閑話/最後の仕事
本日2月28日はコミカライズ2巻の発売日!です!
というわけで記念にSS書きましたーー
先日、少しだけではあったけれどジゼルさんから癒しの御業を受けたことで、わたくしの病状は軽くなった。もちろん、死期がわずかに先に延びただけだけれども。
それでも誰かとお茶を飲みながらお喋りを楽しむ時間が増えたのは喜ばしいことだ。
「貴族の皆さんはかなり慌てているのでは? 殿下のご心労、お察ししますわ」
「ふふ、バルバラ様のご慧眼には恐れ入ります。つい先日まで平民の聖女などあり得ないとがなり立てていたのに、今は最初から味方でしたとでも言わんばかりのすまし顔ですよ」
この老骨の話し相手になってくださっていた第二王子のボードゥアン殿下が、苦笑を浮かべて肩をすくめる。
途端、ふわっと微かに漂う甘い香り。
これはわたくしの好きな芍薬の香りに違いなく、なんだか胸が温かくなった。
ボードゥアン殿下はセンスが良く、若い世代にとってのファッションリーダーだと言われているけれど、それは彼を語る上で全く重要なことではない。
彼の真価はその気配りや目配りにある。殿下が日常的に好むのは森林浴をするかのようなスッキリしたウッディな香り。けれど彼はこうして、相手に合わせて纏う香りまで変えるのだ。
ただそれは裏を返せば、本心や本音を誰にも見せないということ。頼りになる反面、あまり抱え込み過ぎなければいいけれどと不安にもなる。
「殿下こそ、最初からジゼルさんの味方でいらっしゃいましたわね」
「今でこそ聖女だと認めてますけど、ボクは彼女の味方というわけではありませんよ。どちらかと言えば邪魔だと思っているほうです。貴族の派閥争いが激化しますからね」
確かにジゼルさんを連れてきたタンヴィエ公爵家と、その対立派閥の争いは激しかったと聞いている。今回はジゼルさんが聖女と認められたため、タンヴィエ派の勝利ということになるけれど。
貴族間の均衡を保つため東奔西走したのはこのボードゥアン殿下であり、ある意味では派閥争いの被害者であったといえましょう。
「それでもジゼルさんを尊重してくださったわ」
「だってそれは――」
室内を漂っていた精霊がソワソワし始めた。
もしかして、と思ってわたくしも心なしか落ち着きをなくしてしまう。
「どうかなさいましたか、バルバラ様」
不思議そうに首を傾げるボードゥアン殿下に、わたくしはパチっと片目をつぶってみせた。
「ふふ、お客様がいらっしゃるようですわ」
わたくしがそう答えると同時にノックの音が響く。
やって来たのは、グテーナでの活躍によりついに聖女と認められたジゼルさんと、シラー伯セレスタン様だ。
「あの、出発前にご挨拶をと思いまして」
簡単に挨拶を終えると、ジゼルさんがそう言ってはにかむ。
周囲の精霊たちがジゼルさんとシラー伯を取り囲んで楽しそうに飛び回った。本当に、このふたりが一緒にいるときは精霊たちもはしゃぎまわるから面白いものだ。
「ああ、確か公爵家の領地へ招待するとか」
ボードゥアン殿下の問いに、シラー伯はよそ行きのお顔で首肯した。
「はい。聖女の継承式だけでなく、ビビアナ王女殿下のお輿入れの準備もあり、城内の警備が手薄になりますから。公爵家で責任をもってお守りします」
「ははーん。表向きはそういうことにしてんだ?」
「裏も表もありませんよ」
そういえば、ボードゥアン殿下はシラー伯の前でだけは表情が少し和らぐのだったわね。
これからの国を背負って立つ三人の若者がなんだか眩しくて、わたくしは視線を外して従者に茶の準備を命じる。
と、ジゼルさんが思い出したように口を開いた。
「あの、えと、先日バレンタインデーだったので、ケーキを用意しました! うちの畑でとれたラズベリーも使ってるので、えと、よかったら」
そう言っておずおずと差し出されたのは四角い箱。蓋を開ければ真ん丸のラズベリーが載った茶色のケーキがあった。ガトーショコラかしら?
「バレンタインは花を贈る日では?」
「殿下、お言葉ですが平民にとっては花よりケーキのほうが喜ばしいのです」
「ククッ……。花よりケーキなのはジゼル嬢だけでは?」
「ちっ、違いますから!」
「イチャイチャするなら出て行ってくれるかな?」
「してませんっ!」
邪魔だと言っていた割に、やはり殿下にジゼルさんを邪険にする様子はない。なんなら、揶揄いながら彼女の反応を楽しんでいる節すらある。
殿下の本心は一体どこにあるのかしら。
わたくしは聖女の継承式を終えてこの立場から解放されたら、すぐにも領地に戻る予定だ。そうしたらジゼルさんを守ることはできない。せめてこのボードゥアン殿下が味方でいてくれればと思ったのだけれど……。
それからしばらくして、ジゼルさんとシラー伯が部屋を出て行った。明日の朝一番に出発してマーズトンを目指すのだと言う。
「殿下は……シラー伯のことは信頼してらっしゃるのですよね」
「ボクはあなたも信頼していますよ」
「あら、お上手」
貴族間の折衝を担う若き王子はやはり本音を見せないようね。
王族に味方がいればと思ったけれど……聖女という立場がジゼルさんを守ってくれると信じ、祈るしかないわ。
「さっきの答えですが」
「さっき?」
「ジゼルさんを最初から尊重した理由」
「ああ、ええ、そうね」
いつも流れるようにこちらの欲する言葉を与えてくれる殿下が、今は珍しく言い淀んでいる。
何度か言うか言うまいか逡巡する様子を見せてから、視線を落として口を開いた。
「あなたとセレスタンが信じていたから。信頼する人物が信頼するって言うなら、信じないわけにいかないでしょう」
「まぁ……」
「それに、セレスタンがあんな風に笑うのは彼女の前だけなので。聖女が親友を泣かすことのないように見張っておかないと」
ああ、この国はきっと大丈夫ね。
これで心置きなく発てるのだから、わたくしは幸せ者だわ。
おかげさまをもちまして、3章をちまちまと書き始めています。
お読みいただけるようになるまで少しお時間を頂戴しますが
頑張りますので!!よろしくお願いしますーー!




