1-7 予言ですって?
ソニアのせいでどうして私がこんな目に遭わないといけないのかしら。お金なんてないし、何を持って行ってもいいから早く出て行ってほしい。どうせこの家には何もないのだし。
ドアを壊して屋内へ入って来た男たちは、息を殺しながらゆっくりと二階へと上がっていきます。もうドアを壊す時点で十分騒いでるんだから静かにする必要ないのでは……?
「ね、ねぇあんなにうるさくしたんだから、だ、誰か来るんじゃないかな。ジ、ジゼルも起きてると思うよ」
「左隣のじーさんは耳が遠いし、右隣はいま娘の嫁ぎ先に遊びに行ってっから大丈夫だ。だから今夜しかねぇってさっき言ったろ。まぁジゼルに無駄に騒がれても面倒だし、先に話つけとくか」
そんな会話が聞こえてきました。彼らの気配はもう二階にあって、私の姿を探しているようです。
私やソニアの部屋の扉を開ける音、クローゼットの中を確認する音。私がいないからでしょうか、困惑する様子が伝わってきました。そして床板を軋ませながら階段をおりて来ます。
「ど、どこかに出掛けてるんじゃないかな」
「いや。ランプがまだ温かかったから、ついさっきまでここにいたのは間違いねぇ。家の前は一本道だし俺らに気付いてから外に出ても絶対わかるだろ、だからどっかに隠れてる」
「そ、そんな大きい家じゃないよ。か、隠れるとこなんて」
「たかが知れてんだからそこを探せよ。勝手に家入っちまったんだから、きっちり話つけねぇと面倒なことになるぞ」
桶があるだけの狭いバスルームや、掃除道具などガラクタを放り込んである納戸をバタバタと開ける音。それと同時に、屋内を探るようにゆっくり歩き回る足音も。
――ギッ……ギギッ……
床の軋む音が少しずつ近づいて、私が隠れているところの真上の板が微かにたわみました。音が鳴るたびに痛いくらい心臓がぎゅっとなって、ちゃんと呼吸できているのかもわかりません。息を吸うのと吐くのと、順番がわかんない。ただ声を出してしまわないように、ハンカチで口を押さえます。
「見つけた」
足音が止み、代わりに男の鼻歌が聞こえてきました。
床下収納の蓋となっている頭上の板がゆっくりと持ち上げられていきます。彼らの持って来たランタンでしょうか、暗かった収納部に光が差して私は恐ろしいやら眩しいやらで目を強く閉じました。何か別の荷物と勘違いしてくれないかと、祈るように身体を小さくします。声は出ません。出そうとしても、ハッハッて犬の呼吸みたいな掠れた音しか出ないのです。
次第に瞼の向こう側に感じられる光量が大きくなって、恐怖に飲み込まれそうになったとき。頭上の板が突然閉じられて私の周囲は再び真っ暗闇となりました。
そして聞こえてくるのは鼻歌ではなく、家具が引き倒されたり何かを殴ったりするような粗暴な音。それにうめき声も混じり合って、何が何だかわかりません。仲間割れ、というわけでもなさそうだけど……。
暴れまわる音はそう長くは続かず、すぐに静かになりました。
「ジゼル、そこにいるのか」
静けさを取り戻した我が家に最初に響いたのは低いけど温かい、セレスタン様の声です。どうして彼の声がするのかわからなくて混乱しています。
「もう大丈夫、怖くない。開けてもいいかな?」
返事ができずにいると、しばらくしてから「開けるよ」と穏やかな声。板が持ち上げられると、やはり眩しくて腕で目を覆ってしまいました。
「怪我はないか? ゆっくりでいいから、顔を見せて。安心させてくれないか」
なだめるような声音に私の緊張や呼吸も少しずつ落ち着き、腕を下ろしました。顔を上げるとすごく苦しそうな表情のセレスタン様がこちらを見つめています。
「セレ……スタン様。どうして」
「説明はあとだ。立てるか?」
彼の伸ばした腕は力強く私を抱え上げ、狭い床下収納から救出してくれました。彼の腕の中から周囲を窺うと、ふたりの転がる男の姿が目に入ります。確か彼らは金貸しと雑貨屋の店主です。
身体を離したセレスタン様が私の頬と目尻を親指で拭い、大きく息を吐きました。
「間に合ってよかった」
「ありがとうございました。もう、どうなることかと」
指先はまだ震えています。彼はそんな私の肩にご自身のジャケットを掛け、出入口の方を手で指し示しました。
「ドアが壊れてる。今夜は俺と一緒に教会の世話になろう」
そうして連れられた教会ですが、こちらはこちらで大騒ぎになっていました。なんと司祭様が聖騎士によって捕らえられたというのです。
聖騎士とは聖女様をお守りするために結成された王国の組織ですが、異端者の調査や聖職者の取り締まりなども職務に含まれています。彼らに捕らえられたというのであれば、司祭様は聖職者としての地位を利用して悪さをしたということになります。
私は教会内の一室へ案内され、セレスタン様と向かい合うようにソファーへと腰掛けました。応接室と思われる部屋で、肩に掛けられた彼のジャケットを胸元できつく合わせて深呼吸をひとつ。
「もう、何がなんだか」
「司祭は聖女の名を使って多くの人に寄付や献金を迫り、さらにそれを自分の懐へ入れていた。俺はその調査でここに来ていたんだ」
「え? では聖女を探して保護するというのは」
「調査の過程で、この街には本当に聖女と呼ばれる存在がいるということがわかってね。俺は聖女が本物かどうかを確かめる術も資格も持たないから、ソニアを王都へ連れて行くことにしたんだ」
「そういうことでしたか」
聖女の確認方法についての話でセレスタン様が「詳しくは知らない」と言っていたとき、聖女を探しにいらしたのに方法さえ知らないなんて不思議だわって思ったのですが、なるほど。聖女探しが彼の本来の職務でないのなら納得です。
助祭様があわあわしながらもお茶を用意してくださって、それを一口いただくとやっと生き返ったような気持ちになりました。
ほう、と息を吐いた私に彼は神妙なお顔で口を開きます。
「と言っても次代の聖女が見つかるかもしれない、という情報に誰もが浮き立ってな。聖女探しのために各地を放浪していた選別担当が急遽こちらへ来ることになった。で、折良くタラン渓谷付近で担当者と合流できたわけだ」
「聖女探しは急務だとおっしゃってましたもんね。やはり探し回っていらっしゃったのですね。それでセレスタン様は本来のご自分の職務のために戻ってらしたと?」
セレスタン様はゆっくりと首を横に振りました。緩慢な動作は何から伝えるべきか悩んでいるようにも見えます。
「いや。実は君の言った通り、雨が降ったんだ。おかげで我々は大きな被害もなかったんだが……つまり、君は予言をしたことになる」
「はい? 予言ですって?」




