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4-3. 浮かれていたから


 †

 

 



「……あん、たらっ……!」

 

 平野が腰かけているのが、みのるさんのバイクであることに気が付いた辻さんが前に出ようとするのを、俺は制した。

 

「――なんか用か?」

 

 その俺の態度に平野は少し、イラっとした様子を見せた。今までのように怯えたりしていないからだ。

 

「最近さぁ。堂本が遊んでくれんかったけん、さびしくてさぁ。やけんよ、夏休みンなったら遊びいこだいと思って誘いに来ったい」

 

 見ろよ、と平野が横から何かを引っ張り出した。

 赤い色のロードバイクだ。


「俺もよ、ロードバイクば買ったとさ。おめぇのおんぼろかとじゃなくて、もっと速か奴ばさ。せっかくやけん、どっか乗りに行こうや」

「堂本くん……」

 

 背後の辻さんが呟く。絶対に罠だ、ろくなことにならない。 


「ロングライドなら先約があっけん、――断る」


 俺がそう答えた瞬間、辺りに沈黙が広がった。

 当然だろう。奴らにとって俺は豚。奴隷。拒否拒絶なんてあってはならないからだ。


「あ゛あ゛? てめぇ、誰に向かってモノば言いよっとか!?」

「犯罪者にたい」


 俺は……。

 大きく息を吸って、一歩前に出た。膝が震えてる。背中にイヤな汗が流れている。

 それでも。


「誰が犯罪者ってよ? あ゛? 豚が偉か強気やったい、女ン前やけんか?」

「証拠があっとか、おうこらぁ゛!?」

 

 平野の後ろにいた奴らまで騒ぎ出すーーだが、俺は努めて冷静に言った。


 「監視カメラ。録画があるってよ、用務員の人が言いよった」

 

 その瞬間。

 平野たち全員が冷水をぶっかけられたように動きを止めた。

 この場でその言葉の意味がわからないのは辻さんだけだ。

 平野はこっちを睨んだまま。他の四人は互いに不安そうに視線を交わしあっている。

 

「半年も前の事ば、今更……!」

「平野。もう俺に関わんなよ。そうすれば俺も何もせんけん」

 

 くそっ。逃げたい。心臓がバクバク言ってる。

 でも視線だけは絶対に下げない。

 平野の後ろにいた一人が、「コーちゃん……」と声を掛けた。

 

「ーーチッ、豚も女ン前じゃあいっちょ前にカッコつくっとなぁ。知らんかったばい!」

 

 みのるさんのバイクに唾を吐くと、平野は自分のバイクを押して駐輪場の外に出ていった。それを追いかける取り巻きたち。

 奴らがいなくなると、俺は息を吐いて、へなへなと座り込んだ。弁当箱が手から離れてコンクリの地面にゴチンと落ちる音がする。

 その瞬間遠くに響いているだけだった蝉の鳴き声がまた戻ってきた気がした。


「す、すごかたい堂本くん!」

「こ、こ、こわかったぁーーはぁああ、は」

 

 全身の骨がグニャグニャになった気分だ。

 冷や汗、って言葉はものの喩じゃないらしい。今更になってぶるぶると震える手と背中はぐっしょりとイヤな汗が流れていて、本当に冷たい。

 辻さんが俺の背中を摩った。

 

「頑張ったじゃん、マジすごかって」

「ほんと……どうして、うわ、怖かった」

 

 どうしてあんな平野に、あんな事が言えたのだろう。

 そんな事を思っていると辻さんはにやにやと俺の顔を覗き込んできた。

 

「えっと、なんね?」

「ーーロングライド、先約?」

 

 自分を指さし、そう尋ねてくる。

 ……あ!


 「ふふん、どこ行こうか?」

 

 やっべ。

 俺はこの瞬間、金額未記入の小切手を束で悪魔に渡した事に気が付いた。

 にやにやと笑う悪魔は、大げさに両手を広げてくるりと回ると、俺を指さし宣言する。


「わたくし、夏は冒険の季節だと思うのです」

「ああ! お腹が! お腹が捻挫しとっけん! 美容整形外科でインフルエンザのワクチンば!」

「やはりーー横断?」

「どこを!?」

「あるいはーー縦断?」

「だからどこを!?」


 みのるさん! 助けてみのるさん!

 暴走してるよ、あなたの妹が!


「どこば縦断すると!?」

「そりゃもちろん……佐多岬ばスタートしてからさ」

「止めろバカ!!」

「あっ! バカっていう方がバカなんですぅ~!」

「言ってろバカ!」


 佐多岬ってあれだろ。

 鹿児島の、日本最南端だろ。


「宗谷岬の……ね?」

「『ね?』じゃねぇんだよ! 日本縦断する気かよ!」

 

 辻さんはきょとんとして、小首を傾げた。


「太陽は東から昇って西に沈みますよね?」

「そのレベルで実行を疑ってねぇのかよ!」

 

 俺が叫ぶと、


「うん」


 と辻さんは当然のように頷いた。

 

「さすがに今年の夏にすっとは言わんけどさ、」

 

 その目が語る。

 いつかやる。必ずやる、絶対にやってやる、と。

 そしてもう一つ、欠片も疑ってないことがある。

 辻さんが思い描くそのシーンが、俺にも見えてしまったから。

 

「……マジで? マジかよ……」

 

 俺は呆然と呟いた。

 

「秒で否定せんかったけん、どーもとくんのまけー。へへへ、いつ行こか」

 

 にまにまとした笑顔に、俺はもう何も言えなかった。

 まだ見たこともない宗谷岬に、俺と辻さんが並んで立つ姿を脳裏に描いてしまったから。

 

  

  

 

 †

 



 午後の授業はもう頭に入ってこなかった。

 それよりも夏休みにどこに行こうか、やっぱり島一リベンジを優先するべきか、何回ライドに行こうか。

 昼休みに辻さんと話した内容で頭がいっぱいだった。

 どんなトレーニングが必要か、とか。熱中症対策の話とか。

 

 だから、昼休みが終わっても平野たちが戻ってきていないこともどうでもよかった。

 浮かれていたから。

 浮かれてしまっていたから……。


 放課後。

 フレームが折れて、ホイールが歪んで、ディレイラーが曲がって、無残な姿になったみのるさんのLOOKを目の前にして、呆然と立ちすくむことになる。

 


 

 

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