が村を襲撃しに来た魔物を食ったのは本当か?」


「……はい」


「生きている魔物をそのまま食うなんて事例は聞いたことがないが、どうやった?」


「……力を使いました。幼い頃から持ってる、多分、何でも食べられる力」


 皆がざわついたが村長は気にせず質問を続ける。


「その力を皆に振るわないという保証は?」


「僕にもよくわからない力なので、保証はできません。けど、振るわないと誓います」


「なるほど。では、お前が魔物を連れてきたのではという意見に対して反論はあるか?」


「女神様に誓ってそんなことしてないです。第一、魔物を連れてきたとして僕が食べてしまっては意味がないと思います」


「ふむ」


 女神様に誓うという言葉の意味は重い。これは冗談でも言ってはいけないという習わしがある。これで僕の主張の信憑性が上がったはずだ。多分。

 村長は眉をひそめてしばらく考えた後、一先ずの結論を皆に告げた。


「この子の処遇は一旦保留とする」


「……彼の力に少し心当たりがある。儂より博識である領主様に判断してもらうこととしよう」


 僕はしばらくの間、見張りをつけて地下の檻の中に閉じ込められることになった。

 とても悲しいことに僕がこれから暮らすのは薄汚れた檻で、明かりは檻のすぐ外に蝋燭一本のみ。さらにいえば金属製っぽい見た目で、普通の人間が力でどうにかするのは無理そうだ。

 しかもこの檻は特殊な魔導具の一種で、閉じ込めたものの魔力を奪い行動不能にするものらしい。僕の「力」は魔力を使うものみたいで、この檻の中では使えないし、最低限の身動きしかできなかった。目隠しを着けてここまで連れてこられたから、がんばって脱出しようにも脱出経路も場所もわからない。もし脱出できても行く所ないし。

 なんでこんなことになったんだろうか。この「力」のことを秘密にしていたから?でもいつ明かしたとしても同じような状況にはなっていた気がする。今ほど酷くはないだろうけど……。


───────


僕は……僕は何だろう。

自分の周りには木々が広がっている。森の中だろうか。

なんだか無性にお腹が空いた。

目の前を横切った兎を爪で切り裂いて齧る。

足りない。もっとたくさん食べなければ。


───────

「ねえ見張りさん? もうちょっと何か喋ろうよ」


 あれから何日が過ぎただろうか。冷たい床で寝ているせいか、悪夢ばっかりみて気分が悪い。

 結局、僕の檻は移動できないので、博識だという領主様が直接ここに来ることになったらしい。見張りの人にそこまでは聞けたけれど、僕とは極力話さないように言われているらしく、全然喋ってくれない。見張りを勤めている人ももちろんこの村の人なんだけれど、村の端っこに住んでいて全然話したことのない人や、僕の家から遠くてあんまり会わない人が採用されていて、話のタネを作ることも難しい。

 幸い、檻での生活は思ったより快適で、鉄格子の隙間から普通のご飯を出してくれるし、備え付けの小さな便所まである。って言っても水とパンばかりで野菜や肉はたまにくれるくらいだし、便所は便所と言うには貧相で小さい穴が空いてるだけ。

 そしてあまりにも暇だ。できれば今すぐに普段の生活に戻りたいから、領主様はもうちょっと急いで来て欲しい。普通に戻れるのかはわからないけど。

 ちなみに、魔物襲撃当時のショックは思ったよりすぐ和らいだ。けどやっぱり最初はかなり泣いた。魔物はとんでもなく怖かったし、何より、自分は何も悪くないのに責められ、怪物だと罵られたことに、自分で思うより傷ついていたことに気が付いた。しばらく泣きじゃくったら割とすっきりして、状況を受け止める余裕もできた。

