3-23 すごく警戒されています
城の門には瀟洒な意匠の馬車が停まっていて、従者や従者のものと思われる馬もたくさんいました。
貴人が到着したばかりという状況なのは明白であり、だから彼らが外国人である私たちを警戒するのはもっともだと思うのですが。
とは言えこちらにも事情があります。一刻も早くファラン殿下に状況をお伝えしないといけませんから。
怪しい者ではないと言うかのように、セレスタン様が力強く一歩前へ出ました。
「こちらは聖女ジゼル様、私はその護衛でありルサーリィ聖騎士会副総長セレスタン・ド・タンヴィエである。アルカロマより参った。マズコナク知事ファラン殿下にお目通り願いたい。イドリース殿下から先触れも出してあるはずだ」
「そのイドリース殿下の姿が見えぬようだ。信じられんな、聖女を騙る不届き者では?」
相手の男性はこちらを強く睨みつけますが、その立ち姿には品が感じられます。旅装ではない綺麗な衣類から考えて、恐らくファラン殿下の従者。中でも地位の高い方……執事でしょうか?
ただその瞳には不審と侮蔑の色がありありと見え、交渉は難航しそうだと胃がキリキリ締め付けられます。
「あなた方が疑うのも無理はない。が、野盗に襲われたため聖女様の保護を優先して我々はマズコナクへ来た。殿下へ応援を送りたく、ファラン殿下に取り次ぎを頼みたい」
「口ではどうとでも言える。マズコナクの兵をおびき寄せる敵の策でないとも言い切れぬ。おい、門を閉めろ」
「待ってくれ! 我々は決して――」
「警備兵、この者たちを排除しろ」
執事らしき男性の指示に従い、門を守る警備兵がふたり私たちのほうへやって来ました。片手は腰の鞘に添えられていて、いつでも剣を抜く準備はできている、という感じ。
隣に立つセレスタン様は私に聞こえるくらいの小声で「くそ」と悪態をつきました。私も同じ気持ちです。
大人しく放り出されるわけにはいかないし、かと言って抵抗して戦闘になっても困りますし。守るように私を隠したセレスタン様の背中から、たまらず私も声をあげました。
「待ってください。せめてどなたか確認しに行ってもらえませんか! イドリース殿下が怪我をされてるかもしれなくて!」
「ええい、しつこいぞ!」
「お待ちなさい」
騒然としたこの場をピタリと静かにさせたのは、若い女性の鈴を転がすような声です。決して大きな声ではないのに、よく通って耳に心地いい。
見れば美しい装飾の施された馬車から、従者に支えられながら薄茶色の髪の女性が下りて来るところでした。
「ネルミーン姫、危のうございます」
「おまえたちが守ってくれるでしょ? あたくし、聖女様とお話してみたいの」
「あの者が聖女などと、そんな戯言に耳を傾けてはなりません」
「うふふ、冗談はよして。おまえの仕事はこの件をファラン殿下へお伝えすることよ。なぜおまえが聖女か否かを判断するの? 彼らの言葉が真実であったなら、おまえの首をはねるだけでは到底足りないのに」
思わぬ助け舟でした。
ネルミーン姫と呼ばれた小柄な女性の言葉ひとつで、警備兵が動きを止めてくれたようです。よかった、これでもう少し話を聞いてくれるかもしれない。一歩前進だわ。
とはいえ執事らしき男性も引きません。
「ルブロザルの城はよほど安全と見えますな、ネルミーン姫。よそ者への警戒心が不足しておられるようだ」
ルブロザルってどこかしらと首を傾げた私に、セレスタン様が「南のルゥデアとの国境にある、タルカークの従属国です」と教えてくれました。
ルゥデアは敵国ですから、その国境にあってしかも従属国……なんだか大変そう。具体的にどこがどう大変かはちょっと言葉にできないですけど、執事らしき男性の嫌味な言い方を見ても色々と苦労がありそうです。
「おまえは言葉を正しく聞き取れないようね? 警戒するななんて誰が言ったの」
「お言葉を返すようですが――」
「おいおいおい。なんの騒ぎだよ、これは?」
従属国とはいえ一国の姫に口ごたえする執事。そんな異様な光景に驚いて言葉を失っていると、どこかから大きな、そして聞き慣れた声が飛んできました。
遠巻きに成り行きを見守っていた民衆も、門の向こうの貴人や従者たちも、全員の視線が私たちの背後に注がれます。振り返ればそこにいたのはイドリース殿下率いる親衛隊と聖騎士二名で。
砂ぼこりこそ全身についているものの、パッと見たところ怪我はないようです。駆け寄ってよく見てみたけれど、やっぱり怪我は確認できませんでした。
「イドリース殿下! ご無事でしたか、ひどい怪我を負ったんじゃないかと思って」
「お、心配してくれたのか? そりゃあ嬉しいな」
にやりと笑いながらも、次の瞬間には執事らしき男性を鋭く睨みつけます。
「なんで聖女を追い出そうとしてんだ? 行くって言ったよな?」
「あ、あ、あ、あなた様の、イドリース殿下のお姿がありませんでしたので聖女であるとの証明がなされず」
「だったら追い出さねぇで確認とるモンだろうが、普通は。ったく、もういいや。早く城に入れろ。あと野盗どもを向こうに積んどいたから牢に運んどいてくれ」
イドリース殿下がさらに後方を指差すと、私とセレスタン様を追い払おうとしていた警備兵ふたりは急いでそちらへと向かいました。
これで一件落着かしらと胸を撫でおろし、イドリース殿下に導かれるままに門の向こうへ。
すると、ネルミーン姫が従者の制止を振り切ってこちらへ駆けて来たのです。
「聖女様! 聖女様にお会いできるだなんて、なんて光栄なのかしら」
「あ……と、先ほどはありがとうございました」
「いいえ。あたくしでは力が及ばず。イドリース殿下がいらっしゃって本当によかったわ。だけどね、あの男……ファラン殿下の執事は昔から好きじゃなかったから、ちょっとスッキリしました。んふふ」
執事らしき男性はやっぱり執事だったみたいです。ネルミーン姫は彼と言い争っていたときよりも、少し幼く感じる表情と声色でまくし立てました。
そして私の腕をぐいぐいと引っ張り、「お喋りしましょ」と言いながら城へと一緒に入ったのでした。




