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1-6 寂しさと清々しさが半々で


「あ。あーやっちゃった」


 部屋へ戻ると返し忘れたセレスタン様のハンカチが机の上に置いてありました。

 起きた直後は覚えてたのに、ソニアの支度の手伝いをしてるうちに忘れてしまったみたい。もう会うこともないでしょうから、初恋の記念に貰っちゃおうかしら。


 その後、洗ったお皿やお鍋を料理屋さんに返してからパン屋へ出勤。日常が始まります。と言っても、お給料を前借りしないといけないし日常とは程遠いのだけど。

 この街に雨は降らなかったけど、昼を過ぎた頃に西の方に厚い雨雲が見えたのでもしかして本当に雨だったのかしらと緊張してしまいました。ソニアたちが何事もなく移動できてますように!


 常連さんたちはソニアのいなくなった影響を逐一報告してくれました。

 掃除をお願いしようと思ってたのにどうしたらいいのかとか、事情を知らない孤児たちが教会の前でソニアを待ってるとか。中でも驚いたのは、ソニアを取り合っていた男性たちが喧嘩を始めたらしいのです。我こそがソニアの恋人だと思っていたのにって。

 昨夜ばったり会った医者ジュニアの様子を鑑みるに、複数の異性からの好意を利用していたのでしょう。我が妹ながら恐ろしい話です。でも全員そろって振られたんだから仲良くしてほしい。


 女将さんに廃棄パンをぜんぶ貰ってもいいかって聞いたら、何も聞かずにいいよって言ってくれました。ソニアがいなくなった今、パンなんてひとつやふたつあれば十分だと彼女もわかってるはずです。だから私が何をしようとしているのかも理解しているでしょう。それでも駄目とは言わない彼女が好き。


 仕事を終え、教会からスラム街のほうへと歩いて行くと途中の空き地で孤児たちが身を寄せ合っていました。今日から仕事を貰えなくなってしまった子たち。少しのパンのためにせっせと草をむしっていたのに、今後はその少しのパンを手に入れる術さえない。

 そういう意味ではソニアの存在も必要だったのかもしれません。


「姉ちゃん!」


 そのうちのひとりが顔を輝かせてこちらに駆けて来ました。昨日、水場でお喋りをした少年、ロドです。


「聖女と話をしようと思ったんだけどね。王都に行くことになっちゃったんだって。ごめんね」


「しょうがねぇよ、それは姉ちゃんのせいじゃねぇし」


 紙袋ふたつぶんのパンを掲げて、空き地にいた子どもたちに「おいで」と声を掛けます。ひとりにひとつずつパンを配ると、みんな満面の笑みでそれにかぶりつきました。


「今日はこれをあげる。でもずっとはこんなことしてあげられない。君たちは今までちゃんと自分で働いて稼いでこれたんだから、みんなで力を合わせればこれからも生きていける、そうだよね?」


 パンを食べるのに忙しいのか、それとも自信がないのか誰も返事をしません。さてどうしたものでしょうか。思案してると、ロドがパンの半分を幼い女の子にあげながら不敵に笑います。


「オレがどうにかする! 働いてたのはオレらだし、オレらの顔覚えてる奴もいると思うから、仕事もらう」


「おー、頼もしいねぇ」


「姉ちゃんがこうして励ましてくれたからな。オレにとっての本当の聖女は姉ちゃんだよ。ありがとな!」


「じゃ、ロドの聖女である私がひとつ情報を授けましょう。金物屋の奥さんが聖女に掃除を頼もうとしてたみたいよ」


「よっしゃ! あとで行ってみるよ」


 子どもたちに見送られながら空き地を後にして家へと戻りました。いつものようにベッドの下から箱を引きずり出したところで我に返り、ダイニングでパンを食べます。日課というか生活の癖って恐ろしい。


「静か……」


 ソニアに愚痴を聞かされることのない夜は寂しさと清々しさが半々で複雑な気持ちでした。


 あの子が聖女、ですか。

 私はソニアのことをずっと、身内は顧みずとも他者のためなら動ける優しい子だと思ってました。でも彼女の真実を知ってしまった今、素直に聖女って呼んであげられません。

 聖女って、必ずしも清廉であるとは限らないんだなぁなんて。さすがに国に保護される正式な聖女ともなれば、今までのような悪さをすることはないでしょうけど。


 そんなとりとめのないことを、風の音を聞きながらぼんやりと考えているうちにずいぶん時間が経ったようです。寝支度を整えて一階の灯りを消し、二階の私室へと向かいます。


 私室の灯りも消して窓から入る星明かりだけを頼りにベッドへ。朝が早かったこともあって睡魔はすぐ近くにいます。うとうとと夢とうつつを行ったり来たりしている私の耳に、外を歩く人の会話が聞こえてきました。


「あのクソ女、騙しやがって。返すモン返してもらわねぇと」


「ぜ、全部持ってったんじゃないかな? なかったらどうする? そ、それにジゼルが家に入れてくれるかどうか」


 穏やかじゃない会話だと思ったら私の名前が出て来てびっくりしました。ソニアに騙されていた人たちかしら? それにしたって、こんな時間に来て素直に家に入れてもらえるわけがないでしょうに、どういうつもりなの。眠いのに会話が気になって落ち着きません。


「入れてくれるか、じゃなくて入るんだよ。被害者はコッチなんだからな。モノが無ければジゼルに弁償させればいいし」


「ぼ、ぼくはジゼルをあんまり怖がらせたくないな。ジ、ジゼルも可愛くて好きだ」


「なら帰れよ……いや、そうだな。確かにジゼルも可愛い。胸はあれだがソニアより引き締まって上向いたケツはなかなか。身体で誠意みせてもらうってのもアリか」


「ど、どういう意味」


 ほんとです、どういう意味ですか。なんだか嫌な予感がして、音を立てないようにベッドを出ました。どこかに隠れないとと焦る私を、幽霊の両親が導くようにキッチンへと誘導します。


 ほどなくして玄関ドアがガタガタと揺れ始め、男の声がしました。


「ジゼル、急用だ。開けてくれ。おい」


 開けさせるつもりがあるやり方だとは思えませんし、わたしはもう隠れてしまったので出られません。このまま諦めてくれればいいのですが。


 返事をしないでいると、そのうち体当たりするような音が聞こえてきました。私はキッチンの床下収納に丸くなって震えながら、部屋を出るときに思わず持って来てしまったセレスタン様のハンカチを握りしめます。



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