3-1 いざ、タルカークへ
ご無沙汰しております。
3章をお届けできること大変嬉しく思っています!
お読みくださった皆様のおかげでございます。ありがとうございます。
9月中は連日、10月以降は週に2~3回ほどのペースで更新予定です。
あらためまして、よろしくお願いいたします!
タンヴィエ領マーズトンから戻るとすぐ、私の聖女としての継承式が行われました。
ビビアナ殿下は継承式と時を同じくして隣国タルカークへのお輿入れを発表。ご婚礼の準備は進められていたらしくすぐに王都を発たれましたし、バルバラ様もまた領地へ戻って静養することとなりました。
ベアトリスさんは死刑こそ免れたものの国を追われることとなり、ご実家の子爵家も取り潰しに。私が否定しても、本人が殺害計画を認めたのですから……これでも寛大な処遇なのだそうです。
そんな慌ただしいお見送りから約三週間。広くて豪奢な聖女の屋敷へ移り住むようになった私ですが、いまだに迷子になります。こんな煌びやかなお部屋で寛げる日がくるのでしょうか。
私は重厚な革の表紙の書物を閉じ、両腕をあげて背筋を大きく伸ばしました。ついでに大きな欠伸も。革張りの椅子がギュっと音をたてます。
「立派にしてもらって……」
書物というと聞こえがいいですが、これは父の日記を写したものです。本物はもうソニアに返しているので父の字ではないけれど。セレスタン様の提案で写してもらいましたが、こうしていつでも読み返せるのはとても嬉しい。
凝った首をぐるっと回したところでノックの音が響き、セレスタン様が部屋へと入っていらっしゃいました。
「お勉強ですか」
「いえ、父の日記を読み返してました。私たちが大きくなったら故郷を見せたいって」
「お父上の故郷はタルカークだったとか」
セレスタン様は相変わらず綺麗なお顔で、女性たちの心を掴んで離しません。マーズトンでときめいてしまった私ですが、王都に戻ってからも私たちの関係に変化はないまま。
たまの息抜きに、ふたりでお城を抜け出して街を散策するのがデートみたいでドキドキしますけど、何があるというわけでもなく。
ソファーへ向かい合って座ると、聖女付きの傍仕えの女性が私たちにお茶を用意してくれました。彼女たちも貴族のご令嬢ですが、聖職者だからか嫌がらせなどをされることはありません。平和って素敵……。
「そうです。それでソニアもタルカークへ向かったってロドから手紙が」
「へぇ。あの少年も字が書けるのですね」
「実はソニアが孤児たちに教えていたそうなんです。ソニアったら、ボランティアで色々な土地の教会をまわっているとは聞いていたのですけど、まさか他国にまで行くなんて」
何も問題を起こさないといいのだけれどと心配する私に、セレスタン様は苦笑を浮かべるばかりです。あのソニアですから、セレスタン様も軽々しく大丈夫とは言えないのでしょうね。
そんなセレスタン様が懐から一通の手紙を取って、こちらに差し出しました。女性らしい丸みを帯びた美しい字には見覚えがあります。
「ビビアナ殿下……ですよね」
「はい。読んでみてください。すでに国王陛下もお読みになっていますので、封は開いています」
受け取って白く滑らかな紙を取り、広げました。
時候の挨拶や近況がごく簡素に並んだその下に、少し大きな字で一言。
「聖女様をタルカークへお連れください――って、私のことですか」
「ええ。現在の聖女はジゼル様おひとりですからね。詳しいことはお会いした際に説明していただけるとのことです」
柔和な笑みを浮かべたまま、セレスタン様はすぐ準備してくださいねって出て行ってしまいました。いやいやいや、急展開すぎませんか。
日記もソニアもビビアナ殿下も、みんなしてタルカークって。まるで何か見えない糸に引っ張られているみたいで落ち着かないのですが。
◇ ◇ ◇
お手紙をいただいてから二日後には王都を出発し、川を下って海路でタルカークへ。このルートが最も速くお隣の国へ行けるのだそうです。
海はマーズトンで見ましたが、本で読んだ通りただただ水が広がっているだけの場所でした。その水の上を大勢の人間を乗せた箱が移動するだなんて。
「また外にいる。風邪をひいてしまいますよ」
甲板から濃紺の水面を眺めていると、背後からセレスタン様がいらっしゃいました。潮でひりつく鼻腔に彼のシダーウッドの香りが心地いい。
「だって水の上にいるのが不思議で……。この船はすごく速いって聞きましたけど、海の上だとあまりわからないですね」
「我が国は東と南が海に面しているので自然と船の開発に力が入るんです。これも基本は帆で動きますが、魔力を用いた動力機関も積んであって……」
セレスタン様の手振りに合わせて上を見れば、大きく膨らんだ帆が真っ白に輝いていました。
説明はよくわからなかったけど、多分最新の技術を使った船なんだと思います。
「――で、三日ほどでタルカークに到着です」
「私、ちょっとだけ不安なんです」
「不安?」
「両親は本当はほとぼりが冷めたらすぐにタルカークへ戻るつもりだったのに、生まれたのが双子だったから諦めたって日記に書いてあって。双子の何がいけないのかわからないけど」
「タルカークで双子と言うと、最初の聖人夫婦の子どもしか思い浮かばないですけどね」
大精霊様が一緒に旅に出た最初の聖人は夫婦だったそうです。
ある町で妻の妊娠がわかり、子が生まれて旅に耐えられる年齢になるまで滞在したのが、現在のタルカークだと言います。
生まれた子は双子で、一方を夫が連れて旅に出て、一方を妻が育てながらタルカークに残った。その双子の一方がタルカークの初代国王で……。
「そんなエピソードがあったら双子を大事にしそうっていうか、普通に縁起良さそうですけどね」
「くくっ……。『私は双子です』って書いて首からぶら下げておいたらどうです。ありがたがられるかも」
「絶対やです」
そんなこんなで三日後無事にタルカークの主都イスメルへ到着し、屈強なタルカーク兵の洗礼を受けたのでした。




