3-43 聖女様をお探しなら
タルカラに戻った翌日。聖樹に祈りを捧げた聖女が俺を振り返って微笑んだ。
「イドリース殿下、お待たせしました」
「おん」
昼飯を食ったらすぐに神官承認の儀が始まるということもあって、聖女は朝から神官用の装束に身を包んでいる。神官の装束は男も女も同じデザインで、でかいフードが目元まで隠しちまう。
俺はジゼルの意志の強そうな目が好きだから、隠れるのはもったいないなと思うんだが……まぁ仕方ないか。
ちょうどそこに聖騎士のヨアンが欠伸をかみ殺しながらやって来た。
「ふわぁ……。飯の準備できましたぁ。作ってるとこもバッチリ見張ったんで大丈夫っすよ。今は親衛隊が飯を護衛してます」
「おう、悪いな」
確実に薬の入った水を飲んでいないと言い切れるのは、マズコナクに向かっていた奴らだけだ。疲れてるのは重々承知の上で、最低限の休憩だけで護衛を続けてもらっている。
敵の次の狙いはジゼルに違いない。さすがに聖女を殺しはしないと信じているが、薬を飲ませて操れる状態にしたり、あるいは誘拐したり、結婚の儀を邪魔する方法ならいくらでもあるからな。
「もうお腹ペコペコです。今日のご飯はなんだろう」
「ピラフですねー。めちゃくちゃ美味そうでした」
「おう、儀式の前はそれって昔っから決まってんだ。米と豆とガチョウの肉を炒めて煮るんだよな。ジゼルは苦手な食い物とかあんのか?」
「ううん、ありません。ピラフかぁ。楽しみです!」
飯の最中は侍女のベアトリスが甲斐甲斐しく世話をして、護衛たちは外を見回ったり、交代で休憩をしたり。マズコナク組はどいつもこいつも、顔に疲れが浮かんでやがる。早くしっかり休ませてやりたいもんだが、今が踏ん張りどころだからな。
食い終わるのを見計らったようにハラーク公爵がやって来た。手には白い絹織物に包まれた細長いものを持っている。
「そろそろ時間ですな。ギリギリになりましたが、儀仗杖もこれこの通り直りました」
柔らかな絹布をめくると、中には芸術品のように繊細な細工が施された白木の杖があった。
冠にいただく宝玉は、最初の聖人ヌーラに夫であるエドリスが贈ったものだとかいうおとぎ話もある。本当かどうかは怪しいもんだが。
ただそのアメシストは、どことなくセレスタンの目に似てるような気がして落ち着かねぇ。
「んじゃ、行くか、ジゼル」
「はい」
俺が声をかけると、聖女は緊張した様子で小さく頷く。
部屋の前には神殿騎士が待機していた。こいつらは薬の影響を受けていると考えたほうがいい。まぁ、薬を飲まされたからといっても、叔父貴が魔術でどうにかしない限りは影響もないしな。警戒損って可能性のほうが高ぇけど。
客室を出て地下へ降りる。民にしろ貴族にしろ部外者を伴う儀式なら本殿の祭壇を使うが、神殿関係者だけの小さなものなら地下の小祭室で済ますのが普通だ。
なんせ、神殿ってもんはいつだって誰かが祈りを捧げに来るからな。ちまちました儀式の多い神官たちには小さくても専用の祭壇が必要ってわけだ。
祭室の前で立ち止まって、ヨアンとニルス、ふたりの聖騎士を制す。
「お前らはここまでだ。祭室には神官と神殿騎士、それに王族しか入れない。ここで待っててくれ」
「はーい」
「ま、水をそそぐだけだ。すぐ終わるさ」
正しくは、教典の一節を読み上げて杖を掲げて祈って、みたいな作法があるらしい。
そういうのはハラーク公爵が教えながらやるってことになってるから、問題はないだろう。
祭室に入ると正面の祭壇には教典のほか、いくつもの祭器が並んでいた。そこに水をそそぐんだったよな、詳しくはわかんねぇけど。
小祭室といっても狭いわけではない。もちろん真上の本殿と比べるべくもないが、この部屋にだって数十人くらいは余裕で入りそうだ。
「ジゼル様、こちらへ」
ハラーク公爵が聖女を手招きして祭壇の前に立たせる。教典をパラパラめくり、該当のページを開いた状態で聖女に渡した。
祭室の中はひんやりと涼しい。なんとなく空気も清らかな気がする。厳粛な雰囲気の中、聖女が教典を掲げ持ってすぅっと息を吸う音が聞こえた。
そのとき。視界の隅で神殿騎士の右腕が剣へとのびるのに気づく。ハッとした次の瞬間には、神殿騎士たちはそれぞれに剣を抜いていた。
「公爵!」
「わかっております!」
「聖騎士!」
「ういー!」
ハラーク公爵が聖女の手を引いて自分の背後に隠し、聖騎士ふたりが扉を蹴破るようにして祭室の中へと入ってくる。俺は剣を抜いて神殿騎士にその切っ先を向けた。
聖女の護衛としてついて来た神殿騎士は三人。公爵は聖女の守りに徹するとして、こちら側で自由に動けるのは俺と聖騎士ふたりの計三人。数だけの話なら差はねぇが、差がないってことは手加減してやれねぇってことだ。
「くそ! おい、出て来い!」
神殿騎士のひとりが部屋の奥に向かって叫んだ。どうやら仲間が祭室の中に潜んでいるらしい。
その声に呼応するかのように、祭壇の向こう側からゆらりとふたりの男が出てきた。
「隊長、俺たち飯を食べてないんですよ」
「これが終わったら好きなだけ食え」
そこから出てきたのは俺の部下、親衛隊だ。
奴らは神殿騎士の制服を着た人間を引きずりながらやって来て、乱暴に俺たちの前にその身体を投げた。かわいそうに、すっかり意識を失ってやがる。
「お探しの仲間はこれかな。悪いけど眠ってしまった。疲れてたみたいだ」
「親衛隊め……。ここは祭室だぞ! 神官承認の儀に部外者が入っていいと思ってるのか!」
「おいおい、聖女に剣を向けといて今さら神殿騎士ぶるなよ。それにこれは、神官承認の儀じゃねぇよ」
「は?」
俺が鼻で笑えば、神殿騎士は何を言ってるんだとこちらを白い目で見る。
理解できてないようだから、ちゃんと教えてやらねぇとな。
「聖女さんよぉ、かわいそうな神殿騎士を導いてやってくれよ」
「しょうがないなぁ……」
聖女が深く被ったフードに手をかけ、ずるりと引き下ろした。
キラキラ輝くブロンドが流れ落ち、青い瞳が楽しそうに笑う。
「聖女様をお探しなら、お姉ちゃんで間違いないの。でも連れて行かせるわけにはいかないんだ、残念だったね」
彼女の言葉が終わるかどうかというところで、鐘の音が鳴った。たった今、新たな神官が誕生したという報せだ。
神殿騎士たちは剣をおろし、お互いに顔を見合わせる。何が起こったのかわかっていないようだが、教えてやる義理もねぇし、さっさと捕縛だ。
よし。これでまともな証人を確保できたな。
ソニアちゃんの証言だけじゃ信頼性が足りんとかなんとか言われかねねぇから助かったぜ。
ソニアにこれを言わせたかったのです……念願叶ったー




