3-34 タルカークの伝統なので
タルカラに到着した私たちは真っ直ぐ王家の離宮へ向かいました。
神殿に立ち寄る暇はなく、持参したドレスへ着替えることもできないため、ネルミーン姫にいただいたドレスで登城します。
通された広間にはたくさんの人が集まっていました。
正面の玉座に王太子オルハン殿下、その脇にビビアナ殿下とネルミーン姫が並んで座っています。王太子妃のいるべき位置にネルミーン姫までが並んでいるこの状況が、もはや異様と言っていいと思います。
何かあったのは間違いありません。だってイドリース殿下の言うとおりなら、姫がハーレムに入ることは決定していないはずですから。
オルハン殿下の左手側の列の先頭にハラーク公爵、右手側の列の先頭にはナウファル殿下がいらっしゃいます。質のいい服を着こんだ方々……もしかして彼らが元老院の人たちなのでしょうか。私たちに注がれる視線が鋭くて、薄らと排他的な空気を感じます。
なんだか怖いなぁと不安を感じたその瞬間、私の背中を何かが駆けあがっていく感触!
「ヒッ……!」
喉から悲鳴が漏れかけたけど、耳元で「にゅ」と聞こえたので慌てて口を噤み、さらにその鳴き声の主を隠すようにショールをまとい直します。
シマネコでした。外で待機する聖騎士さんに預けて来たはずなのに、なんでいるの!
王族が集まる離宮に魔獣を連れ込んだら死刑確実だぞって、イドリース殿下にも繰り返し言われたから置いて来たのに……ていうか、脅すくらいなら神殿に寄る暇くらい与えてほしいってものです。
人々の視線が一瞬こちらに集中しましたが、素知らぬ振りで通します。
「ジゼル様?」
「だ、大丈夫です……」
隣に並び立つセレスタン様が前を向いたままで囁きました。はい、すみません、静かにします。
イドリース殿下が代表して到着の挨拶を述べている間、私はさらに広間を観察します。この中のどれだけの人がビビアナ殿下と敵対しているのかしらと、なんともなしに考えながら。
タルカークは多民族国家で瞳の色は様々ですが、髪色は黒や茶色が多いみたい。だから美しい金色の髪の人はよく目立つわ――って、あれは!
「ソニア……?」
思わず口をついて出た言葉に、近くの人がちらりとこちらを見ました。
列の最後尾に座るソニア本人もゆっくりこちらを向いて、でも一切表情を変えないまま正面に向き直ります。その一連の動きに違和感が。胃の上のほうがぞわっとしました。あれは本当にソニアなの……?
いえ、私がソニアを見間違えるはずはありません。絶対にソニアです。だけど、ソニアはあんなに冷たい目をしない、とも言い切れます。何かがおかしい。
言葉にできない不安と恐怖で心臓がバクバク音をたてる中、オルハン殿下の静かな声が室内に響き渡りました。
「急がせて悪かった、よく戻って来てくれた」
「いえ。それで、この物々しい空気はなんです? 俺たちの歓迎の場とはとても思えない」
「イドリース殿下、それは非才から説明を」
ずいっと一歩前に出たのは王弟ナウファル殿下です。長い黒髪がさらりと揺れ、赤い瞳が射るように私たちを見つめていました。
「国王陛下が床に伏せられてから半年がたち、侍医ももう長くはもつまいと言います。一方、王太子殿下にはまだ御子もお生まれになっていない。これは由々しき事態です」
「こ、婚姻の儀が延期になったんだから――」
仕方がないだろう、というイドリース殿下の反論をナウファル殿下は首を横に振ることで封じます。
「婚姻の儀は、正妃を迎えるためのものでございます。ですから正妃は後でお決めになればよろしい。先ずは後宮に妃を複数迎えられよと再三申し上げてきたのです」
タルカークにおける王位の継承順は正妃の息子が最も優先されます。が、側妃の子であろうと男子がいるなら安心だという話なのだと思います。
まだほんの少ししかこの国に滞在していないけれど、目的のためなら暗殺も魔術も厭わない人たちなのだから、貴族たちが次の王となるべき子を強く求めるのも理解できるような気がします。
そこで一度言葉を切ったナウファル殿下とバチっと目が合ってしまいました。こっちを見てる。
「ところでわが国には建国当初より伝えられる風習がありますね? ……ハラーク公爵?」
「そうですな」
ナウファル殿下が何を言おうとしているのかに思い当たって、ハッと息を呑みます。
マズコナクでイドリース殿下が言っていたことに違いありません。私かソニアのどちらかをオルハン殿下の後宮に入れようとしているのです。まさかもうこの話になるだなんて!
「ハラーク家に双子の女児が生まれたら、一方を王家に嫁がせると」
「は?」
そこで声をあげたのはセレスタン様でした。
スミレ色の瞳をまん丸にして、問いかけるかのようにナウファル殿下とオルハン殿下へ交互に視線を投げます。
が、ナウファル殿下はそれを意に介さず話を続けました。
「これはタルカークを興した偉大なる王の言葉であり伝統です。長い歴史の中で一度としてこの伝統を軽んじたことはありません。そして……聖女ジゼル様とその妹御ソニアさんはハラークの血をひく双子に間違いありませんね?」
室内の全員の視線が私とソニアに向けられ、その衣擦れの音でハラーク公爵の声はかき消されてしまいました。でも恐らく「はい」と言ったのだと思います。ナウファル殿下が満足そうに頷いているので。
ビビアナ殿下は背筋こそピンと伸びてはいるものの、最初からずっと目を伏せたままです。何を思っていらっしゃるかはわからないけど、でも眉のあたりに苦悩が感じられます。
私は……私も……ソニアと話をする暇は全くなくて、何が正解なのかわからなくて。ただただ服の上からポケットに入れたままの簪を撫でるばかりでした。
ナウファル殿下はソニアの名を呼んで立たせます。ソニアは表情を変えず真っ直ぐ前を見たまま立ち上がりました。
「ソニア・チオリエさん。貴女か姉のジゼルさんのどちらかは王家へ輿入れしなくてはなりません。しかしジゼル様には聖女としての責務もあり、王太子妃として後宮に留まることは少々難しい。そこでソニアさん、非才は貴女こそが王家へ嫁ぐべきだと考えますが、いかがでしょう」
「はい、アタシは――」
「待て待て待て!」
ソニアが何か言おうとするのをイドリース殿下が大きな声で止めます。
ああ、私ももう決断しないといけないんだわ。




