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現代ダンジョンマイナーズ!

作者: 相竹 空区

バンダナコミック01への応募作品です。


 それは荒野に聳える異形の都市だ

 かつての名前は忘れられ、今ではクレーターシティと呼ばれている

 理由は一目瞭然、すり鉢状の構造から来ている事が分かるだろう

 では何故そんな特異な形状をしているのか、といえば……都市の中心にダンジョンが発生した事が原因だ


 ダンジョンと化し周囲を呑み込みながら本来の20倍まで拡大を続けているカオスの権化となったこの都市に、しかし探索者(ダンジョンマイナー)達はこぞって集まる

 超常現象を起こす器物が見つかる空間異常現象は、ゴールドラッシュならぬダンジョンラッシュとなりダンジョン探索用人型重機マイナーローダー(ML)で大勢の探索者がクレーターシティへと乗り付けた


 狙うは一攫千金

 ダンジョンの最深部に眠る最大の器物、ダンジョンコアを目指して



 人気のない路地の片隅

 かつては何らかの意味があったのであろう構造物も、度重なるダンジョンの自己拡張によって見る影もなく歪んでいる

 コピー&ペースト、拡大と縮小で無理にバリエーションを作り出した街並みには構造的に破綻しているのではないかと思うような建造物が多く見られ……とはいえそのような街並みであるからこそ、都合が良い場合もある

 例えばそう、カーボンブラックの装甲指揮車──巨大なトレーラーを隠すのに丁度良いなど


「ここでいいわね。総員作戦準備」


 車両にはE&M社のロゴがペイントされ、その若社長である金髪を纏めた女性が運転席からハキハキと指示を出している

 

「総員って言っても社長以外は2人だけ……」

「お黙り。こういうのは形式が重要なの!」


 運転席に程近く、社長が檄を飛ばすのは通信士席

 オーバーサイズのパーカーとARゴーグルを付けた少女へ向けてだ

 じっとりと陰気な雰囲気を醸し出す彼女は長い髪を雑に流し、猫背で端末へと向かっている

 この端末、そしてそれ以外にも数多存在する機器が通信の他、この車両へ集めた各種情報を処理するE&Mの頭脳となる場所

 それを彼女はたった1人で捌いていた


「メイ!状況報告!」


 卓越した技能、そして後ろ向きな姿勢

 それが彼女──メイのスタイル

 AR上に展開した情報を素早く確認してサムズアップをひとつ


「周囲に敵反応無し。展開したドローンとの接続OK……あと私のポテトが尽きた」

「ポテトは仕事が終わってから!光学迷彩を展開して」

「りょ」

「返事はハッキリしなさい!」

「りょッ!」


 メイが端末を幾つか操作する事で、車両内に一時低音が響く

 骨の髄を揺らすようなその音は次第に大きくなって、すぐに消えてしまった


「器物の状態は?」

「安定してるよ」

「ならよし」


 車内においては音が鳴った程度

 しかし車外でそれを見ていたならば変化は一目瞭然

 なにせ巨大な車両が姿を消しているのだ

 これこそが光学迷彩

 特異な現象を起こす器物の力だ

 

「アイリ!そっちの状況は!」


 無線機に向けて放った言葉に応える者はない

 ただ無機質にノイズを吐き出すだけ

 辛抱強さに負の定評のある社長が無線機をバンバンと叩き出すと、ようやく応答があった


「エリナー?バンバン叩かれるとうるさいんだけど?」

「アンタがさっさと応えないからでしょうが!」

「ごめん。半分寝てた」

「心配するからしっかりして!」


 社長エリナ、通信士メイ、そして操縦士のアイリ

 これがE&Mの総勢3名のメンバー

 メイが情報を集め、エリナが指示を出し、そしてアイリが実行に移す

 指揮車両に居ないアイリは常に2人からのバックアップを受けて仕事をこなす

 そう、この指揮車両から離れた場所……似たような街並みを進んだ先にアイリは居る

 無機質な風景にひとつの緑

 コンテナを背負ったペールグリーンの人型──角張ったボディ、両腕に4つ指のクローアームを備えてアサルトライフルを携える──が8車線道路を滑走していた

 10m程の巨体にも関わらず、軽快に疾走する様はそれだけで性能の高さを如実に表す

 その内部で、彼女は操縦桿を握っていた

 身に纏うジャンプスーツにはE&Mの刺繍が施された会社支給品

 利発な瞳は気怠さを滲ませながらモニターを眺める

 

