3-46 ああ言えばこう言う
私たちは慌てて離宮へと向かいました。
セレスタン様やイドリース殿下ももちろん一緒です。ハラーク公爵は後から来るそうですけど。
でも「確認するので少々お待ちください」と言われたまま、どこへ案内されるでもなく待ちぼうけ。時間ばかりが過ぎていきます。従者に状況を聞いても「確認中ですので」としか言いません。
この状況はいよいよおかしいぞ、とイドリース殿下が王子の強権を発動し、私たちは従者たちの制止を振り切って広間へ走ります。
部屋の前に到達すると、扉の向こうから薄らと話し声が聞こえてきました。
報告にあったとおり元老院の方々はすでに集まっている様子で、ざわざわとした中に聞き覚えのある凛とした声が響きます。
「いつまでたっても聖女がおいでにならないのは、彼女の護衛であるタンヴィエ卿がやはり罪を犯していたからでしょう。日没までもう少々時間があるが、もはやそれを待つまでもありません。神の裁定によりビビアナ妃殿下は――」
「イドリース殿下もいらっしゃらないではないですか。今日の招集は異例の早さでしたし、連絡が行き違った可能性もあるのでは?」
「いえいえ。オルハン王太子殿下も個別にイドリース殿下へ使いを出したと聞いていますから」
やばいですやばいです! 私たち抜きでセレスタン様とビビアナ殿下を有罪にしようとしてます!
慌てて扉に手をかけた私に、警備兵が駆け寄ってきました。捕まる前に開けたいのに、この扉かなり重いです。ぐぬぬ。
もちろんセレスタン様とイドリース殿下が警備兵を制してはくれましたが、入室の許可がないのに入ろうとしているのは私たちのほうですからね。ちょっと分が悪い。
「いいから開けろ、責任は俺がとる」
イドリース殿下がそう言い放ち、警備兵がどうすべきか迷っている間にサクッと開けます。セレスタン様が手伝ってくれたので本当にサクッと開きました。
私は全体重をかけて押したので、予想に反して軽やかに開いてしまった扉に対応できず、たたらを踏んだわけですが。
文字通り転がるように入室した私に、元老院の方々の視線が集まります。すっかりシンとしてしまって、とてもいたたまれない。
「えっと……」
そういえば必死だったあまり入ったあとのことを考えてませんでした。
どうしよう……と広間全体を見回して、そしてナウファル殿下と目が合って。そうだ!
「こちらが!」
両手を使って身体いっぱいにセレスタン様を指し示します。
「セレスタン・ド・タンヴィエさま! です!」
「おや」
「ちゃんと戻っていらっしゃったので!」
「なるほど」
ナウファル殿下は合いの手を入れてはくれるのですが、その表情は変わりません。
その代わりに静かだった広間は騒然となり、ビビアナ殿下が無実であったことを喜んだり、あるいは残念がったりする声が聞こえてきました。
「神は真実を教えてくださったようですね」
私の精一杯の嫌味にも、ナウファル殿下は眉ひとつ動かさず頷いて立ち上がります。
「素晴らしいですね。ビビアナ妃殿下には何の後ろ暗いところもなかったと証明されました。大変喜ばしいことです」
「そもそも言い掛かりだって最初から言ってるのに――」
「聖女様におかれましては、無事、神官となられたとのこと。心よりお喜び申し上げます」
「ありありありがとうございます……っ!」
駄目です、私の言葉なんてすっかり無視なんですけど!
まるで相手にされていない悔しさでギリィと奥歯を強く噛む私の横で、イドリース殿下が一歩前に出ました。
「神官承認の儀で聖女を襲おうとした不届き者がいた」
「ほう」
やはりナウファル殿下は顔色ひとつ変えません。
イドリース殿下が右手を軽く上げると、開いたままになっていた扉からハラーク公爵がやって来ました。その背後には親衛隊がいて、彼らは縛り上げた神殿騎士を半ば引きずったり、あるいは突き飛ばすようにして連れてきたのです。
「こいつらが犯人だ。だが、こいつらは自分の意思でそんな暴挙に出たわけじゃあねぇ。誰にやらされたのか、今ここで証言してもらおうと思ってな」
「イドリース。その証言になんの意味がありますか」
「は? 叔父貴、意味って……何を言ってんだ? 大事な証言だろうが」
「これほど乱暴に扱っているようでは、証言を強制したと見て間違いありませんよ。ここで彼らが何を言おうとも、信じるに足りない。まずは牢に入れ心を落ち着かせ、中立な立場の人間から質問させるべきでしょう」
ああ言えばこう言う人だ! と驚きましたが、このような場面で最も効力を発揮するのは、日頃の人望というもので。
元老院のお歴々は、ちょっぴり乱暴で言葉遣いも美しいとは言えないイドリース殿下より、長らくこの国の書記官を務めるナウファル殿下の言葉のほうを支持したようでした。
実際、ナウファル殿下は極めて冷静かつ論理的に、話し合いを進めているように見えてしまうので仕方ありません。
「さあ、彼らをできるだけ丁重に牢へ連れていきなさい。明日にでも調書をとればよいでしょう」
「それじゃ遅ぇってのに!」
「今でないとならないとは、やはり裏があるように感じられますね」
「違――!」
なおも食って掛かろうとするイドリース殿下を止めたのは、王太子のオルハン殿下でした。
「イドリース、引け」
「兄上!」
「元老院は、ここでなされた証言に信頼性はないと判断しているんだ。これ以上は時間の無駄だよ」
「チッ……」
広間を出て行く神殿騎士を眺めて満足そうに頷いたナウファル殿下は、オルハン殿下を振り返って大仰に礼をとりました。上げた左腕のローブの袖で顔を隠すようにし、深く頭を下げる美しい礼です。
「ビビアナ妃殿下に背信の憂懼なく、聖女ジゼル殿は神官として神の承認を得ました。オルハン王太子殿下におかれましては、疾く正妃をお迎えいただきたく、直ちに結婚の儀を執り行うべきかと具申いたします」
「ああ。その通りだ」
「国中から祝いの席に駆けつけた諸侯の中には、これ以上領地を空けられぬと帰路に着いた者もおります。新たに女神官も得た今、いつまでも彼らをこの地に留めることもできますまい。よってその挙行を二日後とさせていただきたく」
「ああ。そうしよう」
二日後に、ビビアナ殿下とオルハン殿下の結婚の儀が執り行われるということです。
私はこの二日を無事に生き抜かないといけません。そして、無事に結婚の儀を終えられるように入念に準備しないといけない。
不安ばっかりだけど、でも神殿の水を飲んだ人たちから薬の効果を抜く時間だと思えば、ちょうどいいのかもしれません。
さぁ、おふたりのハッピーエンドまでもうひと踏ん張りです!




