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4-5. 勝負 2


 †


 

 みのるさんのLOOKが『校内で』壊された。

 俺が呆然としていると、すぐに辻さんも下校のために駐輪場にやってきて悲鳴を上げた後、すぐに警察に通報しようとして、大事にしたくない教師たちとの間でちょっとした騒動になった。

 とはいえ、パンクさせられたとかキズを入れられたみたいな、イタズラでは済まない状態である。

 学校側も不審者侵入の疑いがあるため即座に犯人捜索に移り、それはあっという間に完了した。


 防犯カメラに、嬉々としてLOOKを破壊する平野達の姿が映っていたからである。

 凶器に使われたのは割れたコンクリブロックとか拳大の石とか。探せばいくらでも校内に転がっているものだった。


 さて、大事になったのは翌日からだ。

 平野達は親を呼び出され、俺も親を呼び出され、職員会議室で対面となったのだが、そこに乱入してきたのがみのるさんである――弁護士である釜井さんを伴って。

 

 大混乱となった。

 

 確かに、俺はあのLOOKを借りていた。だが借り物である以上、その破壊にともなう弁済と謝罪を受け取るべきは、LOOK本来の持ち主であるみのるさんであるのが筋である。

 そこで熱弁を振るったのが釜井さんである。

 

 ロードバイクは日進月歩の世界。みのるさんが高校生の頃に購入したあのLOOKは、中古市場でも見向きもされないような骨董品扱いの機材だ。しかしみのるさんが長年使い込み走り回った思い出のバイクである。そんな大切なものを破壊したのだから、犯人である平野達は学校側から然るべき処罰を受けるべきだし、相応の慰謝料を支払わなければならない、と。


 実際ちょっとイタズラでは済まない行為であったため、学校側は平野達に対して五日間の停学処分を言い渡すことになった。担任である原セン、学年主任、教頭に校長、その場にいた俺たちだって釜井さんの話術に誘導された気がしなくもないが、それはさておき。


 学校から平野達の処分が下された以上、残るはみのるさんに対する弁済である。

 釜井さんはロードバイクの中古車販売サイトの価格を参考に慰謝料込みで七万円を提示した。

 五人で行った犯行であるから、一人頭で割ると一万ちょっと。

 高校生に対して請求するならば妥当な金額であると思われたが、待ったをかけた人物がいた。


 他ならぬみのるさん本人である。


「堂本くんとそちらさん方は、ロードバイクの|事≪こっ≫でモメタっちゃろ。やったらロードバイクで決着ばつけんとじゃなかね?」

 

 何を言い出すのかと思えば、みのるさんが提示したのは、自転車野良レースの開催である。

 事前に決めておいたルートで勝負。

 平野達の誰かが勝てば慰謝料請求はしない(事件を起こしたことは事実で、停学は学校からの処罰なので据え置き)。  

 俺が勝ったら――


「どうする、堂本くん」


 みのるさんに尋ねられて、俺は答えた。

 

「平野たちは、今後俺に関わらないこと」


 それが俺が出した条件だった。


 



