3-26 双子と伝統
花がほとんど咲いていない無骨なお庭を私とイドリース殿下が並んで歩き、その後ろにはヨアンさんとニルスさんが付いて来てくれています。
乾いた風が通り抜け、草がカサカサと音をたてました。
「夜は涼しいですね」
「ああ。……昼間は悪かったな、ノスラットも悪気があったわけじゃない」
「執事さんですね。ネルミーン姫もいらっしゃったし、警戒するのは仕方ないと思います」
「それなぁ……。ジゼルが思ってるのと違う意味で警戒してたんだ」
ジゼル……!
突然の呼び捨てに驚いたものの指摘する空気じゃありません。まぁ、イドリース殿下は誰にでも距離をつめて接する人っぽいので、たいした意味はなさそうだけど。
「違う意味?」
「ジゼルたちを疑ってたことには変わりねぇけど、そもそもノスラットが本当に警戒してたのは、ネルミーン姫のほうってこと」
言っている意味がわからなくて、理解するのに時間がかかってしまいました。
だってあのお姫様は普通の恋する乙女でしたし、警戒が必要な雰囲気はまったく感じられないので。
「ネルミーン姫は兄貴のハーレムに入ろうとしてる。言わば敵陣営だ。叔父のファランはこっち側。姫の到着っていう混乱するタイミングに『野盗だぞ』なんて言われてもなぁ、兵士をいたずらに分断させたくねぇだろ」
「ああ……」
ネルミーン姫ご本人は悪いことを考える人ではなさそうですが、神官殺しの犯人と関わりがないとは言い切れない、ということですよね。彼女の周囲の人間にも警戒しないといけないわけで。
「ネルミーンは善人だ。でも絆されちゃダメってことだな」
「もう複雑すぎて誰を信じたらいいのか」
「誰も信じるな、だ。この国の貴族は誰も彼もが他人を利用しようとする」
「イドリース殿下も?」
冗談のつもりで言ったのに、返事もないまま殿下は空を見上げました。
つられるように私も上を見れば、真っ黒な空を埋め尽くすキラキラの星々。空気が乾いているせいか、アルカロマで見るより星がハッキリクッキリ見えるような気がします。
「ジゼルとソニアちゃんは双子だろ。で、双子だから親父さんはタルカークに戻って来なかった」
「え? まぁ、はい。それが何か……?」
「理由があんだよ。タルカークの初代国王の時代から連綿と続く伝統でな。『ハラーク公爵家に女の双子が生まれたら一方を王家に嫁がせるように』って」
「ええっ? なんですか、それ」
驚く私に、イドリース殿下は淡々と説明してくれます。
「まず初代が双子だろ。片割れは大精霊と一緒に旅に出て、残ったほうが国を興した。その子もまた双子で、一方が玉座を継ぎ、もう一方がハラーク公爵位を得た。そして初代は国と子孫、双方の繁栄という祈りを込めて、ハラークの双子を王家へ嫁がせるようにと命じたってわけだ」
教典のタルカラの章にも最初の聖人が産み落としたのは双子だと書いてあります。それに殿下の言うとおり、大精霊と一緒に旅に出たのは双子のうちの一方だけだとも。
ただ、双子にまつわる決め事が今日まで受け継がれてきた、というのには驚きました。
そういえばタルカラへ来た最初の日、私とソニアが双子だって知ったときにハラーク公爵とイドリース殿下が何か言いかけていたっけ。
「えーっと、本当だったら私かソニアが王家に嫁いでただろう、って話です?」
「いや、今まさに元老院ではそういう方向で話が進んでるって話だ」
「は? えっ、なんで? というか、そんな情報まで漏れてるんですか?」
大きな声を出してしまったせいで、一歩離れて護衛してくれている聖騎士のふたりが目を白黒させています。ごめんなさい。
「親父の生家を探すためとはいえ、ソニアちゃんが派手に動いたからなぁ。なんでって、敵陣営は双子を利用するつもりだってことだよ。伝統を持ち出せば兄貴も一考くらいはしないといけねぇだろ」
利用するという言葉で、最初の話に戻ってきたことに気付きました。突然何を言いだすかと思ったけど、ちゃんと話は繋がってたみたい。
「そんなの、検討するだけ無駄です。だって結婚させられたところで、私たちは敵の思う通りになんて動きませんから」
「ハーレムを作らせるのに有効なんだよ」
「んん?」
「ビビアナ妃殿下をアルカロマに送り返すことはないだろ。アルカロマとの関係まで悪化させるつもりはねぇからな。そんで、伝統を守るために双子を娶ればハーレムの出来上がりだ。そうなったらもう、嫁の数なんかふたりも三人も同じなんだから、ネルミーン姫だろうが誰だろうが手駒を後宮に送り込めるようになる」
もう言葉もありません。
確かに相手方はそれくらいのことならいくらでもやりそうですし。
イドリース殿下は深い溜め息と一緒に「神殿騎士の中に操られるようなバカがいるから情報も漏れるんだよな……」とこぼしています。
「そしたら、どうすれば……」
呟いた私に、イドリース殿下が足を止めて向き直りました。
その翠色の目は真剣な色を帯び、私は思わず息を止めて彼の言葉を待ちます。
「ジゼルと俺が結婚すればいい」
「……え?」
「双子が嫁ぐべき王族の範囲は、王あるいは王太子の兄弟も含まれる。娘が生まれれば次の王に嫁がせる条件でな。これで伝統は守られ、兄貴は後宮にビビアナ妃殿下だけを迎えられるだろ」
「いくらなんでもそれは」
「もちろんジゼルが嫌がれば、アルカロマ側から断ることはできるだろうな?」
語尾のあがった彼の、言外の言葉は「だがソニアは断れないぞ」でしょう。
私は聖女だから意に沿わなければアルカロマが守ってくれるけれど、平民であるソニアは外交に利用されるぞ、と。
脳裏にセレスタン様とソニアの顔が交互に浮かんでは消えていきます。
「結婚しよう、ジゼル」
草の擦れる乾いた音に載せて、イドリース殿下が再び囁いたのでした。
すっかり曜日感覚がなくなっていてランダム更新になってしまいました…!
次は金曜に!




