3-45 プライドが傷ついたようです
神官承認の儀を終えて客室へ戻り、ベアトリスさんの手を借りながら着替えて……さらにお茶まで飲み終えたところでやっと、ソニアが聖騎士をふたり連れて戻ってきました。
「大変だったんだからー!」
「何があったの? 他のみんなは?」
現時点で唯一の護衛であるセレスタン様は私の傍を離れるわけにいかないし、ベアトリスさんも「未婚の若い男女をふたりきりにはできません」と言って部屋を出ないので、ソニアが戻るまで情報が入って来なかったのです。
今までもセレスタン様と二人だけだったことたくさんあるのに……!
もちろん相手方が何をするかわからない以上、ベアトリスさんだってひとりにはできませんし、どちらにせよ吉報を待つしかなかったわけですけど。
「アミルおじさんとイドリース殿下は事情聴取!」
「事情聴取?」
「あのねあのね、アミルおじさんが予想した通り儀式が始まった途端、神殿騎士くんが剣を抜いてね、アタシ、襲われかけたの!」
「えぇっ!」
「証言させればナウファル殿下を失脚させられるって、すごい張り切ってた」
ソニアは自分が何者かの意志で動かされていたと気づけたけれど、私の妹であるが故にその証言を信じてもらえないかもしれないって、ハラーク公爵が言っていました。
昨夜の襲撃者にも話を聞いたけど、命令してきた相手の顔は見えなかったそう。だから神殿騎士たちがもし相手を覚えているなら、その証言はとても大事なのでしょうね。
なるほどと頷く私とセレスタン様に、ソニアはプンと頬を膨らませます。
「アタシ、すごいショックなの! お姉ちゃん慰めて!」
「そうだよね、驚いたし怖かったよね」
「んんん、どっちかって言うと悲しい、かも。神殿騎士くんたちとは仲良くしてたからさ」
「ああ……。そうね」
これに関しては正直、かける言葉が見つかりません。彼らは操られただけだと頭では理解できても、感情の面が追い付くには時間がかかると思うので。
私だってベアトリスさんが毒を盛ったときには、別に仲良くなかったけどショックだったし!
目を伏せて長いまつ毛を震わせるソニアに、ベアトリスさんが「ん」とお菓子の載ったお皿を差し出しました。いくつも並んだ焼き菓子の甘い匂いに、ソニアは目を輝かせて手を伸ばします。
我が妹ながらその切り替えの早さにはびっくり。もう元気になったみたいだわ。
「ねぇお姉ちゃん。今日もこれからお水配りたいの。綺麗になってるかって、どうやって確認すればいいの?」
「シマネコに聞く以外にないんだけど、あの子まだ赤ちゃんだからね……。とりあえず貯水槽に行ってみよっか」
首都であるイスメルと聖地であるタルカラは、王侯貴族の出入りも人口も抜きんでて多い場所です。
そのためタルカーク東側の水源である北東の山から流れる川の水は、元々イスメルとタルカラへの供給が多かったのですが……この水不足によって、宮殿や神殿への供給が優先されるようになっていました。
とはいえ神殿に供給される量も通年と比べればかなり少なく、際限なくお水配りができるわけではないのですけどね。それでもやらないよりはマシだと言って、ソニアは毎日少しずつ民衆にお水を分け与えているわけです。
ベアトリスさんのことはヨアンさんとニルスさんにお任せして、私たちは貯水槽に向かうため客室を出ます。途中、回廊をのんびり歩いていると庭のほうから「おーい」と声がしました。
「お姉ちゃん見て見て、聖騎士さんたちがいる」
上半身を裸にして親衛隊と一緒に鍛錬に励む聖騎士が三名。ブノワさんを含む彼ら三名はマズコナクへ同道しなかった居残り組です。神殿の水を飲んでいたため、私たちとの接触を禁じられているのです。