「てかホントにこの道であってんの?」

「あってる!」

「マジのマジ?」

「あってるったらあってるの!」

「ふへへ……情報によるとこの先に反応がある。航空写真見るの結構楽しい」


 メイが眺めるのは観測データ

 今朝取られたばかりのそれは、クレーターシティを上空から撮影したもの

 特殊な機材を用いたデータは、撮影した画像にもう一つのデータを重ねて視覚的に分かりやすく表示している

 それは半透明の赤で表示された円形範囲、ダンジョン内に存在する()()の反応だ


「高い金払って覗き屋から買ったんだから合ってなくちゃ困るっての……!」

「でもそんな気配微塵もないんだけど」

「えっと……もう少し進めば範囲に入るはず。反応は相当狭い範囲に集中してるから」


 アイリの現在位置と画像を見比べて、メイはドローンを操作しMLを追い抜き先行する

 距離が離れてゆくにつれて通信状況は悪くなるものだが、それ以外の要素が送られてくる映像を乱している事に気が付いた


「通信の乱れ?でも音声は問題ないって事はこれ……ミーム系かな?アイリちゃん外に出ちゃダメだからね?」

「ウチの事バカだと思ってる!?」

「アンタ暑がりだがら換気すんじゃないかって気が気じゃないわよ」


 言葉の通り、ちょうどアイリはコクピットのエアコンを少し強くしていた

 カチカチとパネルを操作してコクピットは快適な温度に

 そしてビープ音


「ホントに入った!」

「そりゃそうでしょうね」

「うーん。ノイズ混じりの映像きになる……回線切り替えるね」


 MLは変わらず道路を滑走し、しかし周囲に変化はない

 ただ各種機器は間違いなく異常の影響範囲内に侵入した事を音と表示にて知らせていた


「んじゃ、このまま反応の強いポイントに向かう」

「気を付けなさい。異常ある所に──」

ダンジョンの虚影(ホロウ)あり」

「レーダーに反応。早速来た……ふへへ、バイオレンスが見られる」


 メイの報告通り、アイリもコクピット内にてレーダーが敵接近の警告を出している事を認めてそちらへ機体を向ける

 自機を中心とした円形範囲には赤い光点が3つ、徐々に中心へ近づいていた


「さぁて仕事の時間よ!気合い入れなさい!」

「了解!ブチ上げて行くよ!マグナムドレッジャー、エンゲージ!」

 

 アイリの意気に応じてペールグリーンのML──マグナムドレッジャーも唸りを上げる

 ML用高出力モーターが回転数を上昇、ローラーダッシュのスピードを上げ油断なくアサルトライフルを構えて睨むのはアイリが進む大通りの支道

 そこから4つ脚の巨大な……しいて言うならば獣の形態をした怪物が現れる


「ホロウ確認!狼型(ストーカー)だ!」

「ならサッサと倒して!ヤツらのペースに持ち込まれると厄介よ!」

「他の敵影は無し。思う存分やっちゃえ……!」


 銃口の先には狼をベースに形を酷く歪めた異形ども

 迷宮内に発生する現象、それがホロウだ。

 

