3-8 巡り合わせでしょうか
ハラーク公爵は「すまない」と小さく謝罪の言葉を落として、すぐに私から離れました。
私もさりげなくセレスタン様から一歩離れ、ホッと一息つきます。ごめんなさい、まだしばらくはいつも通りでいられそうにありません。
夢の中の最愛の人に操を立てる……って言うと自分でも首を傾げてしまうけれど、でもそう表現するのが近い気がしてしまうのです。
「少し娘に似ていたから、つい」
「娘さんですか」
「ああ、いや、ここが薄暗いせいかな」
「わかるぜ。雰囲気がよく似てるよな。俺も初めて見たときは少し驚いた」
そう言ってアハハと笑いながら、イドリース殿下が証拠品の指輪を公爵に提示しました。公爵はそれを色々な角度からじっくり確認し、そして首を横に振ります。
「印章……シグネットリングですね。確かにハラーク公爵家の紋章だが、これはエヴレンのものではありません。持ち主は――」
「だから! お父さんの形見だって最初っから言ってるでしょ!」
「私、そんな形見があるなんて知らなかったんだけど」
「言ってないもん」
疑われ、牢に入れられたソニアの機嫌は直らないままです。またしてもプイとそっぽを向いてしまって取り付く島もないというか。
彼女は私には目もくれないまま、牢の中からハラーク公爵を見上げます。
「ていうか、シグネットリングってなんですか?」
「手紙の封蝋などに用いて差出人を証明するものだよ。これはライル……我輩の弟の私物に間違いない」
「え、弟?」
「弟ですって?」
私とソニアの声が重なって牢内に反響しました。
ライルは父の名前ですし、公爵が嘘を言っているようには思えません。
さらに計ったようなタイミングで、複数の神殿騎士がソニアの証言に関する調査から戻ってきました。タルカークに到着した日時や、宿屋に置いたままになっていた父の日記などがそれですね。
そこでやっとソニアの無実が証明され、可愛い妹は晴れて自由の身となったわけです。
「んもー。だから最初から言ってたのに! アタシはその紋章を頼りにお父さんの実家に行こうと思ったの。家族なんだから、死んだことくらい伝えるべきでしょ」
檻から出てもプリプリしたままのソニアに、私とセレスタン様は顔を見合わせて苦笑いを浮かべました。まぁ、ソニアにとっては災難なことですし、文句を言いたい気持ちは理解できますからね。
一方イドリース殿下はずいぶんと困ったご様子です。
「あークソ、これで捜査は振り出しかよ」
「そもそも、イドリース殿下はなぜソニアを犯人だと?」
「そうよそうよ、納得いく理由じゃないと怒るからね!」
ガシガシっと頭を掻いたイドリース殿下はこちらを見ることなく項垂れました。
「ハラーク家の紋章を外国の女が持ってりゃ誰だって怪しむだろ。んで通報があったんだよ、エヴレンから盗んだんじゃねぇかって。ま、見当違いだったわけだが」
「あー、そうですね。シグネットリングをよそ者が持っていれば疑うのは仕方ないかも」
「仕方なくないもん!」
ソニアはフンフンと鼻息荒く歩き出しました。
慌てて神殿騎士たちを持ち場へ戻しつつ、私たちも彼女を追うように地下を出ます。明るい日差しを浴びてホッとしたところで、ハラーク公爵が難しいお顔で私とソニアを振り返りました。
公爵の右手がゆっくり私の肩へと伸び、けれども触れることを躊躇ったのかご自身の胸へと引き戻して、ぎゅっと拳を握ります。
「君たちがライルの……娘なのか。そうか、双子だったのか……」
私とソニアは顔を見合わせ、目で会話します。この人はつまり、父のお兄さんで、私たちの伯父ということよね、って。だってにわかには信じられないもの、私たちに親戚がいただなんて。
けれど公爵は私たちの困惑もそのままに、小さく父の名を口にします。涙をこぼすまいとするかのように天を仰ぎ、唇を引き結びました。
「公爵様……?」
「ライルは、おおらかで笑顔を絶やさない奴だったよ。それでいて剣の腕は我輩より上でね。出奔してからも便りがないのはいい便りだと思っていたんだけど。そうか、あいつはもう……」
「お父さんが、剣?」
「そうだよ。それで確かレマさんと言ったかな、北方から逃げてきた綺麗な娘さんを守って――」
「レマ……お母さんだわ」
ソニアが掠れた声で呟き、私が頷きます。まさか両親の話が聞けるなんて。
しんみりした空気の中、イドリース様が公爵の肩をポンと叩き、本殿のほうを指し示しました。
「立ってするような話じゃねぇな。向こうの応接室でも行こうぜ」
「そうですね、可愛い姪っ子たちに会えて我を忘れてしまったようです。お恥ずかしい」
