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2-7. やがてそれらをひっくるめて



  †


 国道251号線を南に向かって進む。

 長崎県はどこも海と山の狭間みたいな場所だらけだけど、この国道251線はずっと島原半島の外縁部を通る道路だ。左手に海を、右手に田畑――遠くには普賢岳を見ながら走る。


「あれ、堂本くん知っとる?」


 前を走る辻さんが右手側を指さした。一直線に伸びる細い通路のようなものが、雑草や木々に埋もれている。一部は隣接する民家の植木鉢が置かれていたり。


「島鉄の廃線跡やろ。僕らが生まれる前に無くなったっていう」


 島原鉄道――通称、島鉄。

 諫早市から島原市までを繋ぐ地方私鉄だ。

 島原半島は、島原市以北を北目、以南を南目と大まかに呼ぶのだが、かつては加津佐まで伸びていた島鉄の南目線も、南島原駅より先は廃止となってしまってその跡地が残るばかり。僕らの世代には南目線は幻とか伝説の類だ。

 田舎社会は車社会。自動車が無いとどこにも行けないっていうのは本当だ。バスも走っていないような山奥で生活するなら、自動車の複数台所有は当たり前のことなのだ。島原でも、全国どこでもそれは変わらず、地方鉄道の衰退を招いた。

 過疎化も進む島原のような田舎だと公共交通機関の利用者減はずっと問題になっていて、南目の廃線はその赤字が問題になっていたのだと聞いている。


「うちの兄ちゃんがさぁ、あの跡地をサイクリングロードにすりゃいいのにって要望書出したらしいんやけどさぁ。採用されなかったってしばらく残念がってたんよねー」

「へえ、面白かね、それ。なんで採用されんかったんやろ」


 自転車で道路を走る時の問題点は何といっても自動車との並走が危険ってところだ。

 サイクリングロードとして整備されるならその危険な状態が解消される。自転車にとっても、自動車にとっても良いことだ。


「整備と維持のお金とかもあるし、踏切をどう扱うかもあるし、しゃんなかね」


 辻さんが肩を竦めてみせた。

 子どもの頃にはわからなかったけど、今なら少しは理解できる。なにをするにしても、お金がかかるっていうこと。

 線路跡をサイクリングロード化するのであれば、公共事業となるだろう。当然百万や二百万では足りない予算が必要になる。

 整備費用に維持費用。その費用対効果。市民サービスとしての優先順位。市境を越えて続くのであれば管理責任はどこが担当する? 該当の市か? それとも長崎県か? そもそも線路跡の地権は誰が所有しているのか? 島鉄が所有しているなら、長崎県が買い取るのか? 

 ちょっと考えただけでもお金に纏わる問題がボロボロ出てくる。

 それらを全部解決できるお金があれば、そもそも廃線になんてしなくて済んだのだろうし。

 祖母がいつだったか、南目線廃止になったことを凄く寂しそうに話していたっけ。それこそ自動車社会化が進む前の戦前戦後の時期、島鉄こそ島原半島の人と物の流れの要であり、多くの人々が利用していた――祖母も家族旅行で島鉄で、加津佐へと海水浴に行ったのだと。

 そういう時代が確かにあって、雑草に埋もれているのはその時代の跡地なのだ。

 そう言った思い出の鉄道が無くなったのは悲しいのかと尋ねると、祖母は、


「寂しか」


 とだけ答えたんだっけ。


「どがんしたと」

「……なんでもなかよ」


 辻さんに訊かれて、僕はそう答えた。

 細かいアップダウンを繰り返し、南島原市を進む。

 南島原市有家では国道沿いの市役所に、ふんどし姿の男の像が鎮座してる。みそ五郎という、地元の人に愛される巨人だ。

 なんでも名前の通りに味噌が大好きで、朝起きると普賢岳に腰かけて不知火海で顔を洗うほどの巨人なのだとか。人々の畑仕事を手伝い山を拓いたり嵐に流されないよう漁船を一気に五隻も陸に引き上げたりする、力持ちで人の良い大男なのである。


「堂本くん、あっち見てみ」


 市役所の横で信号待ちしていると、にやにやする辻さんがそのみそ五郎どんの像を指した。

 何かと思ってそちらを見ると、


「……げ」


 ちょうど僕らの位置から、座るみそ五郎どんの股間が覗き見えた。赤褌とはまたセクシーな……セクシーか?