「どうせ当たんないんだろうけどッ」


 アイリが操縦桿のトリガーを引くと、MLの構えるアサルトライフルは鉛玉を吐き出し始める

 音速を超えて飛翔するそれはストーカーの頭部へ向かい……しかし跳躍にて避けられた

 だがそれでも構わないとアイリは立て続けに銃撃を浴びせかけストーカーは全てを回避する


「んじゃ行きますかぁ!」


 そうして十分にストーカーの隊列を乱したアイリはペダルを踏み込み近くの1体へ向けて甲高いモーター音と共に肉薄


「ちょっ機体に傷付けないでよね!?」

「そんなヘマしねぇっての!」


 リズミカルなアサルトライフルの点射、しかし再び跳躍により回避──で飛び上がった無防備な横っ腹に向けてマグナムドレッジャーの左のクローアームが振り抜かれる


「ブッ飛べ!」


 高トルクの腕部モーターが齎す膂力は凄まじい

 ストーカーの体をスパイクの要領で弾き出し、後続の別個体へと叩き込む程

 絡み合った2体は電子音のような悲鳴を上げて、砂埃と共に道路を転がる

 そして無慈悲な射撃が2体を纏めて貫いて、ただ虚影となって消えてゆく


「2体撃破!残敵1……近接戦は生々しくてイイ……」

「ならリクエストに応えて白刃戦で!」

「頼むから機体壊さないでよね!?」


 エレナの悲鳴じみた言葉はMLの高い整備および修理費故の事


「気にすんなって!被弾しなきゃいいんだからさぁ!」


 右腕のみでアサルトライフルを構えて左腕は背部……そこに懸架されたハチェットを引き出し構える

 仲間を一気にやられたストーカーは脚の間隔を広く取り、警戒の姿勢──否、砲撃準備


「ストーカーから高エネルギー反応!」

「ッ!避けて!」


 ストーカーは吠えるように口を開き、音速で飛翔する不可視の砲弾を放つ

 音波衝撃砲

 けたたましい音と共にアスファルトが捲れ上がり、破壊が撒き散らかされる


「──ッッ!!うるせぇ!」


 ストーカーに影がかかる

 それは上方、跳躍にて衝撃砲を回避したマグナムドレッジャーが落とすもの

 振り上げたハチェットは重力と共にストーカーの頸へ──落とされた


「敵反応消失。もっと見たかったね」

「アタシは毎回ヒヤヒヤが止まんないわよ……」


 指揮車両ではホッと一息

 コクピットではアイリが額に浮かんだ汗を拭う


「メイ、他の反応は?」

「クリア」

「んじゃ中心部に行きますか」

「一応注意してね。無事に帰るまでがダンジョン探索なんだから」


 アイリは気怠げな返事を返してマップに記された赤い円の中心へ向けてタイヤを回す

 その間周囲を見回して、各々が注意を払って進み……いよいよ目的地へと辿り着いた


「目標座標に到達……ふへへ、お宝」

「交差点……嫌な場所ね。見通しが良過ぎるわ」

「なら手早く回収して離脱する」


 機体を進めて交差点へと侵入する

 正面も左右も全く同じ光景が広がって、まるで鏡写しのよう

 この辺りは同じ構成の街並みを繰り返している為にそうなっているのだが、その不気味さ故に思わずペダルの踏み込みを浅くして異変の中心へと近づいた


「コレはなんもない、んじゃなくて光が歪んでる?」

