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4-2. 動きを止めた俺を見て、


 †


 

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、途端に教室中に弛緩した空気が広がる。

 期末試験が終わり、もう幾つ寝ると夏休み。歌い出しそうな夏への期待感が学校全体に広がっている気がするーー例えば辻さんとか、特に。

 チャイムと殆ど同時に、俺のスマホがポンとメッセージの到着を知らせてきた。『駐輪場』の一言だけで、送り主が誰なのかわかるっていうのはどうなんだろう。

 もっとも俺にメッセージを送ってくるなんて両親か辻さんくらいの三択なので答えなんてわかり切っているのだけど。

 弁当を持って教室を出る。購買や食堂に向かう生徒たちの流れに逆らって歩いていると、階段で辻さんと合流できた。

 

「そぃで、どがんすっか」

 

 自販機で飲み物を買う辻さんが、不意にそう尋ねてきた。

 隣の自販機でチャリチャリと小銭を投入する俺は呆れて返す。


「いやせめて、4W1Hを明確のどれかば明らかにしてくれんね?」


 ちらり、と辻さんと目が合った。悪戯っぽく笑みを称えた顔の辻さん、その手がするりと伸びてーー


「おいバカ止めろ! お汁粉ば狙うなって!」

 

 辻さんが自販機のボタンをふざけて押そうとするーーいやなんでホットのお汁粉なんて置いてんだこのクソベンダー、夏だぞ!?

 とっさに伸ばした俺の手が辻さんの指を遮る。

 だがその程度で彼女が諦めるはずもない。くるりとスカートを翻しながら反転する辻さんの狙いはホットのココア。

 させんて!

 必死の攻防戦。辻さんの手刀を払うと同時にフェイントを入れて、肘で目的のボタンを押すことに成功! やったぜ!

 っていうかなんでこの自販機、謎にホットドリンクが充実してんの? このクソ暑い中、熱いコーンポタージュなんて誰が飲むんだ? 

 

「でも、わかるやろ?」

 

 にやにやと辻さんが笑ってる。

 その笑みの理由が、無事に購入できたのがゼロコーラだからなのか、穴だらけな質問だというのにその意図を俺がちゃんと汲めているという事に対してか。

 まあその両方だろう。

 

「夏休みにどこライド行こってことやろ」

「正 ☆ 解」

「正解、じゃないんだよなぁ……」

 

 わかりやすすぎる。

 廊下を歩きながら、辻さんが語った。


「昨日一晩考えてからさ。なんで私たち(うったぃ)がDNFYってなったか分かったとさ」

「その心は?」


 準備不足と経験不足と計画不足だろ。

「覚悟……やね」

 

 まさかの根性論ときた。

 ミンミンゼミの鳴き声が俺たちの間に落ちてくる。

 遠い目をするな。なんか良い事言ってるみたいな雰囲気を出すな。


「そもそも島原ば一周するっつうとが良ぉなかったったさ」

「そがんかね?」


 島原半島を一周して約百km。

 色々な人の動画やブログを観たり調べたりする限り、俺たちのような素人がとりあえずの目標にするには丁度良い距離だ(、と思いつつある事自体、俺も大概汚染されつつある証のようでちょっと、その……嬉しい)。


 「何だかんだでさ地元やん。知っとる場所やん。あー、分かって。知っとぅトコでもロードで走るッとはまた違った印象になっけん、新鮮かばってんがさ。そいばってんやっぱ島原やっけんがさ」

 

 小浜だろうと愛野だろうと結局同じ島原半島だ。自転車で行くのが初めてなだけで、家族ドライブなんかで行ったことがある場所には違いない。だからどこか油断してしまう、と言いたいらしい。

 ではその油断を生じさせないためにはどうするべきか。


「つまり島原ば(はな)るって?」

「ん~、そいも考えたとやけど。……戻ってくるっとは、どがんね?」

「ほう、くわしく」


 辻さんが考えているのは、電車か何かで遠くの街に行き、そこを軽く観光した後島原まで戻ってくる……という計画だった。

 以前――たしかDNFYの時だったか、みのるさんが『輪行』というものについて教えてくれた。

 ある程度分解したロードバイクを専用の輪行袋に入れて、電車に持ち込み長距離移動すること。

 元々は競輪選手が地方の競輪場に移動するために用いられる手段だったものが、電車に自転車を持ち込むための手段として確立したものだ。

 ちなみに競輪で使用される自転車は『ピストバイク』。ブレーキが無くてペダルとチェーンが固定されていて空転しない構造になっている。減速するためには逆方向にペダルを踏むしかないという、競技用自転車の中でも更に特殊なものだ。んで、ブレーキが無いという構造上公道を走ってはならない。そのため長距離移動には輪行が必須だったのである。

 最近では自転車をそのまま電車に持ちこむ事ができるサイクルトレインなんてものもあるらしいが……。

 閑話休題。

 とにかくロードバイクは条件を満たせば、電車に持ちこむことができるのだ。

 

「バスやと予約だったり確認したりせんばとやけど……とにかく! 行ってしまえばもう、帰ってくるしかなかけんさ」

「そぃで否も応もなしに、覚悟ば決めんばいかん状況に身を置くって?」

 

 もしかして : 脳筋 

 一晩考えて出てきた結論がゴリゴリの力技なんだよなぁ……。


 「んで?」

 

 と俺は尋ねる。

 

「どこ行くか候補くらいは決めとるっとやろ?」

「佐賀の祐徳稲荷神社とか」

 

 県外!

 

「みのるさん基準で却下です」

 

 絶対みのるさん、ダメって言うだろ。

 

「えーっ!? 兄ちゃん基準やと考えてきたの、全部却下やん!」

「全部? じゃあ他はどがんとよ」

「フェリーで熊本に渡ってからさ。天草行って、口之津に戻って来って……」

 

 県! 外!!


 「そぃも絶対却下やろも……」

 

 そんな会話をしながら渡り廊下を出て、駐輪場へと入る。屋外に出た途端、重たい湿気を伴う熱が俺たちの身体を包んでくる。


「じゃあ堂本くんはどがんとが良かと?」

「やっぱり、先ずは島原一周ばちゃんと終わら……」

「堂本君?」

 

 動きを止めた俺を見て、辻さんが俺の視線の先を見る。


「よぉ、豚」


 ニヤニヤと笑う、平野たちがいた。

 みのるさんのLOOKに寄りかかるようにして。

 

 

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