3-47 王家御用達のお菓子ですって
とにかく「命大事に!」を合言葉に離宮から神殿へ戻った翌日。
結婚の儀の流れについてお勉強していたら、なんとネルミーン姫が訪ねて来ました。災厄は向こうからやって来る……ってやつです。災厄じゃないけど。
私を護衛するみんなの空気がピリッとなって気まずい。
「ジジー! 美味しいお菓子を食べに行きましょう?」
「おかし」
「そう。王家御用達のお店だから、この水不足の折にも営業できているのよ」
「王家御用達……!」
「買ってきてこちらでいただいても良かったのだけど、毒殺され未遂のあとだと、あたくしの持参したお菓子なんて食べていただけないでしょう?」
否定はできません。少なくとも、セレスタン様やイドリース殿下は食べるなって言うと思います。
なんなら一緒にお出かけするのも駄目って言われそうな気がするけど、ネルとお喋りしたい気持ちも否定できません。
毒殺され未遂だなんて彼女は冗談めかして言うけれど、あのときのネルミーン姫はやろうと思えばいくらでもビビアナ殿下を陥れることができたはずです。なんならナウファル殿下からはそうしてほしそうな雰囲気を感じたほど。
だけど、そうはしなかった。自分のミスだと言ってその場を収めたのです。だから私はネルを信じたい……。
「嫌な予感がする」
セレスタン様が私の顔を覗き込んで眉根を寄せました。
「お菓子食べたいです」
「言うと思った」
「ふふ! それなら決まりね。ジジーとお出掛けができるの、とっても嬉しいわ!」
そういうことになりました。
出掛けた先のお店は王家御用達というに相応しい店構えで、ドアマンがいたり、個室があったり、何もかもが特別仕様です。
対応の丁寧さに要人を迎え慣れているのがわかるし、通された個室はとっても広くて複数の護衛がいてもゆったりできます。
「こちらのお店でしか食べられないお菓子があってね」
「わぁ! それがいいです!」
「ふふ。もっとラフに喋ってったら」
ネルのおすすめで出てきたお菓子は、パッと見た感じはパンみたい。
私の親指くらいありそうな厚さの円形のパンで、表面にはツタを模した可愛らしい模様が描かれています。「モスリー・ガタ」という名前だけどモスリーは地名で、この食べ物自体はガタというのだそう。お店の方が目の前で切り分け、三角形になったそれを私とネルの前に置いてくれます。
ふわっとバターが香って、切り口からは乳白色のフィリングがじゅわっと溶けだしていました。
「バターやミルク、それに卵も、モスリーに生息する魔獣からとっているのよ。それが絶品なの」
「そういえばマズコナクでもウサギの魔獣を飼育しているって聞きました。私はあまり魔獣と関わらずに生きてきたから、すごく興味深いです」
ナイフを入れてひと口サイズにしたものをぱくり。サクってしてジュワってしてバターが濃厚で!
材料は小麦粉に砂糖とバターと卵とミルクとかいう、すごく普通なものしか使ってないらしいのですが、その素材のひとつひとつがとても主張が強いのです。特にミルクとバター。
お菓子そのものは北方から伝わったものだけど、素材がモスリーでしか採れないものを使ってるからモスリー・ガタって言うみたいです。
「素朴なお菓子かと思ったら、すごく濃いですね。それになんだか果物みたいな甘さも」
「でしょう。この魔獣の主食がお花と虫なのだそうよ。特にミツバチ」
「えっ、これ蜂蜜が濃縮されてるってこと……? さすが魔獣産……!」
「実はこのお店はナウファル殿下のお気に入りで」
ネルがそう言った途端、セレスタン様をはじめとした聖騎士たちの身体が強張りました。
けれどネルはそれをクスクス笑いながら制します。
「大丈夫。お気に入りだからこそ最も安全なの。モスリー・ガタはここでしか食べられないわ。このお店が営業できなくなるような事態は絶対に起きないから安心して」
「そ、そういうものなの?」
「モスリーという国をご存じ?」
「いえ、ごめんなさい。不勉強で……」
「いいの。なくなって久しいから知らなくて当然だわ。昔はタルカークに併合されていたのだけど、今はルゥデアの領土よ。そして……ナウファル殿下のお母さまの生国だった」
「え……?」
お母さまの生国ということは、ナウファル殿下のルーツの半分が敵国に落ちたということです。
もしかしたら血の繋がったご親戚も不幸があったかもしれません。
両親のルーツをほとんど知らずに生きてきた私には、彼の気持ちはあまり上手に想像できないけど……。
――国王陛下はかつて、辺境の小国を切り捨てました。
――国に切り捨てられ、敵の手に落ちた民がどのように扱われるかご存じですか?
先日、ナウファル殿下が言っていた言葉です。モスリーのことだったんですね。
「毒殺され未遂はね、ビビアナ妃殿下を陥れるために毒を飲む計画だったの」
「やっぱり。でもネルの意志じゃなかったでしょう?」
「そうね。無実の方に罪を被せるのはイヤだもの。それでもあたくしは彼を応援しているわ」
「彼のやり方を知っても? だってネルは死ねって命令されたに等しいでしょ?」
「大事を実現するには、多少の犠牲はつきものでしょう?」
チラっと見上げたセレスタン様はとっても難しいお顔でした。
でも目が合うと、セレスタン様が私とご自分の眉間とを交互に指して何か言いたそう。よくわからないけど自分で自分の眉間を触ったら、すっごい寄ってた! ぎゅってなってました。
そんなやり取りを見て、ネルがうふふと笑います。
「ささ、難しいお話はこれくらいにしましょう。せっかくのガタが美味しくなくなっちゃうわ」
「そうですね!」
「でね、ここからは恋バナなのだけど」
「こいばな」
「あたくし、ジジーには好きな人と結婚してほしいわ。イドリース殿下のこと、お好きなの?」
単刀直入ー!




