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3-14 大事なのは彼女の気持ちで


 神殿に引かれた水を神殿騎士団を中心に運び、神官やジゼル嬢たちが民に配る。俺は聖騎士として部下とともに聖女であるジゼル嬢をお守りするわけだが……。

 噂は人を呼び、神殿前の広場には入りきらないほどの人間が集まっていた。護衛としては緊張の連続だ。部下たちの表情も心なしか硬くなっている。


「ビビアナ妃殿下が水を配れって言ってくれたよ! ほらそこ、順番守る!」


 ソニア嬢が何か言うたび、人々が歓喜しながら列に並ぶ様は圧巻とさえ言える。

 ジゼル嬢は苦笑を浮かべながら肩をすくめた。


「ここでビビアナ殿下の名前を出すなんて驚きました。本当にあの子は悪知恵が働くっていうか」

「だが、おかげで妙な噂は払拭されるかもしれませんね」


 ジゼル嬢の額の汗をハンカチで拭うと、すかさずソニア嬢から声がかかる。


「そこイチャイチャしない! セレスタン様、あっちのお水持って来てください!」

「ククッ……。承った」


 本当にソニア嬢は人を使うのが上手い。

 部下をひとり連れて大樽を取りに行くその背後で、悲鳴のような声があがった。


「きゃっ! お姉ちゃん!」


 この場で「お姉ちゃん」と呼ばれる存在はただひとりだ。

 状況を確認するより先に元いた場所へ戻ろうと踵を返す。が、俺より一歩早くイドリース殿下が、ふらついたジゼル嬢の身体を抱え上げていた。


「なんだよ、フラッフラじゃねぇか。無茶すんじゃねぇよ」

「すみませ――ちょっと寝不足だったかも。あの、歩けますから」

「うるせぇ。このまま運んだほうが早ぇ」


 ジゼル嬢を抱いたまま歩き出したイドリース殿下を引き留める。


「失礼。殿下のお手を煩わせてしまいました。ジゼル様は私が」

「ああ、もうこのまま連れてくから大丈夫だ。水運んでやれよ」

「しかし――」


 殿下は俺の言葉など聞く気もないらしい。そのまま客室のほうへと向かうふたりの姿を見送って、天を仰ぐ。

 くそ、ジゼル嬢はさっき治癒魔法を使ってたんだ。疲労が出てもおかしくないことくらい、考えればわかるのに!


「あららぁー。強力なライバル登場ですねー!」

「ライバルって」


 柄杓を片手にニマニマ笑うソニア嬢。

 俺のことはともかく、他国の王族の感情を揶揄してはダメだと……言ってもわからないだろうなぁ。


「ほらほら、早くお姉ちゃんを追いかけて。聖騎士さんの仕事はお姉ちゃんを守ることでしょ! こっちは神殿騎士さんたちが手伝ってくれるので大丈夫でーす! ねー?」


 鼻の下を長くした神殿騎士たちが「はーい」と一斉に返事をする。

 一体いつの間にここまで手懐けたんだ……。

 神殿騎士とソニア嬢に後を任せ、部下を連れてイドリース殿下の後を追う。神殿の中に入り客室へ向かう途中、回廊からイドリース殿下が馬に乗ってどこかへ行くのが見えた。早速調査に出るのだろうか。


 彼はいつも粗野な態度と言葉でふざけたように見せているが、考察力や行動力、どれをとっても群を抜いている。できれば敵にまわしたくない人物だ。

 それにあの瞳の色はジゼル嬢とよく似ている。恐らくふたりとも母親のルーツが同じ北方の国にあるのだろう。そんな些細な親和性さえ妬ましく感じてしまい、頭を振って嫌な考えを払った。

 今はジゼル嬢をお守りすることに専念しなくては。


 部下に出入り口の警備を任せて客室へ入ると、ベアトリス嬢が出迎えてくれた。


「いまちょうどお眠りになったところですので、お静かに」

「もう寝たのか」

「お疲れだったみたいですね。今朝もずいぶん早起きしていらして驚きました」


 ベアトリス嬢は扇を手にベッドの脇に腰掛け、ジゼル嬢を扇ぐ。窓からもささやかながら風が入っているようで、客室は快適な温度に思われた。

 気持ちよさそうに眠るジゼル嬢に俺もそっと胸を撫でおろした。顔色もいいし、体調を崩しているわけでないのなら問題ない。儀仗杖のない今、儀式ひとつまともにできないのだから、ゆっくりするべきだ。


「女性の寝顔をそう見つめるものではありませんわ」

「その通りだな。俺は部下に稽古をつけるから彼女が起きたら――」

「あら」


 ベッドから離れようとして、服が引っ張られる感覚に足を止める。よく見ればジゼル嬢が俺のジャケットの裾を掴んでいたらしい。

 起こさないよう指を一本ずつ剥がし、細くしなやかな手をタオルケットの中へと入れる。


「……ス」

「ん?」


 起こしてしまっただろうか。

 と思ったが彼女の寝息は規則正しいままだ。


「……ドリス。エ、ドリ……ス、待って」


 たった今耳にした言葉が信じられず、ベアトリス嬢と目を合わせた。彼女なら正しく聞き取れたのではないか? それならどうか俺とは違う言葉を聞き取っていてほしいし、できることなら聞き間違いだと言ってほしい。


「いま、イドリース殿下のお名前でした?」

「……俺には聞こえなかった」

「うわー現実から目を逸らした!」

「だってあの男だぞ」

「タルカークでは結婚したい男性ナンバーワンですわ」


 俺の反応を見て楽しんでいるようだが、嘘をついている様子はない。女性はああいうのを好むのだろうか。


「チャラチャラしてる」

「女性の扱いを心得ているということです」

「まぁ……そういうことだな」

「シラー伯がいつまでもモタモタしてらっしゃるからですわ」


 政治的な根回しには時間がかかるものだ。

 議会の貴族連中の中にはいまだに、ジゼル嬢が平民であることに引っ掛かっている者もいる。聖女としては認めるが、次期公爵の妻としては認められないとかなんとか。

 平民であることを盾に婚姻を邪魔して、自分の娘を嫁がせたいという腹の底がよく見えるのだが、そのあたりはタルカークとやっていることは同じだな。

 肩をすくめることでベアトリス嬢への返答とする。部屋を出ようした俺に彼女の声が追いかけてきた。


「いいんですか、これで?」

「大事なのはジゼル嬢の気持ちだよ」


 根回しする一方で、俺が望むからと言って腹黒い貴族たちの中に引っ張り込んでいいのかと、ずっと躊躇ってもいた。

 もし彼女がイドリース殿下を選ぶというなら俺は――。




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