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3-15 夢でも猫はふわふわでした


 これは夢だと、すぐにわかりました。


 まず槍を持った重装兵が、同じく重装をまとった馬にまたがっています。

 軽装に杖や弓を持つ騎兵や、剣と盾、あるいは剣のみを持つ歩兵の姿も。彼らはタルカラから少し西側で起きた戦いに援軍として向かうのだそう。


 最も軽装と言える装いのまま馬に跨る男性が、拳を振り上げて兵士たちを鼓舞しています。

 彼は私の……いいえ、最初の聖人であるヌーラ様のご主人、エドリス様です。私はヌーラ様の身体と意識を持って彼を見つめている。そう、いつもの夢です。ここには私の意思も感情もなく、ただヌーラ様の記憶を追体験するだけ。


 ヌーラ様の記憶なのだと理解してからは、彼女の感情がダイレクトに私に影響を及ぼすこともなくなりました。自分の目で見て、自分の身体で体験する夢ではあるのだけど、他人事として一線を引けるようになったというか。

 エドリス様は相変わらず逆光で、そのお顔を見ることは叶いません。


「エドリス、エドリス待って!」


 いざ出発という段になってヌーラ様が駆け寄り、祈りを込めた青い宝石を彼の首に掛けました。革紐のペンダントは日に焼けた彼の肌で美しく輝きます。


「必ず無事で戻って」

「もちろんだ。会談の機会を掴み取ってくるよ」


 この戦乱の世ではどちらにも大義があって、誰が善で誰が悪だなんて単純に分けることはできません。この戦いだって仕掛けてきたのは相手方だけど、タイミング次第ではこちらから動いていた可能性もあります。勝利することで得られるメリットは計り知れないので。


 ヌーラ様とエドリス様は、旅の途中に妊娠が発覚した自分たちを快く受け入れてくれた、タルカラの民のために戦う道を選びました。と言っても、エドリス様は和平交渉の機会を得るための戦いであるべきという信念をもって出陣するし、ヌーラ様は戦う人々を癒します。


 大精霊様は夫婦の考えや行動を見定めるかのように何も言いません。ただその場にとどまってくれること、癒しの御業を与えてくれたことが答えなのだろうと思います。多分。


「ええ。きっと話せばわかるはずよ。彼らは水がなくて苦しんでいるだけだから」

「俺もそう思う。じゃあ、行ってくる」


 タルカラの旗を掲げた一団は砂ぼこりをたてながら、あっという間に地平線の向こうへと消えてしまいました。


 小国が乱立するこの地域では、大河から分かれる細い支流だけを頼りに生きる国もあり、そういった国にとって水不足は永遠の悩みです。

 タルカラとて水資源が豊富というわけではなくて……。


「どこかに泉でもあればいいのに」


 もし和平交渉の場を得られたなら、相手方は真っ先に水を欲するでしょう。今のままでも交渉はできるだろうけど、もっと豊富にあればと願わずにはいられません。

 ため息交じりに呟いたヌーラ様の目の前に、真っ白な猫が現れました。


『ならば面白い場所がふたつばかりある。なに、()が案内してやろう』


 猫が喋った! って驚く私などどこ吹く風で、ヌーラ様は「お願いします」と猫を抱き上げます。

 そう、このニマっと意味深に笑う猫は大精霊様なのです。夢の中のヌーラ様がそう認識しているから多分そう。


 もちろんこの日この時が猫の姿だったというだけで、私が普段見ている小さな精霊様と同様に、その姿は固定されていないのだろうと思いますが。


 そんな会話を機に夢の中の場面はパチっと様変わりして、私は地図を手にタルカラの民に何かを説明していました。窓の外からは兵士たちが剣の稽古に励む声と、涼しい風が入ってきます。

 兵士の声はどことなくセレスタン様の声に似ていて……。あれ?


 ◇ ◇ ◇


 気持ちのいい風に目を覚ますと、ベアトリスさんが扇で扇いでくれていました。


「私、どれくらい寝てましたか?」

「ほんの少しですわ。まだお昼を過ぎたばかり……軽食を用意いたしますね」

「ありがとう。……聖騎士さんは訓練を?」


 窓から聖騎士さんたちが剣を振っているのが見えました。普段は監督しているはずのセレスタン様も、今日は誰かと実戦さながらの稽古をしているようです。お相手はその服装からタルカークの親衛隊の方のように見えます。

 なるほど、あの声が夢に影響していたのかと納得。


「はい。タルカークの剣術をアルカロマに持ち帰りたいそうですわ」

「そっか……。セレスタン様の夢だって聞いてたから、よかった」

「夢といえば、ジゼル様もずいぶんいい夢をご覧になったみたいですね」


 ベアトリスさんは女中を呼んで食事を用意するよう伝えてから、お茶を淹れてくれました。


 初めて見たときにはとても驚いたのですが、タルカークではお茶を淹れるのに二段に重なった独特なポットを使うそうなのです。上段には茶葉を、下段には水を入れ、重ねて火にかけます。湯が沸騰したら下段のポットから上段に湯を注ぎ、さらに火にかける。


 タルカークではさらにたっぷりのお砂糖を入れて飲むそうですが、私はお砂糖は少しだけにしてもらっています。国によって手順がまるで違うんですから、本当に面白い。


「いい夢……? 変な顔でもしてましたか?」

「寝言を少し」

「うわ、恥ずかしい。でもたいした夢は見てないですよ。さっきは確か……」


 ポットの湯が沸騰するシューシューという音を聞きながら、先ほど見た夢を思い返してみました。

 いつものように、夫を愛してやまないヌーラ様の記憶を追体験をしただけでしたが。確か、夫が出兵するのを見送って、勝利の報を待つ間に大精霊様と――。


「貯水池……っ!」

「はい? 何かおっしゃいましたか?」


 これは夢なのでどこまで信じていいのかわかりませんが、夢の中で私は――いえ、聖人様は、地下貯水池の建造を指示していました。場所の選定を行い、国内に二カ所造ったはずなのです。

 ドングリを埋めた場所には確かに聖樹があったし、この夢は聖人様が見せてくれているのだと信じています。だからきっとある、はず。


 もちろん完成したかどうかは夢だけではわかりませんし、存在するなら使っていないはずはないと思うけど。それでも確認くらいはしておきたい。


「私、ちょっと出掛けて来ま――」

「駄目です。食事を召し上がってからにしてくださいませ。また倒れたらどうするんですか!」

「はぃ……」


 走り出そうとした私の服をぎゅっと掴んで、ベアトリスさんが引き留めました。思ったより力が強くてびっくりです。

 ちょうどそこへ女中が食事を運んで来て、私はテーブルに座らされたのでした。




お読みいただきありがとうございます!

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