3-49 襲撃に慣れたくはないのですけど
ブノワさんはまるでスキップみたいにぴょこぴょこ小さく跳ねながら歩いています。
「なんだか嬉しそうですね」
「やっと自分の仕事ができるんで!」
別に私が悪いわけではないのだけど、なんだか申し訳ない気持ち。
でも親衛隊さんは「わかるー」と頷いています。そういうものみたいです。聖騎士と親衛隊は一緒に鍛錬することが多いせいか、ふたりの仲はとても良さそう。
小さい頃にどんな遊びが流行ったとか、上官のご機嫌の取り方とか、そういった気安い会話を聞きながら回廊をゆっくり進んでいると前方からナウファル殿下がやって来ました。
私たち三人ともが足を止めます。不安と緊張が綯い交ぜになって、呼吸が浅くなりました。
「おや。ジゼル様、お出掛けですか」
「あ、いえ。外出から戻って来たところです。ナウファル殿下は……」
彼の視線はネルからいただいたドレスの上を滑っていました。お姫様とお出掛けするのにドレスを着て、そのままでしたからね。
「非才は結婚の儀に関してハラーク公爵と打ち合わせをしてきたところです。書記官とは、まこと元老院の雑用係だと感じますよ」
「雑用……細々したことまでってことですか?」
「ええ。準備自体はずっと以前に完了していますが、生花や食材に関しては機に臨み変に応ずる必要がございます。なにせ、日程が突然決まった上に猶予が全くありませんから」
「確かに」
「では、非才はこちらで失礼を」
怪しい。すごく怪しい。だけど……ハラーク公爵のお名前も挙がってたし、仕事で神殿に来たのは確かでしょうから、これ以上の詮索はおろか引き留めることすら不可能です。
私が詮索しなくたって、王太子殿下やイドリース殿下が目を光らせているでしょうしね。
「あれ」
「ブノワさん、どうかしました?」
ナウファル殿下とお別れしてすぐ、ブノワさんが一段高い声をあげました。きょろきょろと何かを探す素振りを見せています。
「や……何か声が聞こえた気がするんスけど」
「私は何も聞こえなかったです」
「ボクも」
「じゃ、気のせいッスね!」
ヘラヘラっと笑って、再びスキップするみたいに歩き出したブノワさん。
実際、私たちは関係者以外立ち入り禁止のエリアにいて、周囲に人の気配はありません。強いて言えばナウファル殿下ですけど、彼ももう声が聞こえるような距離ではないし。
私と親衛隊さんは顔を見合わせて「やっぱり気のせいだよね」と確認しつつ、ブノワさんを追いかけます。
ところが。なんと地下へ向かう階段を降りきったところで、物陰から見知らぬ男性が飛び出してきたのです。しかも彼の手にはナイフが。
「きゃあ!」
「うおっ」
「ジゼル様!」
ブノワさんが剣を抜きながら私と男性の間に割って入り、それとほぼ同時に親衛隊さんが接敵。目にも留まらぬ速さで相手の武器を取り上げて遠くに蹴り飛ばしました。
親衛隊さんはみぞおちに拳を叩き込み、うずくまった男性をブノワさんの足元に転がします。さらに、すかさず近くの物置部屋からロープを持って来ました。
「これで縛っといてください。ボク、ぐるっと見回ってきます」
軽い足取りで廊下を走る親衛隊さんを見送りながら、ブノワさんが男性を縛り上げます。犯人は神殿ではあまり見ない顔です。神官ではなさそう……また先日の襲撃者と同様に民間人でしょうか。
などと、冷静に分析し始める自分に心の中で呆れてしまいました。
良いことではないのですけど、私ったら襲撃に慣れ始めたようなのです。びっくりはするのですが、こうして安全が確保されてから立ち直るまでがすごく早くなりました。
リトンでソニアと間違えて襲われたときには震えが止まらなかったというのに。
「俺たちは聖女を守るのが最優先なんで、親衛隊の判断の速さには驚かされるんスよねー。聖騎士って一応聖職者じゃないっすか、だから威嚇して戦意を消失させりゃ十分だと思ってるけど、親衛隊は有無を言わさねぇもんなぁ」
「親衛隊ってオルハン殿下を守る人たちですからね。敵だと思ったら即行動しないといけないんでしょうね」
「対象が聖女でも同じはずなのになぁ。見習わないと……」
「そういえばセレスタン様は威嚇するより手が出るほうが早い気がします」
一昨日の夜に襲撃者をやっつけたのだって、ベアトリスさんが毒を盛ったと気付いたときだって、威嚇だけで済ませようって感じじゃなかったし。
立ち上がったブノワさんは縛り上げた犯人の背を片足で踏み、くふふと笑います。
「あの人、ジゼル様をお守りするようになってから一層厳しくなりましたよね。元々真面目な人だけど、今じゃもう鬼とか悪魔の類ですよ」
「あはは、言い過ぎです」
そんな風にふたりで笑い合っているところへ、親衛隊さんが戻ってきました。
「ざっと見てまわったけど、もう様子のおかしいのはいませんでした。ボク、こいつを連れてって隊長に報告します。ジゼル様は猫を回収したらすぐ客室へお戻りください」
「はーい」
親衛隊さんは転がっていた犯人を無理やり立たせ、引っ張りながら階段をのぼっていきます。
残された私たちは早速貯水槽を目指しました。廊下の奥のほうにある扉の先が目的地で。
親衛隊さんが確認してくれたので大丈夫だと思うけど、念のためブノワさんが先に入って室内を確認してくれます。
「うん、誰もいない……ッスね」
「ありがとうございます! それじゃあ急いでシマネコ回収しちゃいますね」
ブノワさんの前を横切って貯水槽へ。蓋を開けてシマネコを呼べば「にゅーん」と返事とともに小さな猫が飛び出してきました。
「変な薬を入れられたりした?」
「にゅっにゅっにゅっ」
嫌々をするように首を横に振るシマネコ。仕草がすごく人間的です。魔獣だからか、それとも親があんな感じだからかわからないけど。
「それなら良かったわ。結婚の儀が終わるまで私の部屋にいようね!」
「にっ」
水びたしのシマネコをタオルで包み、さぁ部屋に戻ろうと出入り口のほうを振り返りましたら。
なんとブノワさんが苦しそうにうずくまっていたのです。
「ブノワさん……? 大丈夫ですかっ」
「来るな!」
頭痛がするのか右手で頭を抱え、左手は私を制止するように手のひらをこちらに向けています。
「でも」
「来るな……来るな……来ないでくれ」
来ないでって言ったって、中腰でにじり寄ってくるのはブノワさんなんですけどっ?
その異様な雰囲気を警戒したのか、私の手の中でシマネコがブノワさんを威嚇しています。当の本人はシマネコなんて目に入ってもいないみたいですけど。
来るなと言いながら一歩一歩こちらへ近づいてくる彼の目は爛々として、私は本能的に距離を保とうと後ずさって。
「ああくそっ……! 声が聞こえるんスよ。『他人の目がないのなら好きに振る舞えばいい』って」
「他人の目ありますけど! ここに!」
「違う! 違うんです。俺、本当は……!」
そう言いながら剣を抜いたブノワさん。
苦しそうな表情で何かに抗おうとしているかのようです。もしかして、ナウファル殿下の魔術の影響でしょうか……? でも、そうだとしたらいつの間に……?
薬や魔術の影響下にあるのなら治せばいい。そう思うのだけど、剣を構えたままの彼には一向に近づけないし、近づこうとすると「来るな」って言うし。
「ブノワさん……」
一歩ずつ後退する私のかかとが、ついに壁にぶつかってしまいました。