「つまり光学迷彩の器物!メッチャ高く売れるじゃない!」

「それにしては反応が妙……まあアームを入れてみたら分かるよ」


 メイの言葉に従って、アイリはMLのクローアームを伸ばす

 異変の中心と思われるそのポイントは交差点の中心部

 しかしそこには何もないように見受けられる

 そんな場所へと伸ばされた鋼の爪は……消失した


「破損警告は出てないから繋がってはいるけど……」

「チャチャっと回収しちゃって!キャー!大金持ちー!」

「光学迷彩なら境界で像が歪むはず……そこで起きてるのは空間歪曲?」


 それぞれが思い思いの言葉を口にして、しかし何を引き当てるのかと胸を踊らせる

 アイリはクローを展開し目当ての物を不可視の空間よりソレを取り出した


「うっわ……マジか」

「レア物だねぇ」


 モニターに映るのは黒い板

 外見においてはただそれだけ

 だがこの板切れがどのような物であるか、探索者なら皆知っていた


「──モノリス」

「回収していいのか?これメッチャ危険って聞いたけど」

「危険ってはそれだけ価値があるって事でしょ!いやまあ確かに触れると正気を失ってホロウに呑まれるケド……」

「でも運良く適合したら適合者(スキルホルダー)になれるガチャ要素アリ……!」

「なったらなったで迷宮管理機構に追われる羽目になるっての!絶対触んないでよ!?」

「とりま回収すんね」


 クローアームが器用にモノリスを保持し、そのまま背部のコンテナへと収容する

 このような器物を回収し、持ち帰って金に変えるまでが探索者の仕事の流れ

 あとは無事に帰るだけが彼女らの仕事だ


「よし……今日はこれで満足しときましょ。メイ!帰還ルート出して!」

「あいさー」


 指揮車両のモニターとマグナムドレッジャーのコクピット内にガイドが表示され、あとはその通りに移動するだけ

 簡単な作業にアイリはあくびを堪えきれず、シートへ深く腰掛け機体を走らせる


「モノリスは小さなダンジョンみたいなもの……圧縮された情報が周囲へ影響を及ぼしていたんだね」

「ドローンの接続が不安定だった話の事?それならまあ器物による回線へ切り替えれば安定するって話よね」





 指揮車両で他愛のない会話をしている間にもアイリは街を進む

 順路を行き、周囲の景色が荒れ果てた廃墟のものへと変わった時に、ある異変に気が付いた


「ちょい。マズったかも」

「んー?アンタまたなんかやらかしたワケ?」

「いや……お客サマのお出ましだ」


 脚を止め、アイリはカメラを熱探知に切り替えて周囲を伺う

 すると……


「おおっとぉ……気が付いてんな?」


 唐突に男の声が廃墟の街に響く

 それと共にマグナムドレッジャーを囲むように7機のMLが現れ銃口が向けられた

 7機は皆同じ砂色ペイントを施した一体感のある構成

 しかしそのシルエットはまるで異なり、パッチワークじみた歪な構成となっている


漁り屋(スカベンジャー)……」

「分かってんなら話が早え。荷物置いてけば命は持って帰ってもいいぜ」


 スピーカー越しに下卑た声を響かせて、脅しかけるのが彼らの手口

 探索者の戦利品を奪って稼ぐ、それこそが漁り屋(スカベンジャー)


