3-24 宴のはじまりです
お喋りしましょう、と言ってもお互いにマズコナクへ到着したばかりの身。城へ入るとすぐにネルミーン姫とは一度別れ、それぞれの客室へと案内されました。
旅装を解き、身支度を整えてからファラン殿下へご挨拶です。
首都イスメルやタルカラにある宮殿とは違い、ここは城塞と言うだけあって堅牢で、華美な装飾品はあまりありません。
謁見室を兼ねた広間へ入ると部屋の奥の玉座に線の細いブロンドの男性が座っています。ブロンドといっても白いものが多く混じっているけれど。
男性のそばには先ほどの執事が控えていました。また、ネルミーン姫の御一行の姿はなく、男性ばかりで威圧感があります。
「久しいな、イドリース」
「叔父さんの治める土地に、親衛隊は用がねぇからな。段々と足が遠のく」
「身内でも油断はするなよ」
「叔父さんだけだ」
玉座の男性……ファラン殿下が微笑みます。年齢は伯父のハラーク公爵より上でしょうか。病床に伏せっている王様の、一番目の弟君だったと思います。
スラっとしていて、どこか影のある感じは末弟のナウファル殿下とよく似てらっしゃるし、そういえば王太子のオルハン殿下も似た面差しで……。っていうか、イドリース殿下だけが元気ハツラツすぎるんだと思いますけど。
お互いに自己紹介や簡単な挨拶を終えると、ファラン殿下が微かに頭を下げました。
「まずは聖女ジゼル殿に謝罪を。ノスラットがずいぶん失礼を働いたと聞いた」
ファラン殿下の視線が傍らの執事へ向けられ、ノスラットと呼ばれた執事は深々と頭を下げます。片眼鏡から下がる金色の細いチェーンが揺れキラキラ光りました。ノスラットって言うのね、あなた。
「いえ……疑うことは大事だと思うので……」
「ネルミーン姫も来てたしタイミングが悪いのはまぁ理解するけどよ、確認しねぇのはクソだ」
「今回は儂の顔に免じて許してくれ。ところで、野盗が暴れたようだな。街道の警備はしていたはずだが……親衛隊からの信頼を裏切るようで心苦しい限りだ」
イドリース殿下が室内をぐるりと見回してから、首を横に振ります。
「あれは仕組まれてた」
「え」
びっくりした。
思わず横に立つイドリース殿下を見上げたけれど、彼は真っ直ぐファラン殿下を見つめたままで。逆側に立つセレスタン様へと目を向ければ、苛立った表情ではあるけど驚いた様子はありません。
逆にファラン殿下のほうが少し驚いた風な声をあげます。
「ほう?」
「狙いは聖女ジゼルだ。滞在中も、目立たねぇように警備を増やしといてくれ」
「了解した。……さて、疲れただろう。食事を用意してあるから、歓迎の宴といこうじゃないか」
僅かに緊張感を孕んだ空気を切り替えるように、ファラン殿下がパチンと手を叩きました。
同時に私のお腹が「グゥ」と空腹を主張し、全員の視線を集めます。なんでこのタイミングで鳴くのでしょうか、私のお腹は!
ククっと笑ったセレスタン様に手を差し出され、一緒に歓迎パーティーの会場へと向かいました。
会場にはネルミーン姫もいらっしゃって、着飾った女性たちが踊ったり歌ったりするのを眺めながらお酒と食事を楽しみます。
ファラン殿下はカウチに横になって、若い女性を侍らせながらお酒を飲んでいらっしゃって。男性陣はふかふかのカーペットに車座になって宴会です。
セレスタン様もお酒を断り切れなかったようで、グラスを片手に談笑しています。タンヴィエ公爵家の名前を出されてしまうと外交の色を帯びるので、仕方ないといえば仕方ないですね。
私の護衛にはヨアンさんとニルスさんがいてくださるので大丈夫。ただヨアンさんもお酒が飲みたいみたいで「副総長め!」と愚痴っているのがかわいそうで笑っちゃうけど。
私とネルミーン姫も最初のうちは輪の中にいたのですが、お酒が深くなった頃にネルミーン姫に誘われて部屋の隅へ移動しました。
「アルカロマとは文化が違うので驚いたでしょう?」
「そうですね、床に直接座ることはあまりないかも」
頷き合う私たちの前にこんがり焼けた丸い円盤状の食べ物が置かれます。ネルミーン姫は「わあ、キュネフェね!」とにっこり。
給仕係が取り分ける際には、生地の中の白いものがぐーんと伸びました。なんだこれ。
「それに、男性たちの話に女が混じるのも良くないと言われるの。それはもちろん、女性を守るためよ。政治の話なんて血生臭いことも多いでしょう?」
「女性が政治にあまり関わらないのは、アルカロマも同じかもしれません」
ナイフとフォークでひと口サイズに切り分けるも、やっぱり白いのがびよんと伸びて。これ、チーズかな、チーズだと思います。口に入れると、まずは表面にかかったシロップの甘みが口いっぱいに広がって。
生地はサクサクですが、中のチーズがとろーりもっちもち。このお味、この食感……癖になりそう。
「どこもそうよね。……ね、ね、聖女様ってあの男の人のことが好きなのでしょう? えっと……タンヴィエ公子?」
「ええっ! なななん、なん、なんで急にそんな」
チーズが! 喉につまる!
慌ててワインを流し込んで事なきを得ます。
「見ればわかるわ。三秒に一回は彼を見るでしょ」
「見てません」
「ムキになるところが『そう』ってこと。でも羨ましい。あたくしはお慕いしている方の傍にはいられないもの」
ネルミーン姫の手が止まり、目はどこか遠くを見ているようで。
「そうなんですか。身分違い、とか?」
私も、セレスタン様とは身分が違いますから。聖女と騎士という関係があるから近くにいられるだけで、それ以上を望むことは難しい。ベアトリスさんだって、「古い考えのご老人たちが公爵夫人には相応の家の娘をって譲らない」って言ってましたし。
だからネルミーン姫もそうなのかしらって思ったのですが。
「いいえ。あたくしね、結婚相手が決まっているの。今はオルハン王太子殿下へ輿入れするため、タルカラを目指しているところなのよ」
「……え? オルハン殿下……。え?」
オルハン殿下といえばイドリース殿下のお兄様で、王太子で、ビビアナ殿下の旦那さんです。
私はビビアナ殿下とオルハン殿下のご結婚の儀式をするために、神官になれって言われてタルカークに来たわけで。
それでそれで、オルハン殿下は正妃ひとりしか娶るつもりはないって言ってたはずなんですけど。
一体どうなってるんですか、これぇ?




