3-41 バカって言うほうがバカなんですー
ネルミーン姫が私のことを思い出してくれたときは、マナがぎゅっと吸い出される感覚があって。
あれは癒しの魔法によく似ていました。それにほんの一瞬だったからまだまだ使えます。大丈夫。
ソニアの手を両手で握り、どうか正気になってと祈りました。どこからかキラキラの光の粒が現れてソニアを包みます。
「……お姉ちゃん、何してんの?」
顔をあげれば生意気そうな、でも不安そうな青い瞳が私を見つめていました。
「ソニア?」
「あれ、タルカラにはいつ戻って来たんだっけ。お帰りって言ってないよね、あれれ? おかえり! みんな無事? お腹壊したりしなかった? あ、ヨアンさんもニルスさんもいるね、おかえり」
「ソニアだよね?」
「もしかして頭打った? ねぇ、お姉ちゃんがなんか変なんだけど」
顔見知りの聖騎士たちに助けを求めるソニアを、私は思い切り抱き締めます。よかった、元に戻ってくれて本当によかった!
背中に細い腕がまわされ、まるで母親が子どもをなだめるみたいにゆっくり撫でてくれます。
「おかしなお姉ちゃん。怖いことでもあったのかなー。でももう大丈夫だからね」
「うん」
「アタシたちふたり一緒ならなんにも怖くないでしょ」
「うん」
「さっき綺麗なドレス着させてもらってさ、お姉ちゃんに見せたかったなぁーって……あれ。まだ着てた」
背中を撫でる手がとまり、ソニアも無言になって室内が静寂に包まれました。
彼女から身体を離して様子を窺ってみれば、青色の瞳をくるくる動かして自分の衣服や私やイドリース殿下を順番に確認しているようです。
さらに、少し乱暴な様子で私の頭を両手で挟み、ぐりんっと後ろに向かせました。
「ねぇ、この簪なに。さっきお姉ちゃんがコレ出したとき、みんなびっくりしてたよね」
「さっきのこと覚えてるの?」
「は? ……ちょっと待って、混乱してる」
再び沈黙。
落ち着くためにかソニアがお茶に手を伸ばしたけれど、イドリース殿下が無言でそのお茶を遠くにやってしまいます。
ソニアは一瞬だけプンと頬を膨らませたものの、すぐに思索へ戻ったようでした。
「えっとぉ、順番に整理していい? 確か大事な話があるから離宮に来いってアミルおじさんのところに手紙がきたんだよね」
「アミルおじさんって呼んでるの?」
「だっておじさんでしょ。それで、おじさんの娘さんのドレスを借りて離宮に行ったの」
通された部屋には元老院のお偉方が待っていたそうです。
そこでハラーク家と王家と双子の伝統を聞かされたのだとソニアは言います。
「最初に伝統だから王太子と結婚しろって言われたときは、『信じられない、ばかみたい!』って思ったんだけど……。それが正しい行いだって言われたら、よくわかんないけど『そうかも』って気持ちになって」
「それは赤い瞳の人?」
口をついて出た質問に、ソニアが「ん」と小さく頷きました。
やっぱりそうだったんだ。全部全部あの人が仕組んでたんだ。
私、あの人が薬を運ぶのを見たのに。あの人が大衆を一瞬で落ち着かせるのを何度も見てたのに。大事にしたくないとか、ネルミーン姫があの人を好いてるからって言い訳して。誰にもそれを相談しなくて。そもそも気付くのだって遅すぎたんです。
だからソニアまで利用されちゃって! もっと早くにわかってたら、セレスタン様だって――!
「イドリース殿下、あの人、ナウファル殿下を捕まえてください!」
「はぁ?」
「薬! 運んでるの見たの! あの人がルゥデアの紋章が入った箱をたくさん運んでた!」
「そうは言ってもな」
「もうもう! いいです、オルハン殿下に直接言いにいきます!」
埒が明かない。説明してる時間すら惜しいのに!
立ち上がって部屋を出ようとしたものの、腕を強く掴まれて失敗。進もうとする力より引っ張る力の方が大きくて、私の身体は後方にひっくり返ってしまいました。
もちろん、腕を掴んだ犯人であるイドリース殿下が支えてくれましたけど。
「落ち着け。ジゼルがのこのこ出て行ったって、途中で変なのに捕まるだけだろうが」
「だって!」
「叔父貴のことは前から目を付けてたし、調べてもいる。ただせっかく捕まえた関係者は自殺しちまうし、なかなか尻尾を掴ませねぇ。このソニアちゃんの証言は俺たちにとっても大事なんだ。落ち着いて話をさせてくれ」
「……それはそう」
結局またソニアの横に座り直し、対面にイドリース殿下が座るというカタチでインタビューが始まりました。
離宮でナウファル殿下の声を聞くうち、ぼんやりして頭にモヤがかかった感じになったのだ、とソニアは言います。
「叔父貴は優秀な魔術師だが、それでも精神に干渉する魔術なんて気持ちを落ち着かせるとか、逆に興奮させるとか、その程度の域を出ない」
「ものすごい数の人を落ち着かせるのを見ましたけど、あの規模で人々を興奮させられるなら恐怖です」
「そう。優秀だろ。だが優秀な魔術師であろうと意のままに操るってのは薬の力がないとできないし、その薬はずいぶん前から使用を禁じられてる」
「そういえば禁制品だって言ってましたね」
いまいち話が理解できないのか、ソニアが首を傾げています。
「アタシ薬なんて飲んでないもん。あっ、ちょっとお茶返してよぉ」
「バカお前、話聞いてたか?」
「バカって言うほうがバカなんですー。話くらい聞いてましたー! でもお茶の話なんかしてないでしょ!」
「バカにバカって言っただけですー。つーか飲んだ覚えがなかろうが飲まされてんだよ! そしたらどういうことか考えりゃわかるだろ」
テーブルの上ではソニアとイドリース殿下が罵り合いながら、お茶を取り合っていました。仲良しだな……。仲良しなのかな……。
いえ、待ってください。それってこのお茶が危険ってことですよね。私も今気付きました。
「お茶に薬が?」
「ソニアちゃんが飲んだり食ったりしたモンの中に混入してるって考えるのが筋だろ」
「もしかしてハラーク公爵もですか?」
私がそう言うと、ソニアががばっと立ち上がりました。
誰の制止も聞かず一目散に部屋を飛び出します。
「アミルおじさん!」
あの猪突猛進なところ、誰に似たんでしょうか……。