「ど、どうするの……?敵は見えてるので全部だけど……」

「ふん、そんなの決まってる。アイリ!スピーカーに繋いで!」

「あいよボス」


 アイリが指揮車両からの通信をマグナムドレッジャーの外部スピーカーに繋ぐや否や、エリナの息を吸う音が周囲へ響く


「アタシらに喧嘩売ろうっての!?ブチかましちゃって!!」

「ガッチャ!」

「いけいけー!」


 アイリの五指が別の生き物のようにボタンを弾き、マグナムドレッジャーは操縦者の意のままに動き出す

 右手をアサルトライフルから離して腰──丁度そこへとコンテナから迫り出したサブアームへ向かう

 サブアームにはML用拳銃、リボルカノン


「まずは1──ッ!」


 クローが器用に撃鉄を起こし腰だめで1発

 バレルを走る磁場が弾丸を加速させ銃口からは炎と共に雷豪が放たれる

 早撃ちで放った超加速された弾丸だ

 標的となったMLは警告すら発せずに胴体に赤熱する風穴を開けた


「じゃあなマヌケ共!」

「あのアマッ!」


 そして脱兎の如く

 間隙を突いてアイリはペダルを踏み込み逃げ出した

 素早く遮蔽へ飛び込み離脱ポイントへ


「オッケー!メイ!アイリのサポートよろしく!アタシらも離脱するわよ!」

「ふひひ……人間相手のバイオレンス、ワクワクする」


 装甲指揮車両も光学迷彩を解き目指すはダンジョンの領域の境界線


「アイリちゃん、敵はあと6……どうするの?」

「ウチに任しとけって!」


 疾走するマグナムドレッジャーの背後にはなにやら喚き散らしているMLが追走している

 それぞれ火器を雑に撃ちまくり、しかしアイリは狙いを絞らせないように蛇行して回避する


「境界までの距離!」

「残り3キロ……!」

「それまでに片付ける!」


 アイリは操縦桿をグルリと回し機体も反転

 振り向きざまに1発放ち、轟音と共に見事に風穴がひとつ増えた


「我ながらナイスショット!」

「残敵5!」


 疾走する1機と5機は市街地を抜け荒野へと突入する

 乾燥した大地はローラーを走らせると舞い上がる砂埃が酷く、狙いを定めるには不利な状況だが


「残り!」

「1.5キロ!」

「なら一気にカタを付けてやんよ!」


 アイリは再び機体を反転──しかし


「散開しろ!」


 リーダー格の指示により、敵は間隔を開けて蛇行を始めた

 が、アイリは不敵に笑う


「動きが単調なんだっての!」


 立て続けに3発

 弾丸が紫電を放ちながらMLを貫き、あっという間にスクラップが3つ出来上がり


「チッ!だが先に境界を越えるのはテメェだぜ!」


 リーダー格の男が吠える

 そしてそれが負け犬の遠吠えなどではない事をアイリは理解して顔を強張らせた


「メイ!残り!」

「150メートル……!」

「ちょっとアイリ!迷宮境界線を越えたら器物は非活性状態に移行する……アンタのMLは機能を停止するってコトだかんね!?」

「分かってっから運転しとけっ!」


 コクピット内に表示される地図上には線が引かれている

 そこが戦闘を行える限界、この場においては文字通りのデッドライン


「あと100……!」


 メイの悲鳴じみたオペーレションを聞きながら、アイリは周囲を見回して……何もない事を確認した

 何もないから良いのだと


「クロー展開、行けぇ!」


 アイリがトリガーを引くと、マグナムドレッジャーの左腕が射出される

 ワイヤーで本体と繋がった左腕はただ地面にめり込んで、しっかりと爪を立てた


「残り10!」

「いける、いけるって……!」

「境界線を越えたっ!マグナムドレッジャー主機停止、バッテリー駆動に切り替え……」


 コクピットには変わらず光がある

 だが機体状況の表示は動力喪失を示して赤く光っていた

 ローラーを除いて

 

 瞬間、ワイヤーが展張しコクピットに横向きのGが掛かる


「キタ!」


 地面に打ち込まれたクローを起点にマグナムドレッジャーが円を描いて迷宮へと逆戻り

 それを残った2機の操縦者は唖然と見つめてトリガーに力を……

 

「マグナムドレッジャー主機復帰!」

「ラストショットだ!」


 引き切る前にアイリが撃った

 荒野を走る一閃は2機のMLを撃ち抜いて、あとに残るのはペールグリーンのただ1機


「2人ともお疲れさま。剥ぎ取れるもん剥ぎ取って帰るわよ!」

「これじゃどっちが漁り屋(スカベンジャー)が分からないって……」



 クレーターシティの外縁には探索を支援する為の都市がある

 迷宮に関わる一切を司る迷宮管理機構のお膝元であるここには超常の品の売買を許可された店が並ぶ為、登録された店でのクリーンな取引を今日も行おうと、エリナは指揮車両にマグナムドレッジャーを格納し馴染みの店へとやって来てガレージにてブツを降ろしたのだが


