3-4 距離が近すぎますね
ひりついた空気は周囲の無関係な人々にも伝わり、誰もが私たちを遠巻きに見つめています。が、睨み合いはそう長く続きませんでした。
なんとブノワさんたちがやっと現れたかと思えば、セレスタン様に加勢してしまったのです。余裕の表情だった兵士たちも立ち位置を変えて身構え、全員が腰の剣を今にも引き抜かんという状況。
おかげで聖騎士たちの様子がよく見えるようにはなったけれど、これはまずいです、とてもまずい。
「あの。は、話せばわかるはずなのでっ! ――痛っ」
そう提案した私の手を縛る縄を、出しゃばるなとでも言うかのように警らさんが強く引っ張ります。
「ジゼル様になにを!」
「ブノワ!」
私が乱暴に扱われたことに腹をたて、聖騎士たちの怒気は膨れる一方。
ブノワさんがひと際大きな声をあげて一歩前へ踏み出し、鞘から剣を引きました。セレスタン様がそれを制止したものの時すでに遅く、タルカークの兵士たちも一斉に剣を抜きます。
不安げにこちらの様子を窺っていた人々が、キャーと悲鳴をあげて数歩ずつ後退しました。
ああもうダメだ、この人たち!
「やめろって言ってるの! こんな人混みで剣を抜く馬鹿がいますか!」
ハッとしたように全員が私を振り返ります。
興奮した私はもう言葉が止まりません。お忍びとかもう知らない!
「あなた方はそれぞれ国を背負ってるんでしょう。私のことはどこへなり連れて行けばいいし、その上でまともな大人ならまず話をするものです。それでも戦いたいと言うのなら場所を移動しなさい! 第一に守るべきは民であるはずなんだから!」
一瞬だけシンとしてから、セレスタン様がそっと顔の横へ右手をあげました。それを合図に聖騎士たちが姿勢を正し、ブノワさんも静かに剣を納めます。
タルカークの兵士たちは指示を求めて隊長と呼ばれた男性を仰ぎました。ずっと静観していた隊長さんはやはり私を見つめ、それから大きな口を開けて笑い出したのです。
「アーッハッハッハ! いやすまなかった。俺たちにも事情があるんだが、それはあとで説明させてくれ。まずは謝罪を」
そこで一度言葉を止め、男性がずいっと私の目の前までやって来ました。
彼が軽く手を挙げたことで兵士たちは剣を納め、警らさんも縄を解いてくれて。手首は微かに赤くなっただけみたいです。
「で、ジゼル様だっけ? 彼氏いる? いないなら俺が――」
「無礼な! 彼女は」
「あはは、悪い悪い。お前たち、こちらの可愛らしい聖女サマを丁重に王宮にお連れしろ。丁重にな」
「貴様、聖女と知っていながら――」
「聖女であろうとなかろうと、こっちには優先して調べねぇとならんことがあるんだわ」
セレスタン様の文句を軽くいなし、隊長さんが私の後れ毛を掬い上げます。
予想外の反応に私の思考は止まったまま。っていうか普通、初対面でいきなり髪の毛触ります? 彼氏ってなんの話ですか、距離感とかどうなってるんですか、これがタルカークの文化ですか。
言葉を失っていると、セレスタン様がすぐに間に入ってくれました。
「無礼を重ねないでいただきたい」
「いや俺たちが捜してたアルカロマの女はブロンドだから、この聖女サマは端から人違いだったなぁと思ってな」
「貴様!」
普段は冷静なセレスタン様がずっと怒りっぱなしです。まぁ仕方ないけど。さすがに失礼が過ぎますからね。
隊長さんがからかうように笑って私から離れたところで、タルカークの兵士たちは人だかりを散らしながら馬車を持って来てくれました。やっと移動できるようですね、よかったー!
セレスタン様の手をとって馬車へ乗り、背もたれへ深く身体を預けると一気に疲労が襲います。兵士に捕まるなんて、とんでもない経験をしたものです。
座席が揺れて左側が沈み、見上げると疲れたお顔のセレスタン様が隣に座りました。さらに隊長と呼ばれた男性が狭い馬車の中へ窮屈そうに身体をねじ込み、対面へ腰掛けたのでした。
「あらためて自己紹介をさせてもらおう。王太子オルハンが親衛隊長イドリースだ。先ほどの無礼については心より謝罪を」
「イドリース……殿下っ?」
道中に頑張ってお勉強した甲斐あって、オルハン王太子の親衛隊長を務めるのが異母弟のイドリース殿下だということは知っています。
でもそうですよね、彼はずっと隊長と呼ばれていたのでした。なるほど……。
なお、親衛隊というのは我が国で言うところの近衛隊のようなものだそうです。
「殿下はやめてくれ。堅苦しいのは嫌いなんだ」
「こちらは堅苦しいのを求めています。聖女に礼を尽くしていただきたいのですが」
「ああ、もちろん。だが言葉じゃなくて態度でな。アンタも俺には敬語じゃなくていい」
なんだかセレスタン様はイドリース様のことが嫌いみたいです。イドリース様には伝わってないみたいだけど。
はー、ととっても深い溜め息をついたセレスタン様が改めて説明を乞いました。
「それで、なぜこのようなことに? 今日は親衛隊が警護につくと聞いていたのに、まさか警護対象を捕縛するとは」
「それについては本当に悪かった。聖女の到着を待っている間、怪しいヤツがいると通報を受けたんだ。調査中の殺人事件の重要参考人かもしれない、ってな。ただ、その殺人犯はビビアナ妃殿下へ害意を持っている可能性が高い。ってことは、この聖女サマが犯人かどうか先に確認しねぇと、王宮になんか連れて行けねぇだろ」
馬車がゆっくりと動き出し、イドリース様が窓を開けました。ふわりと入ってきた温かい風が彼の髪を揺らします。襟足の髪は肩にかかるほど伸びていて、本当に狼みたい。
彼の言うことも一理あるかと納得しつつ窓の向こうをぼんやり眺めると……離れた建物の陰にこちらを見つめる女性の姿がありました。
「ソニア……?」
目が合うとすぐに姿を隠してしまったけれど、私が妹を見間違えるはずがありません。そういえばソニアもタルカークに向かったと言っていたっけ。相変わらずさらさらのブロンドで――。
「ジゼル様? どうかなさいましたか」
「あ……いえ。なんでもないです。大丈夫」
心配そうなセレスタン様に曖昧に笑って誤魔化します。
ソニアって、「ブロンドの若いアルカロマ人女性」ですよね。警らの男性も「アルカロマ人の若い女は珍しい」と言っていたし、さらに髪色まで該当してしまったら。
私の不安をよそに、馬車は王宮へと入っていったのでした。




