3-7 本当にソニアって子は
イスメルからタルカラまではそう遠くなく、馬車で二日程度のところにありました。
「王家の離宮もあるけど、神殿で寝起きするほうが気楽だろ。真っ直ぐ神殿に行こう」
タルカラを目の前にしてイドリース殿下は馬車の外からそう言い、先頭へと駆けていきます。神殿が気楽かどうか私には判断できないし、堅苦しいのを避けたがってるのは殿下のほうな気がするけど……まいっか。
昨夜もあの不思議な夢を、というかあの男性が夢に出てきたため少々寝不足です。
夢の中の私は大勢の怪我人の中に愛する男性の姿を捜していました。彼らは皆戦いに赴いていたことを夢の中の私は知っていて、最愛の彼もまた、生きて帰って来ることを信じて待っていたのです。
逆光の中で見つけた彼は私を強く抱き締め、それがどんなに安心させてくれたか……。
一方、現実の私は夢で出会った見ず知らずの誰かへの激しい愛情を覚えたままで、セレスタン様のお顔をまともに見られずにいます。
夢のせいで浮気してるかのような後ろめたい気分になってしまうのです。本当に最悪な気分だわ。
浮気と言っても、そもそも私とセレスタン様はただの聖女と護衛であって、なんの関係もなくって、私が一方的に好意を……。
一方的かなぁ? 大体、この人たらしな騎士様は私にキスしようとしてっ! してないけどっ!
「きゃっ――あばばばば」
馬車が乱暴にスピードを落として止まり、ふわっと浮いた私の身体をセレスタン様が支えてくれました。
が、ちょっと恥ずかしいことを思い出していたところだったし、それに相変わらず後ろめたい気持ちのままだったしで、思いきりセレスタン様から遠ざかるように座席の端まで逃げてしまった。それはもう猫を前にしたネズミのごとく。
「外の様子がおかしいな。……だが危険はなさそうだ。ジゼル様はこちらでお待ちください」
窓から外を確認していたセレスタン様は、気にした様子もなくそれだけ言って馬車を降ります。
すっかり熱くなった頬を風で冷やそうと窓を開けましたら、イドリース殿下の大きな声が飛び込んできたのでした。
「ブロンドのアルカロマ女を捕まえた? こっちに移動してたのかよ、そりゃ見つからねぇわけだ!」
「神殿騎士が捕らえたとのことで、現在は神殿の地下牢に――」
ソニア!
そうです、彼らは女性神官を殺した犯人としてアルカロマ人の若い女性を捜していたのです。私が捕まったときに、じっとこちらを見つめていたソニアが思い出されました。
もう居ても立っても居られなくなって、私は馬車を飛び出してイドリース殿下のところへ。セレスタン様は驚いた様子でこちらを振り返りました。
「あの!」
「ジゼル様? どうかしましたか」
「お願いします。連れて行ってください、そのアルカロマ人のところに!」
イドリース殿下は少し嫌そうなお顔をしたものの、セレスタン様がそれを説得してくださって、私たちは神殿の地下へと向かったのです。
セレスタン様はまた「アルカロマ人が捕縛されたのであれば国際的な観点から云々」とかなんとか小難しいことを言っていましたが、私にはよくわからなかった。
神殿の地下牢は普段あまり使わないとのことで、カビっぽい臭いがします。薄暗い中、私たちの足音だけが大きく響き渡りました。
タルカラは聖地であるため国中から多くの人が集まるそうです。それで神殿およびこの地を守るために一部の神官が剣を持った……それが神殿騎士の始まりだと聞きました。アルカロマで言う聖騎士と同じ立場ですね。
その神殿騎士がふたり、細い廊下の先に立っています。イドリース殿下が手をあげると、彼らも額に右手をあててそれに応じました。
「状況は?」
「容疑は否認しています。……彼女は違うんじゃないでしょうか、この美しさでは密かに侵入して犯行なんて不可の――」
「そういうバイアスいらねぇから。事実だけ教えてくれよ」
神殿騎士さんの言葉をバッサリと切り捨てるイドリース殿下。
犯人に同情的な神殿騎士さんに少し嫌な予感がしたとき、前方の牢の中から女性の声が聞こえてきました。
「でもそれが事実なんですー。アタシはここに来たばっかりだって言ってるでしょ」
この声、やっぱりソニアです。
オロオロする神殿騎士さんを押しのけて牢の中を覗いてみれば、よく知る顔が簡素なベッドの上に膝を抱えて座り、ふてくされていました。
「ソニア!」
「お姉ちゃんっ? お姉ちゃんも捕まっちゃったの? ってそんなわけないか。助けてお姉ちゃん、この人たち全然アタシの話聞いてくれないの!」
「お姉ちゃんんん?」
イドリース殿下と神殿騎士さんの声が重なります。それぞれ私とソニアを何度も見比べて「似てるか……?」「鼻の形は……」ってコソコソするのやめてください。
「なんでソニアがここにいるんです? 私のときみたいに、アルカロマ人ってだけで捕まえたんじゃ――」
「ちっ、違います! 彼女はハラーク家の紋章が刻まれた指輪を持っていて!」
神殿騎士さんが慌ててそう弁解しました。
ソニアはふてくされた顔のままプイっとそっぽを向いてしまって、話を聞かせてくれる感じではありません。本当にこの子は……。
「ハラークって聞いたことがあるような」
「殺されたエヴレンがハラーク家の令嬢だ」
「なんですって。なんでそんなものをソニアが」
それは捕まるのも無理はないか、とセレスタン様とふたりで大きな溜め息をついたその瞬間、入り口のほうからバタバタと慌ただしい気配がしました。
生きていれば父くらいの年齢でしょうか、もう少し上かもしれません。そんな中年の男性が血相を変えてこちらへやって来たのです。
「犯人が見つかったと聞いた!」
男性が声を発した瞬間、私とソニアの視線がぶつかりました。
どこか懐かしさを感じる声です。ソニアもきっと同じように感じたのでしょう。胸がじんわり温かくなるような、そんな声。
「ハラーク公爵。悪い、まだそうと決まったわけじゃねぇんだわ」
「おお、イドリース殿下もいらっしゃるとは」
ハラーク公爵と呼ばれた男性はイドリース殿下に簡単な礼をし、それからこちらに顔を向けました。……公爵の青い瞳が私を捉えるなり、大きく見開かれます。
「エヴレン……っ!」
「えっ?」
「何をするっ」
公爵の腕が私に向かって伸び、すんでのところでセレスタン様が間に入ったのでした。