「これはマズったかしら?」

「マズった以外になんかある?」

「ま、まさか迷宮管理機構に目を付けられるなんて……終わりだぁ……」


 E&Mが持ち込んだモノリスを見て、馴染みといえども店主は規則に従い管理機構へと報告をした

 通報ではなく報告

 ただそれだけで何人もの武装した兵士がモノリス確保の為に集まって、空気を張り詰めるに至ったのだ


「安定化容器、準備完了!」

「よし!慎重に運べ!」


 しかし警戒はエリナらE&Mではなくモノリスへと向けられている

 実際3人の周囲に居るのは武装した兵士ではなくスーツを着た社員だ


「さてミス・エリナ。モノリスの危険性はご存じですか?」

「高密度情報体。触れれば現実を改変する力を得るか死ぬ」

「肝心なところが抜けていますね。モノリスから得た力は迷宮外でも扱える、と」

「だから研究機関に高く売れるって思ったんだけど」

「モノリスに関しては我々が厳格な調査を行った後に適切な売却先をお探ししますよ。ルールには定められた理由があるのですから」


 ニコニコと敵意がない事をわざとらしく示す姿は胡散臭くもあるが、同時に強硬な姿勢ではない事から安心も得られる

 この管理機構に有利な状況で、拘束などの手段を取っていない時点でエレナは自分達の安全は問題無いと把握したのだ


「近頃は迷宮内に潜む不穏分子に手を焼いていまして。貴女が聡明で理解が早く助かりました」

「こちらこそ、ちゃーんとルールに則って稼がせてもらうから今後ともよろしく」

「エ……エリナ。これ、ウチ──」


 和やかに終わるかに思われた会話だったが、突如エリナの背後から聞こえた苦しげな声……アイリの声で空気が一変した

 エリナの視界の全ての人間が彼女の背後を見ている

 何かが起きたと、そう認識して振り返るとそこには……


「モノリス?」

「エリナちゃん伏せてっ!」


 黒い板が、アイリの体に不可思議にめり込んでいた

 そう認識した瞬間にはメイがエリナを押し倒し、頭を抱いて視界を遮る


 瞬間、モノリスから眩い光が放たれた


 それは眩さの中にあらゆる色を内包した奇妙な輝き

 空中で文字の形を結び、解け……身動きをとれないアイリへ向けて飛翔する

 ガレージを瞬間的に駆け巡った光を直視した者は気絶した

 それは閃光によるショックではなく、そこに含まれるミームに暴露した為

 処理しきれない情報を無理矢理に流し込まれ、知恵熱のような状態になっている

 だが閃光を見る前に伏せたエリナとメイだけは別だった


「ぐぅ……重い!」

「ご、ごめんなさい……」

「でも助かったわ。あとエリナちゃんって呼ばれたの久しぶり──ってアイリ!?」


 見ればアイリは伏せってはいるものの気を失ってはおらず、モノリスは消失していた

 エリナは慌てて駆け寄って、丁寧に抱き起こすとアイリも朦朧としつつもか細い声を発する


「う……ウチ、どうなった……?」

「あー、えっと大丈夫!サッサとずらかるわよ!」

「あそこに気絶してる人が居る……」

「脳を焼かれた訳じゃないから問題ない!」


 アイリの脇に手を回し、肩を貸してなんとか立たせたエリナはオロオロとするメイへと激を飛ばす


「メイ!発車準備!」

「お、おらーい!」


 その言葉でハッと冷静さを取り戻したメイは装甲指揮車両へと駆け出して、エリナはアイリを半ば引き摺り乗車する

 慌てて運転席へと滑り込んだエリナはペダルをベタ踏み

 迷宮外縁都市をフルスロットル抜け出してクレーターシティへ向けて荒野を疾走する

 彼女がこうも焦るのには理由があり──丁度その理由が通信を掛けてきた

 聞こえるのは固く、厳しい女性の声

 威圧的な、ハナから強硬な態度の勧告だ


「こちら迷宮管理機構。モノリスに触れ、適合者(スキルホルダー)となった者、およびその協力者に告げる。直ちに停車し、投降したまえ」

