3-40 私の妹を
広間を出て、もうひとりの聖騎士さん……確かお名前をニルスさんと言ったと思います。そのニルスさんの待つエントランスまでたどり着いたところで、頭のはるか上のほうから声がかかりました。
振り返れば階段の上にネルミーン姫がいて、無言のまま深く頭を下げると、私が何か言うよりも先に姿を消してしまったのです。
「ネル……。できればネルからも詳しく話を聞いてみたいのだけど」
呟いた言葉に、後方から追いかけて来たイドリース殿下が間延びした声で否定しました。
「そりゃあ無理だろ。あれは敵の手先だぞ。今だって何も言えねぇから逃げたんだろうしなぁ。で、ネルミーン姫となんかあったのか?」
「何かあったもなにも……」
「ジゼル様、お帰りなさい。副総長はどちらに?」
エントランスに設置されるソファーから身体を起こし、ニルスさんが周囲を窺います。
ええと、何から説明したらいいのかしら。
「セレスタンくんは逃げた。そして、今日から俺がジゼルの婚約者だ」
「え? は? なんですって?」
ニルスさんはふわふわの癖毛を揺らして、ヨアンさんに説明を求めました。が、ヨアンさんも神妙なお顔で首を横に振るだけです。ね、どこから説明したらいいかわからないですよね。
逃げたって言葉も誤解を与えるけど、でもある意味では間違いじゃないと思うし……んもう!
「説明はあとで。先に神殿に戻りましょう。私は聖樹のところへ行きたいので!」
「まァ、そうだな」
「はーい」
イドリース殿下とヨアンさんがそれぞれに頷きます。ニルスさんは「えぇー?」と情けない声をあげたものの、それ以上は何も言わずついて来てくれました。
そのニルスさんからの情報によると、ソニアは神殿騎士の護衛を受けながら離宮を出て行ったそうです。ちゃんと守られているならいいのだけど。
「ねぇ、そう言えばニルスさんから見たソニアの様子、何か変じゃなかったですか?」
「変、ですか……? あ。確かにいつもなら笑顔で手を振ってくれるのに、今日はぼんやりとしてたように思います」
左斜めのほうを見ながら「うーん」と唸るニルスさん。ソニアの様子を思い出そうと頑張ってくれているんだと思います。
一方、ニルスさんの腕を掴んで引っ張ったのはイドリース殿下です。
「待て、ジゼルもお前もソニアちゃんに違和感があったってのか?」
「はい。ソニアは偉い人の前だからってあんなに神妙にするタイプではないし、伝統より自分や周囲の幸福を優先する子なので……。絶対おかしいとまでは言わないけど」
「自分はソニアさんのことをそこまで理解しているわけではありませんので、今日は機嫌が悪いのかな、くらいにしか思わなかったです」
足を止めて腕を組み、何事か考える様子を見せたイドリース殿下でしたが、突然顔を上げたかと思うと私の手をとってズンズン歩き始めてしまいました。
「ちょ、っと、どうしたんですか」
「神殿は後だ。先にハラークの屋敷に行くぞ。セレスタンはてめぇのことくらいてめぇでどうにかするだろうから、後回しでいい」
「は、何言って」
「つーかセレスタンのほうは親衛隊を捜索に出した。死体にして持って帰ってこようとする奴らがいるはずだからな、守る意味でも。だが、こっちはこっちで急がねぇと、ジゼルが死ぬ」
「私がっ?」
なに言ってんですかって思ったけど、イドリース殿下の様子がただごとではないです。全然冗談とかじゃなさそう。
ヨアンさんやニルスさんも腰にぶらさがる剣に触れながら私の周囲を固めました。もう騎士の顔になってる。
みんなマズコナクから急いで帰って来てまったく休んでいないのに、なんだか申し訳ない気持ちです。が、安心して憂いなく休むためにも頑張らないと。
ハラーク公爵のお屋敷は離宮から神殿を挟んで南西側にあります。
お邪魔するのは初めてだし、当然のことながらヌーラの記憶にもないので少し緊張しますね。ハラーク家はタルカラと神殿の守護者であり、国政には直接関わらないという特殊な家門です。そのせいか、お屋敷は無骨というか余計な装飾のない、城塞のような風貌でした。
王族用の馬車を降り、公爵家の従者に案内されるまま邸内へ。慌てた様子でハラーク公爵とソニアが出て来ました。ソニアもハラーク公爵も離宮で見たときのままの、煌びやかな装いです。ソニアのは恐らく、亡くなったエヴレンさんのドレスでしょう。
「先触れも出さねぇで悪いな」
「いえ、構いませんが……どうなさいましたか。我輩もつい先ほど戻ったところですが、あれから離宮で何かありましたかな」
「ん……詳しいことは後だ。ちっと、ソニアちゃんと話をさせてもらえると助かる」
イドリース殿下の言葉にハラーク公爵は何も言わず頷き、従者に私たちを応接室へ案内するよう言いつけました。
奥の二人掛けのソファーに私とイドリース殿下が、向かい側にソニアが座り、ヨアンさんとニルスさんは私たちの背後に立ちます。お茶が供されると、イドリース殿下が小声で「飲むな」と言いました。
「アタシに用があるって、なんですか」
やっぱりいつものソニアじゃない。
どこがと言われると困るけど、いつもならもっと甘えた声で「お姉ちゃん」って呼んでくれるはずなんです。
それに……私たちが無事にマズコナクから帰って来たことを、喜んでくれないはずがないのに! ほんの数日前には、出掛ける私たちをずっとずっと手を振りながら見送ってくれた子が。
「双子の結婚の話、誰から聞いたか教えてくれるか?」
「ええと……。ハラーク公爵と一緒に離宮に呼ばれて、元老院とかいうおじさんたちから聞きました」
「ソニアは王太子妃になるつもりだったの?」
「それがアタシの役目なんだって」
「誰が言った?」
私とイドリース殿下が口々に質問をします。ソニアはただ淡々と答えるばかり。
「覚えてません。そういうのは言うなって言われてるの」
「チッ。だから誰にだよ……」
言われてる、ですか。
やっぱりこれ、ネルミーン姫と同じで誰かに操られていると考えてよさそうです。
「……私の妹を」
「なんか言ったか?」
イドリース殿下を無視して、ソニアの隣の席へと移動しました。手をとるとやっぱりちょっとだけ冷たい。
私の妹を意のままに操ろうなんて、絶対許さないわ。