「キャー堂本くんのエッチー覗き魔ー」

「見えても全く嬉しくなかって!」

「きゃーっ」


 ちょうど青に変わった信号に、辻さんが走り出す。

 僕も笑いながらそれを追いかける――信号の向こうは小さな登りと下りがあって、ちょっとした追いかけっこを僕たちは楽しんだ。

 そこからさらに国道を進むと島原天草の乱で有名な原城の辺りへと出てくる。

 島原が全国に知られる理由、その最たるものだろう。歴史好きにはたまらないかも知れないけど、びっくりするくらい何もない場所だ。


「ちょっと寄ってみぅばい」


 辻さんがそういうので、僕たちは国道から左折して史跡原城跡地へと入って行った。


「ここで歴史的な出来事が起きたとか信じられん」

「ね」


 なんなら原城跡周辺には民家や畑まで広がってる。

 畑を縫うようにうねり、曲がり、登る道。畑自体にも不自然な段差があって、かつてはそれが石垣や曲輪であったのだろうということがわかる。

 案内の看板によると、ここら一帯で幕府軍十二万人と一揆軍の三万人がぶつかって、凄惨な殺し合いが行われたらしい。僕たちがいるのは二の丸のあたりで、小高い丘になっている曲がりくねる細い道の先にある広場の辺りが本丸だったそう曲輪

 不自然な畑の段差は、そこに櫓が建っていたからだろうか。曲がりくねったり変に坂になっているのは敵の侵入に備えて。侵入を滞らせて、塀や櫓から矢と鉄砲で攻撃するための罠。

 だけどそれを知らなければ、ここはただの長閑な段々畑にしかみえない。


「古戦場って言っても、四百年とか昔のことやっけんね」

「宮本武蔵も幕府側で参加したとよね。ここらへんで戦ったりしたとやろか?」

「かもね」


 海側の方では今でも発掘調査を行っているから、そこからなら何か出土するのかもしれない。


「この辺の地名は有馬っていうやん」

「うん、それが?」

「戦国大名で、有馬氏っておったとさ。そいが地名の由来たい」

「へぇ~!!」


 辻さんの感心した声に気をよくした僕は続ける。

 元々原城は現在の長崎市辺りまで支配していた有馬氏の居城だったが、江戸時代になり有馬氏は失脚。次に大名となった松倉氏によって島原城が建てられ、一国一城令によって原城は廃城となったのだ。

 で、その松倉重政とその息子である勝家が無茶苦茶な圧政を敷き、干ばつを機に領民が暴発。似たような状況だった天草の人々と協働して乱を起こし、原の廃城に立て籠った。

 元々有馬氏が宣教師を保護し海外貿易に力を入れていて、その関係で南目ーーつまり島原半島の南側と天草諸島の領民には元切支丹が多かった。だから天草四郎を担ぎ上げて切支丹の国を造ろうとしたのだ――というのが島原天草の乱、その大まかな流れとなる。

 案内板を眺めながらそんなことを説明すると、辻さんが「へぇー!!」と感心してくれた。

 聞き上手な人がいると、語りたくなるのはオタクの性だよなぁ。


「詳しかね? 日本史取ってたっけ」

「いや世界史。ちょっと興味あって調べたとさ。ネットでかじった程度やけん自慢にならんけど……ほら、地元の歴史やけんさ」


 いや、地元の歴史だから興味があったってのは嘘じゃないよ。嘘じゃないけどさ。

 ゲームに出てきた天草四郎が女性化してて、清楚な見た目が好みだったからバックグラウンドを調べたとか言えない。


「で、幕府が、切支丹が再集合ばせんごと原城は徹底的に壊したとって。今俺らが腰かけているのも、そこらに転がっている岩も石垣に使われとった奴なんやと」

「へぇ~へぇ~」


 ドリンクを飲みながら某番組の真似をする辻さん。

 『夏草や兵どもが夢の跡』――は芭蕉が奥州で詠んだ有名な俳句だけど、玉ねぎ畑に埋もれたここもまた、弾圧を逃れ神の国を目指した切支丹が夢の跡だ。

 石垣の岩の一つに腰かけて、僕もドリンクを飲んだ。

 畑と民家へと変わった切支丹の夢の跡。

 平成の大噴火も道路が通り、新たに住宅街となって道の駅もある土石流跡。

 かつては島原半島の経済と流通を支えたものの今は雑草と生活の一部に飲み込まれた廃線跡。

 あのみそ五郎の伝説も、大本となる村の力自慢の誰かがいたのかもしれない。

 色んな跡地に降り積もっていく時間があって、記憶も記録もあやふやになり、わずかに時折、化石のようなものが残る。やがてそれらをひっくるめて僕たちは歴史と呼ぶんだろう。


「そろそろ行こか」

「うん」


 空になったボトルを弄びながら辻さんが言う。

 蒸し暑い空気――だけどどこか夏のむせかえるような感じが無いのは、普賢岳に厚い雲がかかっているせいだからだろうか。


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