「お断りよ!」

「ならば武力を持って排除しなくてはならない。秩序の維持の為ならば、我々は幾らでも果断な処置を取るだろう」

「クソ喰らえっての!」

「……残念だ。今よりE&M社所属の3名は迷宮管理機構により指名手配される」

「あらそう!箔がつくってもんね」


 エリナは毅然と、全てを突っぱねアクセルは踏み込んだまま

 そのまま一切の躊躇いを見せる事なく迷宮との境界線を越え、高速で思考を続ける脳がひとつの連絡先を思い浮かべた

 ハンドルを片手で握り、フリーの手で通信機を弄り目当てに発信……すると然程間を置かずに繋がって、まずは挨拶をひとつ


「ご機嫌よう。覗き屋、聞こえてる?」


 それに応える向こう側からは軽薄そうな男の声が


「おやおや、お尋ね者の若社長に声を掛けられるなんて驚きだ」

「情報が早いわね。でもアンタは別に相手が誰であろうと利があるなら仕事をする。そうでしょ?」

「続けて」

「我が社と取引しましょう」

「ほう?お尋ね者に何が出来るんです?要求には見合った対価が必要だ。時は金なり。手短にアピールしてみせてください」


 エリナはコツコツと指先でハンドルを叩く

 考え事をする時の彼女の癖だ

 それをメイとアイリが不安げに見つめている


「……アタシ達はこれからクレーターシティの深部へ向かってダンジョンコアを回収する」

「世界最大のダンジョンのコアなんて何処も欲しがる代物だ……それを手土産にすればどんな勢力だろうと後ろ盾に出来る。が、それは数多の探索者が挑んでは命を落とした分の悪い投資かと思いますがね」

「なら成功は信じなくてもいい。でも深部を目指す過程で器物を見つけて打ち上げる。アンタはそれを回収して、代わりに物資を投下するの」

「フルトン回収システムですか?ふむ……良いでしょう。ですが前払いは絶対です。そちらが器物を打ち上げた後、商品を提供しましょう。もちろん通常のお支払いでも結構」

「なら早速お願いするわ……送金した」

「確認しました。相変わらず寒い懐だ」

「うっさい!」


 その言葉を最後に通信が切れる

 エリナはホッと一息吐くものの、メイは不安を抑えきれずに思わずエリナへ問い掛けた


「で、でもどうするの……?そんな沢山器物が見つけられたら貧乏なんてしてないし……」

「迷宮管理機構が定めた規則を覚えてる?」

「う、ウチML免許取る時に暗記した……」

「まだちゃんと覚えてるの?まあいいわ。アタシ達はもうそれに縛られないんだから」

「指名手配されてるもんねぇ」


 メイの不安げな言葉に対してエリナは鼻で笑い飛ばす


「なら今のアタシらはお上が定めるダンジョン内の画像、映像、音声を検閲無しにアップロードする事を禁止するって規則にも縛られない」

「だからなに……」

「分かんない?世の中にはダンジョンの事が気になる人が大勢居る!でも生の情報なんてのは砂粒程しか出回ってない。だからアタシ達が世界に見せつけてやんの!ダンジョン攻略の様子をね!」


 そこで頭が回ったメイが表情を明るくして声を上げた


「投げ銭!バズ!」

「そう!3人共ビジュ悪くないんだから顔出しもしたら大人気間違いなし!」

「やりたくねぇ……あと規則ってのは理由があるから定められてるモンって言ってたろ?例えば放送に有害ミームが含まれるとマズイとか」

「ハン!忘れたの?この装甲指揮車両にはミーム殺しの器物が載ってんの、これはアタシ達にしか出来ないブルーオーシャンよ!」


 拳を握り、エリナは正面に広がるクレーターシティを睨む

 口の中では自らに言い聞かせる言葉を転がして


「やってやる……やってやるわよ。ダンジョンコアを抜き取って、可愛い妹分を守るくらいはね……!」


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