3-20 そのプロポーズ、冗談ですよね
昔話と言ってもミズネコの言葉は片言ですし、必ずしも正確に聞き取れたかというと少々疑問ですが……。
要約するとミズネコはかなりの長寿である一方で、魔獣としてはとっても弱いそうです。通常は湖などの水辺に暮らす生き物ですが、彼は捕食者から逃れるように地下水脈近辺に棲みついた。そこでヒトに出会い、神と崇められるようになったとか。
しかしある日、地下貯水池を作ろうとしたヒトがやって来た。彼らはミズネコとは違う神を奉じているため殺されかけたが、それを助けたのが聖人だったそう。
そして、人々がミズネコに危害を加えないようにするから、水を綺麗に保ってくれと言われたんだと言いました。ヒトの言葉も、長い共生の末に覚えたのだとか。
「もしかしてこの神像、お前か? だとしたら長寿すぎるだろ」
「ヒトすぐ死ぬ」
「しかしこの岩窟群に手を出すなと言われる理由はわかりましたね」
ここまで古い遺跡が手付かずで残っていることにはびっくりしましたが、なるほど、そういうことなら納得です。今でこそ理由までは伝わっていなかったようですが、今日まで禁忌が守られてきたのですから素晴らしいことだと思います。
「なんか……青い毛皮って流行りそうだよな」
「シャーッ!」
「冗談だって」
ミズネコは毛を逆立てて水の中に逃げてしまいました。
本当に冗談なのかはちょっとわからない。っていうかイドリース殿下の目が笑ってないです。
「お言葉ですが、そういった冗談は信頼関係を損ねますよ」
「セレスタンって見た目の割にそういうとこお堅いよな」
「なんです、見た目の割にって」
「それはそれとして。いったんタルカラに戻るとすっか。水質調査とか、運搬方法とかはあとで考えよう。兄上にも報告しねぇとだし」
イドリース殿下の言葉に全員が頷きます。綺麗そうな水を見つけられたんですから目的は達成していますしね。
と話がまとまりかけたところで、水面から声がかかりました。
「タルカラ、繋がってる」
「え、もしかして水路があるの?」
「ある。使ってない。使えるかわからない」
「ははーん。じゃあ、近いうちにそれ調べる奴を寄越すから案内してやってくれよ」
「ニャ!」
ここまでトントンっと話が進むなんて思ってもいませんでした。この水でどれだけの人を救えるのかはわかりませんが、解決とは言わずとも多少は緩和できるわけです。なんだか嬉しくなって、跳ねるように階段をいくつか上がりました。が。
大事なことを思い出して再び駆け降ります。セレスタン様も慌てて追いかけて来ました。
「ねぇ、貯水池はもうひとつあると思うのだけど、そっちはさすがにミズネコ……の仲間はいないわよね?」
「兄弟いる。たまに会う。元気」
「いるんだ」
「マズコナク、もっと西。あっち暑い。嫌い」
「マズコナクだ? こっから三日以上かかるな」
うへぇーとイドリース殿下が肩をすくめました。
そして子どもをあやすように私の頭をぽんぽんと手のひらで軽く叩きます。
「だが、マズコナクに水があることも、その水が綺麗だってこともほぼ決まったようなもんだからな。さっすが聖女サマってわけだ。やっぱ俺ンとこ嫁に来いよ、大事にするぜ」
「えぇっ?」
「殿下、下手な冗談は信頼関係を損ねると申し上げたばかりです」
「これは冗談じゃねぇけど、まぁまた今度な」
ふははと笑って、そのまま階段をのぼっていきます。
まったく、きつい冗談が好きな人は反応に困ってしまうわ! とは言え置いて行かれると明かりがなくなってしまうので、私とセレスタン様も彼を追いかけるように階段へ足をかけました。
「ミズネコ、ありがとうね。これからまたよろしくね」
「ニャ! あ、……お前」
「俺、か?」
「そう、お前。聖人の番。しっかり守れ」
「は?」
セレスタン様が聞き返しましたが、ミズネコは返事をしないままトプっと水の中へもぐってしまって。私たちは顔を見合わせます。
「つがい? ってなんです?」
「さぁ? 魔獣の言うことですから、あまり真に受けないほうが」
結局ミズネコの言葉の意味はよくわからないまま、タルカラへ。
途中、例の倉庫に親衛隊の姿がなかったので、事件に進展があるかもしれないと喜んでいたのですが……。タルカラに到着した私たちを待っていたのは、あまりにも残念なお知らせだったのです。
「は? もう一回言ってくれ」
イドリース殿下は神殿の門の前で私たちの帰りを待っていた親衛隊さんに、鋭い視線を向けました。
門の向こう、つまり神殿の敷地内では、親衛隊も神殿騎士もみんなが忙しそうに行ったり来たりしている様子が見えます。
「み、見張りを命じられた例の倉庫に、複数の男が荷物を取りに来たため捕縛しました」
「そりゃわかる。戻る途中に確認したら見張りがいなくなってたからな」
「しかし神殿への移送中に死なせてしまい――」
「死なせたって、事故か? それとも自分でってことか?」
「自分で、です。毒を飲んだようでした」
イドリース殿下の特大溜め息。
その可能性を考慮しなかったのは、確かに親衛隊さんの落ち度と言えるかもしれません。でもまさか死を選ぶだなんて。忠義からなのか、それとも操られてのことなのか……それさえ、今はもうわからないのですけど。
「まぁいいや。倉庫の監視は続けとけ。あと王太子殿下に報告。倉庫そのものの調査はそっちに任せりゃいいから」
「はい!」
返事とともに猛スピードで走って行く親衛隊さんを見送りつつ、私たちも馬を進ませて門の中へと入ります。
お昼を大きくまわっているせいか、お腹がグウと盛大に鳴りました。
「緊張感のねぇ腹だな!」
「イドリース殿下はデリカシーがないです!」
「あははは! そうか、そりゃ悪いな。今日はもうゆっくりして、明日の朝には早速マズコナクに行こうぜ」
セレスタン様が私を抱き上げて馬から降ろし、イドリース殿下を仰ぎます。
殿下の馬は疲れたのかブルルと鼻を鳴らして俯きがち。
「三日以上かかるとか?」
「急げば三日かからないで行けるかもな。今日みたいに最少人数でぶっ飛ばして行こう」
「戻るまでに儀仗杖は直るでしょうか」
「あーな。この後ハラーク公爵んとこ行くから、それも確認しとく」
「お願いします。早々に婚姻の儀を進め、ジゼル様には無事アルカロマへお帰りいただきたい」
それに対してイドリース殿下は、フンと鼻を鳴らして馬から飛び降りました。
私は背の高いおふたりを見上げながら、このやり取りをただ見ているしかできません。というか口を挟めるような雰囲気じゃないです。
「アルカロマに帰すと思うか? さっきプロポーズしたの、覚えてねぇのかよ」
「え」
「そ、そういったことは国の――」
「手続き踏めば文句ねぇんだな?」
セレスタン様はそこで唇を引き結びます。
なんでこんな話になっているのかさっぱりわからないんですけど! 私の意思とかすっかり忘れられてるっぽい……!