 †



 それから二週間が経って、今日だ。

 不正防止ということで、親たちはゴール前の駐車場で待っているし、中継よろしく後ろのバンで辻さんがカメラで撮影している。


 勝負の火蓋は切って落とされた――なんていえばカッコいいけど、状況はとても静かに始まった。

 というのも島原駅を出て百メートルちょっとの平坦、市役所前で右折してからが本番だとみんな分かっているからだ。

 先導車役の釜井さんが、背後に向かって左手の掌を見せる。ここは二段階右折なので、歩行者側信号が青にならなければ渡れないのだ。

 釜井さんの後ろには平野の赤いロードバイク。

 そして四人のママチャリ。

 それから少し離れて、俺。

 平野が俺の方を向いた。


「大層な自転車に乗っとぉけど、随分と後ろに居っとな、豚!」


 平野の取り巻きたちがゲラゲラ笑ったが俺は鼻で笑うだけで無視した。

 自転車は基本的に前方に進む乗り物だ。後ろに居る限り、奴らが俺にちょっかいを出すことはない。


 それに――


 俺は呟く。


 「ここからゴールまで三km、獲得標高百五十メートル、平坦も下りも一切なしの延々登りやっけど……大丈夫か、お前ら?」


 信号が青になり、平野が飛び出した。


「チギってやっけん、豚公!」


 |立ち漕ぎ≪ダンシング≫で加速し、見る見るうちに遠ざかる平野のバイク、その赤い反射板。

 それを追おうと俺が動くと、取り巻きたちが車道の横幅一杯に広がった。


「行かせるワケなかろうが」


 追い抜けずにやきもきとしていると、奴らは調子に乗って蛇行まで始めた。


「くそ、退けよお前ら!」


 なんて焦ったふりして叫んでみる。


「誰が退くか、ばーか!」


 げらげらと笑われる。

 だけどこいつら、忘れてないか?

 俺たちがやってるのは、正直褒められたことじゃない公道野良レース。

 普通に他の一般車が走ってるんだってこと。


 道を譲った辻さんたちが乗るバンをパスした自動車がパッパー! と強くクラクションを鳴らす。


「えっ!? うわぁ!!」


 車線の一番中央寄りを走っていた奴が、後ろから来た自動車のクラクションとパッシングに慌ててブレーキ。

 自動車が対向車線を越えながら俺たちの事を追い抜いていく。それに便乗して、俺も取り巻き連中をパスして前に出た。

 ファミリーマート前の信号は幸運にも青。

 そのまま直進しながらギアを()()変えていくーーつまり加速していく。


 エモンダの完成車重量、約八kg。保安用のベル、前後ライトを装備した実測値九.二kg。

 主要コンポーネントはSHIMANO 105で組んでいるが、ワイヤー類とチェーンはULTEGLAのものを使用している。ついでにタイヤとチューブ、こちらもレース用の軽量タイプと交換した。

 高校生が貯めていたお年玉と貯金の範囲で。でも可能な限りの軽量化を目指して組んだモデルだ。

 お前らはどうだ?

  

「なんで、あの豚……!」

「速か、追いつけん!」

「おい、待てって! 待てって、豚ァ!」


 背後から声がするがもちろん俺は待つつもりはない。

 ロードバイクの勝負に通学用の自転車でやってきたんだ。基本的な速度が違う。

 そりゃ通学用のシティサイクルが悪いとは言わないさ。

 でも、坂道登る勝負だぜ。軽いは速い、速いは正義。

 カゴを外すくらいはしてくるべきだろ。回生モーターのライトなんて論外だ。 

 

 だから俺がスタート直後に後ろに付けば平野を独り行かせるために、俺を妨害する動きになることは予想できたことだった。

 予想できる妨害なら対策する、当然の事だろう。

 レースのルートはあの話し合いの直後に知らされた。それからの二週間、俺はずっと備えてこの勝負に臨んできたぞ。

 

 アスリート並みに食生活を徹底して体重を落とし。

 毎日朝と晩に三本ずつこの坂道を登って、釜井さんやみのるさんに相手までしてもらって。

 

 お前たちはどうだ?

 知っている道だからってちゃんと事前に調査したか? 何回このルートを登ってみた?

 登りしかないコースだけど、部分部分で斜度が違う。

 釜井さんやみのるさんのような上級者なら一気に駆け上がる事ができるけど、俺には無理だ。

 だからどこかで緩急をつけて呼吸を整えなきゃならない。特にこの信号を渡ったセブンイレブンよりも先は緩急の緩が全くない。

 お前は釜井さんのように登っていけるのか? その準備をしているのか?

 

 呼吸を整えつつ速度を維持する。

 市役所前からおよそ一km。十メートルほど先に、二つの赤い光。

 先頭を譲ってのんびり走る釜井さんと、ずっとダンシングを続ける平野の後ろ姿だ。

 さぁ、取り巻きどもは越えてきたぞ。


「平野ォ!」


 叫ぶと、振り返りこちらを見る平野。

 その顔が状況を理解する。

 前を見て平野が踏み込みを強くする。


 勝負だ平野。

 お前が豚と蔑んだ男が、お前の事を追いかけているぞ。


 


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