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0. 前へと進め。



 それはまるで枷のように、俺の足とペダルを固定する。

 食いしばる歯の隙間から喘ぐように息を吐く――吸う。

 時折吹く風には山間特有の冷気が混じり、それが唯一の福音のようにすら思える。

 眼前には黒いアスファルト。

 剥げかけた白い制限速度の数字。

 やっとの思いで急カーブを過ぎた先には、更なる坂道が聳え立つ。

 まるで壁のように。

「けーすけッ! 大ッ! 丈ッ! 夫ッ!?」

「なん……とかッ!」

 ぜいぜいと喘ぐ隙間で何とか返事を返す。

 辻さんの乗るロードバイクは僕より数メートル先を進んでいた。

 俺も彼女もとっくに立漕ぎ。

 前も後ろも最も軽いギアに変えていて、これ以上の救いは無い。

 肺は悲鳴を上げ、両脚は脹脛も太腿も満遍なく全ての筋肉が限界ギリギリ。なんでまだ足を攣っていないのかいっそ不思議なくらいだ。

「もうちょっとで半分ッ。俵石の展望台――ッ!」

「わかったーッッ!」

 雲仙普賢岳。

 長崎県は島原半島の中央に位置する急峻。

 俺と辻さんはその山頂を目指す道路を、ロードバイクで走っていた。

 枷のように足をペダルと固定するビンディングシューズに、ゆっくりと、しかしリズムよく体重を掛ける――反対側の足を抜き持ち上げる。

 一歩一歩。

 一漕ぎひと漕ぎ。

 それ以外に方法はない。

 いっそ枷のように思えるビンディングシューズも、わざわざ自転車で山を登っているのも、どちらも自分が望んだこと。

 進むしかない。

 前に進むしかない。

 苦しくて辛くていっそ一番簡単な道を選びたくなる。Uターンして、下ってしまえばいい。それでラクになれる。

 他の誰に強制されたことじゃない。義務でもない。義理もない。

 自分がやりたくてやっていることだ。止めたいならばいつでもご自由にどうぞ。

 でも――実に救いの無いことに、俺はもう、この先にあるものが欲しいのだ。この先にしか無いものが欲しくて欲しくてたまらないのだ。

 先行する辻さんが、歓声を上げたのが聞こえる。

 もう少し――


 前へ。

 前へと進め。


 不思議と笑みが浮かんでくる。

 脳裏に浮かぶのは、この三か月ほどの間のめまぐるしい出来事の数々。

 切っ掛けは、そう。

 校舎裏で蹴り飛ばされたことから始まる。




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