 それに、見張りの人から亡くなった人は居なかったと聞いて安心した。被害が無くてよかった。


 領主様まだかな。


───────

 翌日、待ちに待った領主様が来た。

領主様に会ったことはなかったから、どんな怖い人だろうと思っていたけれど、想像していたよりも物腰の柔らかい優しそうな人だった。

 領主様は村長に連れられて僕の檻の元へ来た。周りには数人の村民と、領主様の護衛らしき人がいた。


「こんにちは」


「……こ、こんにちは」


「私はまだ年端もいかない子供が魔物を食ったと聞いて、どんな凶暴な子供かと想像していたんだが、君は普通の子に見えるね」


 村民の一人が少し慌てた様子で口を挟んだ。


「いやでも、この子が魔物を食べたのは本当なんです。目撃者もいます」


「うむ、聞いているよ」


 領主様はあくまでも落ち着いた様子で僕の事を見ている。


「それじゃ、君の力とやらを見せてもらおうか。その子を檻から出して手足を拘束しなさい」


 村民が檻から出して大丈夫なのかとか聞く前に、領主様の護衛が凄く手際よく僕の手足を縛り、檻から出した。僕が倒れないように護衛の人が僕の身体を支え、僕は少し前かがみの姿勢になった。

 領主様は僕の正面に立ち、手を差し出した。


「これ、食べられるかい?」


 領主様の手にあったのは、多分金属製の、銀色の四角い物体だった。手のひらくらいの大きさのそれには、お洒落な模様らしきものが刻まれている。

 今まで石とかよくわからないものも沢山食べた経験があるし、多分これも食べれる。


「はい、多分食べれると思います」


「よし、じゃあ食べて見せてごらん」


 僕が口を開けると領主様はその物体を僕の口へ入れた。僕が意識しなくても力は発動し、僕はバリバリと簡単に金属を噛み砕いた。四角の中には別の物が入っていたみたいで、パリパリとした食感でまた違う味がした。中身の方が美味しい。


「美味しいです。これは何ですか?」


「外はただの保存容器だが、中身は魔石だよ。つまり魔力を閉じ込めた石。本当に食べられるとはね」


 魔石……聞いた話では上手く扱えば動力源として使えたり、体内の魔力が少なくなった時に回復手段として使うらしい。普段の生活ではあまり見ることはできない貴重なもので、僕も見るのは初めてだ。一応うちの村でも結界?に使っているらしい。でもなぜそんなものを僕に……?

領主様はじっと僕を見つめている。


「なるほど、検討がついたよ」


「恐らく、君の力は【暴食】の権能だ」


 と、重々しく言われたが僕はうまく反応できなかった。まず暴食も権能も知らない言葉だ。


「えっ……と?」


「おや、聞いた事なかったかな。【暴食】は七つの大罪と言われるものの一つで、言ってしまえば食べ過ぎだ」


「食べ過ぎ」


「そう、そしてその七つの大罪を司る悪魔がいて、【権能】というのは悪魔の力を借りて使う資格だ」


「はあ」


「つまり君は暴食の悪魔の力を使うことができる。さっきみたいにね」


 なんだか突拍子もない話だ。悪魔の力って……。そもそも悪魔って、僕の知る常識だと人間の敵だったと思うんだけれど、それの力を使える僕は結局化け物で人間の敵ってことにならないかな……。


「君は我々人類の敵ということになるね」


やっぱり。領主様は、僕の目の前で堂々と敵だと言っておきながら未だに目は優しく、僕をすぐに殺すとかいうわけではなさそうだ。


「しかし、私は七つの大罪の権能についてこれ以上のことは知らない。だから、もっと詳しい人の元へ君を送ろうと思う。下手に君を殺しでもしたら何が起こるかわからないからね」


 領主様はかなり慎重な方みたいだ。でも正しいと思う。領地の安全を守るためにもよくわからないものをよくわからないまま手元に置いておきたくないというのもあるんだろう。

 そうして僕はさらに別の人のところへ送られることになった。今回はかなり面倒な手続きがいるらしくて、僕はもうしばらくこの檻にいなければいけなさそうだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