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2-1. それはさぞ気持ちいいだろう、と

夜――


「さて、行こうか」

「啓介、インドアのアンタが自転車にハマるとはねぇ。気を付けんばよ」

「へーい」


 ハンドルに取り付けられたライトの電源を入れると、僕は体重をペダルにかけた。

 白いLOOKのロードバイク、そのタイヤが庭の土を掴んで車体と僕を前へと押し出す。

 母さんに見送られてそのまま家の敷地を出た僕は、更に加速しながらアスファルトを進んで路地を進み角を曲がると通りに出た。

 緩い下り坂を軽快に走りながら、ライト横のホルダーに付けたスマホを操作。

 時刻は夜九時少し前。


「さぁて、今日はどがんすっかね」


 ついにやついてしまう頬を掻きながら僕は島原城を目指した。徒歩で十数分の距離は、下り坂のロードバイクならば五分とかからない。

 あっという間にお堀の横に辿り着いた僕は、ハンドルのホルダーに取り付けたスマホを操作した。

 目的のアプリを立ち上げる。

 そのアプリはサイクリング用のログアプリだ。スマホのGPS機能を利用してどこをどれくらい走ったのか、平均速度や消費カロリーなんかを記録できる。無料版だけど僕にとっては十分な機能が使用できるようになってる。

 このアプリを辻さんに教えてもらった時にランニングやウォーキング向けでも似たようなアプリが沢山あることを知った。

 色んな世界があるんだ――そう、僕が知らなかっただけで。

 興味が無かっただけで。

 島原市は間違っても大都会なんて場所じゃない。だけどアプリやネットの世界は電波さえ届けば田舎か都会かなんて関係ない。

 僕の知らなかった世界は思っていたよりも近くにあって、それは手を伸ばせば、ちょっとスマホを弄れば届く場所にある。


「今日で100、行けるよな」


 みのるさんのバイクを借りて、三週間が過ぎた。

 雨の降っていない時を見計らって僕は、夜ごと走りに出るようになっていた。

 アプリの記録によれば今日で十回目のライド。最初の数回は五、六Kmくらいしか走っていなかった。理由は雨が降り出したり、そもそも体力や筋肉痛で肉体的に限界だったからだ。我ながらインドアチビデブオタクの体力の無さに呆れるものだ。

 いや、でもひとつ言い訳させてほしい。

 ロードバイクって自転車だけど、ママチャリとはもう、色々と根本的なアレコレが違うんだ。

 機能的機械的部品的品質的にともういくらでも違いはあるんだけど、乗ってる方にも違いが要求される。

 そもそも搭乗時の姿勢からして違う。

 姿勢についてはTUZI BICYCLEで初めてロードに乗った時にサドル高を凄く高くされたのが一番の違いだと思う。ペダルを踏みこむ力を可能な限りロス無く最大限発揮するためなのだが、それはつまり脚部の筋肉に対し、より効果的で効率的な酷使を要求する、という意味でもある。

 もちろんロードバイクは、ママチャリなんかより一漕ぎひと漕ぎの効率性が断然良い。ひと漕ぎ分の肉体的負担は驚くほど少ないんだ。

 けどその分速く強く遠く長くペダルを漕ぐから、結果として積み上げられる肉体的疲労の総量もけた違いになってくる。

 今までの低いサドルだったら殆ど使わなかった筋肉まで総動員してペダルを漕いでいる感じがするんだ。

 脚だけじゃない。

 ママチャリと違って凄い前傾姿勢な分、ハンドルにある程度体重を掛けることになる。つまり腕から肩、背中で体重を支える格好だ。

 実はロードバイクはママチャリと違って、サドルに座らない。

 正確に言えばママチャリのように、すとんと体重の全部を掛けてサドルに座るのではなく、サドル、ペダル、ハンドルに上手く均等に体重を分散させて乗るのが理想の乗車姿勢なんだとか。ペダルに体重を掛ければその分漕ぐ力を節約できるし、何よりお尻が痛くなりにくい――ロードバイクのサドルは、細くて硬いから長時間乗ってると尻が割れるかと思うくらい痛くなる。だからみのるさんは、このLOOKにサドルカバーをかけてくれたのだ。

 その前傾姿勢を維持するから体幹というか、腹部周辺の筋肉もある程度緊張させる必要がある。そこら辺は慣れた人だったらイイ感じに抜きながらできるのかも知れないんだけど、要するに下半身ほどではなくても、他の自転車よりも上半身も結構筋肉使うってことだ。


「あの時は酷かったよなぁ」


 思い出すのは最初のトレーニングライドだ。

 このロードを借りた翌日の夜、早速島原城周りに出たのまでは良かったが、素人の自分に合ったペースなんてわからないからとにかく我武者羅にペダルを踏みに踏んで、たった二周ちょっとで体力を使い果たしたんだ。巡行、なんて言葉は頭の中からすっ飛んでしまって、とにかくペダルを踏んで、重たいギアで漕いで、見事にグロッキー。

 そして翌朝、全身の筋肉痛でまともに歩けないという有様。

 流石の平野たちも、全身筋肉痛で半死人みたいな顔をしてる僕を不気味に思ってか妙に距離を取っていたのがちょっとウケる。辻さんには爆笑されたけど。

 最初の頃はそんな感じだった。

 とにかく全身ビキビキ言わせながら翌日を過ごし、日中には後悔しながら過ごすのに、夜になればロードバイクに乗れるかどうか天気を気にしていたりする。

 そんなことを繰り返していたら、ここ何度かは十二、三Kmを走ることができるようになった。人間の身体、慣れって凄いな。

 そしてその合計走行距離が、いま八十二Kmちょっと。

 今日、普段より頑張れば百kmを超えることができるってことになる。

 さぁ始めようか。

 これもロードバイクで走るようになって知ったことだけど、夜の島原城お堀周りはウォーキングやランニングの定番コースらしい。車の往来も少なくなる今の時間帯、反射タスキやライトを装備したランナーやウォーキングしている夫婦なんかが結構いたりする。 

 お堀の周りには桜の木が植えてあって、春には結構な桜並木と白いお城の写真が撮れるんだ。

 ウォームアップにとゆっくり流しながら、電灯に照らされる七月の葉桜を見ながら僕は次の春のことを考えていた。

 花びら舞い散る夜桜の下をロードバイクで走ると、それはさぞ気持ちいいだろう、と。



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