親衛隊は王太子直属の……アルカロマでいう近衛兵ですから、基本的に神殿で飲み食いはしませんので、今は聖騎士に稽古をつけながら見張りもしてもらっているという状況。
ソニアに言われて庭のほうを見たものの、すぐにセレスタン様が私の目を覆ってしまいました。
「なんで服を脱いでいるんだ、あいつらは。あとで指導しないとな……」
「この暑さですから仕方ないのでは?」
そう言ってみたけどセレスタン様の表情は緩みません。
まぁ規律って大事ですからね、私もそれ以上は口を挟まないことにしました。
「みんなお姉ちゃんのこと大好きなのに、近づけないのかわいそうだねー」
「好き嫌いはさておき、聖女を守るのが本分だからな。仕事を全うできないのは悔しいだろう」
「ふふ。騎士らしい言葉ですね」
聖騎士さんたちに手を振り返して、軽口を叩きながら貯水槽のある地下へ。
普段は水を汲み上げて使うのでわざわざ地下まで降りることはないのですが、シマネコに会うためなら仕方ありません。
「シマネコー」
「にゅっ」
昨夜、騒動のあとで貯水槽に放り込んだのですが、ヨイショと蓋を開けて名前を呼べばすぐに顔を出してくれました。
手桶で水を掬いシマネコに問います。
「これ飲んでも大丈夫?」
「にゅっ」
「昨日のお水も飲める状態だった?」
「シャー!」
小さな牙を見せながら唸るシマネコ。怒らせちゃった。昨日のは飲んじゃ駄目だったみたいです。
ソニアは目を丸くしつつも、興奮気味に手を叩いて喜びました。
「すご! ちゃんと言葉わかってるじゃん」
「これ以上はわかんないから、もうシマネコを信じるしかないね」
「そもそもアタシには猫がお水を綺麗にするってこと自体信じられないけどね」
「シャーッ!」
「なんで怒ったの、この子? 信じなかったから?」
「猫って言ったから」
よくわかんないと怪訝な顔をするソニア。ね、私もよくわからないけど、猫って言うと怒る種族なんです。はい。
「昨夜と今朝で二回、ハラーク公爵が水を採取して研究者に送ったらしい。証拠のひとつにするためにね」
「それなら、安全を確かめてから配るほうがいいでしょうか?」
「そうだよねぇ、この猫が汚くする可能性だってないとは言えないんでしょ?」
「シャーッ!」
「きゃあ!」
怒ったシマネコが尻尾で水面を叩き、跳ねた水がソニアにかかります。
「ソニア。シマネコさんはプライドを傷つけられたと仰せよ」
「なんかごめん……」
「この猫型魔獣が水を綺麗にすること自体は、明らかになったと聞いたよ。それでミズネコがいる貯水池はすでに実用化に向けて動き始めているらしい」
「いつの間にそんな情報を」
「今朝、親衛隊と打ち合わせをしてるときにね。ハラーク公爵に一声かけてから配ればいいんじゃないかな」
セレスタン様は本当に抜け目がないです。
確かにシマネコが水を汚染することがないのなら、少なくとも今までより汚くなっているはずはないですよね……。
「わかった! アミルおじさん忙しそうだし、秘書のひとに聞いてみるね!」
ソニアが言うには、ハラーク家の執事が公爵の事務的なフォローをしているのだそう。
シマネコに挨拶をしつつ蓋を閉めて話をまとめていると、バタバタと大きな音をたてて誰かが降りてきました。
セレスタン様は身構えつつ私とソニアを背に隠しましたが、転がるように飛び込んで来たのは親衛隊で。
「聖女様、タンヴィエ卿、すぐにお戻りください!」
「何があった」
「離宮にて元老院の招集が行われ、会議が始まったとのこと。皆さま不在のまま、神明裁判の裁定まで終えられる可能性があると、オルハン殿下より連絡が」
「はぁ?」
私は驚きのあまり絶句してしまいました。
だって神明裁判って、無実か否かを神に問うこと。つまりセレスタン様とビビアナ殿下の例の件です。
日没まで待つって言ったくせに!




