3-3 捕まってしまいました
それにあの赤い大鷲の紋章も、どこかで見たことがあるような気がします。うーん、気のせいかも。勉強不足を実感します……。
女の子が私の手をギュっと握って引っ張りました。
そう、迷子を保護してもらわないといけないんでした。本当なら一緒にお母さんを捜してあげたいのですが、その時間はありませんからね。
ナウファル殿下の従者さんはすぐに、警ら隊と思しき制服姿の男性をふたり呼んできてくれました。これで迷子の女の子を預けることができます。
私もそろそろ護衛の聖騎士たちのところに戻らないと。せめて声を掛けてくるべきでしたね、きっと心配してるはず。
「迷子だそうで?」
警らさんが迷子の対応を始めるのを確認すると、従者さんは一礼してパレードを追いかけました。
「はい。お母さんと一緒に来たみたいなんですけど」
「あー。あなたはアルカロマ人?」
「え、はい。そうです、けど」
着ているものや全体的な雰囲気から外国人であることはすぐにわかるものですが、アルカロマ人だと特定したのは恐らく言葉のせいでしょう。
大陸共通語と言っても場所によってイントネーションが変わります。私にとって彼らの言葉は早口で聞き取りづらいけれど、彼らからすれば私の話す言葉はのんびりすぎる、ということだから。
警ら隊さんはコソコソと何か囁き合うと、ひとりが少女の手をとってどこかへ行ってしまいました。
「迷子はこっちで預かります。少しお話を聞かせてもらいたいのですが」
「連れが心配してしまうので……」
「いえ、すぐ済みますよ」
そう言うなり、警らの男性は私を後ろ手に縛りあげました。それはもう、目にも留まらぬ早さで。
迷子を見つけた状況を聞かれるのかなーなんて、一瞬でも油断したばっかりに!
「なっなにするんですか!」
「エヴレン・ハラーク殺害の容疑で拘束します」
「殺害ってなんのことですか。私はさっきここへ到着したばかりで――」
「話は親衛隊にしてください、こちらも何も知らないんで」
親衛隊……? ていうか何も知らないのに私を拘束してるってこと?
言いたいことは山ほどあるけれど、彼は有無を言わせないまま私を引っ張っていきます。どこへ連れて行かれるのかわからないけど、お忍びで来ている以上あまり騒ぎを起こしたくもありません。護衛であるブノワさんたちと合流できれば、疑いを晴らすこともできるはずですが……。
彼らの姿を捜そうにも、人出が多すぎてよくわかりません。
成り行きとは言え元いた場所からずいぶん離れてしまいました。ブノワさんも私を探し回っているとは思いますが、私は身長も高いほうではないし見つけてもらうのは難しそう。
精霊たちも困ったようにオロオロと飛び回っています。
「痛っ」
突然警らの男性が立ち止まり、私はしたたかに鼻をぶつけてしまいました。痛い……止まるなら止まるって言ってほしいものです。
警らさんにグイと前方へ突き出され、転げるように前へ出ると、警らさんとは違う制服をまとった人たちがいました。筋骨隆々で腰に剣を下げる彼らはきっと、兵士なのでしょう。彼らのまとう、ゆったりしたズボンや丈の短いジャケット、それに円筒形の帽子はタルカークの伝統的なデザインだと聞いたことが。
「アルカロマ人の若い女をお捜しとか。珍しいのでこの女で間違いないと思うのですが?」
「おっ、お手柄だな。隊長は今ちょっと取り込み中で……たいちょー!」
兵士たちの視線の先で、誰かと話をしていたらしい男性がパっと振り返りました。そして流れるようにこちらへ向かってきます。兵士と同じくゆったりしたズボンですが、ジャケットは膝まである華美なものです。立派な体躯と切れ長の瞳、それに隙のない歩き姿は獰猛な狼みたい。
その隊長と呼ばれた男性が近くへやって来て私を見下ろすと、ハッとした顔で口を小さく開きました。
「お前は――」
「お待ちください! これ以上我々をないがしろにすれば国際問題だぞ!」
彼が何か言いかけたとき、その巨体の向こう側からよく知る声が飛んできます。セレスタン様に違いありません。彼はタルカークからの迎えを探しに行っていると聞きましたが、もしかしてこの兵士さんたちがお迎え? どう見ても歓迎って雰囲気じゃないけど。
私はここにいますとアピールするため、隊長さんの大きな体の脇からぴょこぴょこ顔を出してみたところ、隊長さんの背後でセレスタン様が目をまん丸にしました。
「ジゼル様っ? なんでここに……ブノワは?」
「セレス――きゃ、痛、痛いですってば!」
勝手なことをしたせいか縄を強く引っ張られました。縄が食い込んで手首がとても痛いです。
「おい、これはどういうことだ! その方を放せ!」
セレスタン様が大きく一歩を踏み出して私に手を伸ばそうとしました。が、兵士さんたちが一斉に壁のように立ち並んでそれを阻みます。
「我々はビビアナ妃殿下に招かれたんだ。そのお方を疾く解放せよ。でなければ我が国への敵対行為と見なす」
壁のおかげでこの目で様子を見ることはかないませんが、セレスタン様の威圧的な低い声が響きます。それと同時に、彼の腰の剣帯がキュッと鳴ったような気が。
こんな衆目の中で兵士に向けて剣を抜いたら、お忍びどころじゃないんですけども!




