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1-5 そりゃ信じられないですよね


 セレスタン様は泣き出した私を水場へと連れて行って、ふたり並んでベンチに座りました。泣いてる間ずっと何も言わず横にいてくれたのですが、そういう優しさに触れるのがすごく久しぶりだったから余計に泣いてしまって、ちょっと時間がかかってしまいました。


 やっと泣き止んだ私に、セレスタン様は水に濡らしたハンカチを差し出して目に当てとけって。この人モテると思います。


「妹と離れるのが寂しい?」


「いえ。ただあの子にとって私はなんだったのかなって。ソニアと一緒に助け合って生きるつもりだったのに、結局いつも私――」


 私ばっかり、と言いそうになって口を噤みました。

 ソニアの行いが聖女らしくないと判断されたら、彼女の計画が壊れてしまいます。妹の幸せを願ってあげられない私だけど、玉の輿計画を潰そうだなんて思ってはいませんから。


「立場上いろんな人間に会うが……兄弟や姉妹ってのは思ったより仲が悪いのが多い。貴族なんかじゃ殺し合いするような家もあるほどだ。だから疎ましく思うことも思われることも、気にしなくていいと思う」


「セレスタン様はご兄弟は?」


「いない。姉がいたんだが、流行り病でな」


「それは……ごめんなさい」


「や、今の話の流れなら聞いて当たり前だろ」


 ククっと喉で笑って、彼は星空を見上げました。

 国に仕えるそれなりの身分の人だから、私とは住む世界が違うと思ってた。それは今も変わらないけど、思ってたよりずっと優しくて他者の心に寄り添える人なんだなって。彼の横顔に胸が高鳴って、でもそれを誤魔化すように私も夜空へと視線を移します。


「星、綺麗ですね」


「ああ。これなら明日も晴れそうだ。虹が出なくて残念だがな」


「ふふ、虹は雨のあとのご褒美ですから。晴れの日はそれだけでご褒美でしょう」


「そんなふうに毎日を穏やかに過ごせる人は好きだ」


 突然の褒め言葉に落ち着きを取り戻し始めていた心臓が再び大きく跳ねました。やっぱりこの人はモテると思います。無意識な人たらしには断固反対していきたい。

 赤くなった顔を見られないよう気を付けながら水場でハンカチを簡単に洗い、手の甲で頬の温度を確認してからセレスタン様を振り返りました。


「明日、ソニアを迎えにいらしたときにお返ししますね。きっとそれまでには乾いてるはずですから」


「気にする必要はないが、いや、ありがとう」


 挨拶をして帰ろうとした私を引き留め、セレスタン様が家まで送ってくださいました。まぁ先ほどあんなことがあったばかりですからね。私も遠慮せずお言葉に甘えます。


 自宅に到着してからもなんとなく別れがたく、「それでは」の一言が出ないままもじもじしていた私の視界に、幼い少女が浮かび上がりました。スミレ色の瞳の少女はあどけなく笑ってぺこりとお辞儀をします。


 ぼんやり光って見える彼女が幽霊であることは疑いようがありません。彼女は自らを「ステラ」と名乗り、南西を指さして……。


「どうかしたか?」


 セレスタン様が心配そうに首を傾げ、私はハッとして大きく首を横に振りました。


「あっ、いえ! すみません、ちょっとぼーっとしちゃって」


「いろいろあって疲れたんだろう、ゆっくり休むといい。おやすみ」


「おやすみなさい、また明日」


 彼と別れ、私室に戻って寝支度を整えてからベッドへ。


 先ほどの女の子は幽霊でした。

 幽霊の姿を幻視することは度々ありましたが、言葉を聞いたのは初めてです。彼女は自らの名を名乗ると、少しだけ困った顔で私に「明日は大雨だ」と言いました。南西の方向を指し示して、雨が降ると。


 南西は王都のある方向です。つまり、ソニアたちの進行方向ということ。

 幽霊の言葉がどれほど信用に値するかわからないし、そもそも幽霊って私の妄想かもしれないし。それに明日は晴れだねってセレスタン様とお話ししたばかりだし。どうしたものかしら、と考えているうちに眠ってしまいました。


 翌朝早く、ご機嫌なソニアに起こされて彼女の支度を手伝います。


「移動するだけなんだから髪型なんてなんだって……」


「だってセレスタン様と長時間ご一緒するのよ? あんなにかっこいい人と並ぶからには可愛くしていたいじゃない」


「あ、そ」


 髪を編みながらアップにして華やかに見えるようになると、ソニアは満足そうに頷きました。そこへ馬車の近づく音が聞こえて彼女は勢いよく階段を駆け下りていきます。

 まさか玉の輿の相手としてセレスタン様まで候補に入れているのかしら、と思ったらちょっとだけ胸が痛んだ気がしました。これが初恋だとしたら、私もとんだ面食いだわ。


 来客の音がして私も階段を下ります。

 今まで一体どこにいたのか騎士服を着た方々がいました。彼らはせっせとソニアの荷物を馬車へと運んでいます。

 私が玄関から外へ出るとソニアはすでに馬車へ乗り込んでいました。挨拶もしないで行くなんて、ソニアらしいというか、なんというか。


 小さく息を吐いた私のところへセレスタン様が大股でやって来ました。


「おはよう、ジゼル。ご褒美と思えるほどいい天気だな」


「おはようございます、セレスタン様。ソニアのことよろしくお願いします」


「ああ、任された。タラン渓谷を越えたところで一泊、イルノッサでさらに一泊して王都へ向かう予定だ」


「そうですか。タラン渓谷……」


 私はこの街を出たことがないので、地名を聞いても景色が思い浮かぶわけではありません。でも街の外を知る人や、たまにいらっしゃる司教様から聞く話によれば。タラン渓谷は山を切り開いた土地で、その名の通り谷間であり水害が多いとか。


「どうかしたか?」


「今日、午後から雨になるかも? なので行程は天気と相談しながらがいいかと」


「雨……?」


 セレスタン様は空を見上げて首を傾げました。すっごくいい天気ですもんね、そりゃ信じられないですよね。

 私も信じられないし。うん、やっぱりただの幻覚と幻聴だったんだわ。疲労のせいね、きっと。


「いえっ、なんでもありません。気にしないでください。道中、どうかお気を付けて」


 そんなこんなであっという間にソニアは王都へ向けて生まれ育った地を去って行きました。振り返ることなく、手を振ることなく。




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