ハラーク公爵が照れくさそうに頭を掻き、私たちは話をいったん切り上げて応接室へと移動することになりました。まずは兵舎から本殿を目指します。
「しかしあいつの娘だなんて……どうりでエヴレンの面影があるはずだ」
歩きながら振り返ったハラーク公爵が、私とソニアを交互に見て笑います。私はなんて返答したらいいのかわからなくて、曖昧に頷き返すしかできませんでした。
公爵の栗色の髪も青い瞳も父によく似ていてなんだか不思議な気分です。
幼い頃の思い出や幽霊となって見守ってくれていた父の姿はずっと若いままだったけど、もし一緒に年を重ねていたら父もこんな感じだったのでしょうか。
「あっちの大きな建物が王族の霊廟、向こうは草原に見えるけど古代の神殿跡があってね」
観光案内みたいなハラーク公爵の解説に耳を傾け、視線を遠くへ向けました。そう言えばソニアのことが気がかりでタルカラの景色なんてまるで見ていなかったっけ。
ここは小高い丘になっていて、遠くのほうまでよく見通せます。公爵の指し示す先には確かに霊廟と思われる四角い建物がありました。
視界を手前に戻せば、真っ白な石造りの神殿と聖人を模した彫刻があり、乾いた風に乗って人工の泉からは清涼な水の匂いが届きます。
静かになったタイミングでイドリース殿下が思い出したように口を開きました。
「紹介が遅くなったが、お察しの通りハラーク公爵アミル・ハラークはエヴレンの親父だ。代々タルカラを守る領主であり、神殿騎士団長でもある」
「肩書だけです」
「力を持ちすぎないよう元老院に属さない、つまり国政に直接関わってはいない。んだけどさぁ、まさかお前らがハラークの双子――」
「殿下」
何か言いかけたイドリース殿下を、ハラーク公爵が止めます。ふたりは立ち止まって、しばしの間だけ目で会話していました。
まぁ、私もセレスタン様もソニアも部外者ですからね、口に出さないほうがいいこともあるのでしょう。
無言の会話を終えたふたりは、すぐ横にある建物に目を留めました。
「ここは祭具室だ。ジゼルさんが神官を目指すのなら、少し覗いておくのもいいでしょう」
「神官を目指すってご存知でしたか」
「はは、我輩はここの管理人みたいなものだから。聖女様へ依頼するにあたって、事前に王太子殿下から相談を受けていたんだ」
「祭具室! アタシも見たーい」
私の腕を引っ張ってソニアがずんずんと建物に向かって行きます。ソニアは幼い頃から、教会のボランティアで祭具の手入れなどをしていたし興味があるのでしょうね。
建物は小さいため、私とソニア、それにハラーク公爵の三人で中へ。
アルカロマと違ってこちらの祭具はどれもカラフルでした。杯ひとつとっても縞模様あるいは植物を模った模様が赤や青や黄色で彩られています。
ソニアは珍しく言葉少なにひとつひとつを見てまわり、中でもひと際目立つ古い杖の前で立ち止まりました。
恐らく儀式に用いる儀仗杖だと思いますが、繊細な細工に宝玉が嵌められ、長さも私の背丈ほどもある素晴らしい品です。
「綺麗……!」
「それは聖樹で作られているそうだ。触ってみてもいいよ」
私とハラーク公爵が見守る中で、ソニアが杖に手を伸ばします。杖全体の中間より少し上に位置する持ち手を握り、飾り台から外したその時でした。
カランと大きな音をたて、持ち手から下が転がり落ちたのです。あまりにも不自然な壊れ方だわ。
「や、アタシ何もしてな――」
「ソニア、ちょっと見せて」
半ば奪うように杖を手に取ると、天地をひっくり返して破損個所を確認します。断面は割れたようなささくれだった部分もあるにはありますが、大部分は鋭利なもので切断されたみたいに綺麗。
そこへ外からイドリース殿下の声がかかりました。
「なんかあったかー?」
「あの、これ、見てください。故意に壊されてるみたいで」
私たちは杖を手に外へ出ます。
差し出した杖を一瞥したイドリース殿下は、「くそっ」と悪態をつきました。
「これは結婚の儀で使うやつだろ。マジかよ、修理すんのにまた時間かかるじゃねぇか」
「聖女が神官になるための儀式にも必要です、殿下」
やはり、お相手もそう簡単には諦めないようです。
セレスタン様が私の手を取ってご自分のそばに引き寄せました。
「つまり敵の手先がこの神殿に入り込んだということでしょう、警備はどうなってるんです?」
「それだよ! ちょっと神殿騎士を呼んで――」
イドリース殿下が言い終えるよりも前に、どこかから女性の悲鳴が聞こえて来たのでした。
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