1-4 人違いですから!
イケメンさんはセレスタンというお名前なのだとか。改めてお互いに自己紹介をして、彼の持って来たワインを開けて団らんが始まりました。
ほとんどはソニアが聖女についての質問をして、セレスタン様が曖昧に言葉を濁しながら説明するというような会話。
「聖女様は王子様とご結婚することも多いって聞きましたけど本当ですかー?」
ソニアがキラキラ輝く青の瞳でそう問いました。当代の聖女が保護されたときには同年代の独身の王族はおらず、幼馴染の男性と結婚したと聞いていますが。
セレスタン様は苦笑しつつ首を横に振ります。
「王太子殿下は知っての通りご結婚されているし、弟君にも婚約者がいらっしゃる。基本的にそれが覆ることはないだろう」
「えーそうなんですかー」
唇を尖らせるソニア。まさかド平民の自分が王妃になれると考えてたのかと思うと、驚きのあまり心臓が止まってしまいそうです。それでも貴族の人にはお会いできますよねーなんて、恐るべき立ち直りの早さを見せつけるソニアにセレスタン様が真剣な表情を向けました。
「先ほど教会でも説明したが、聖女かどうかの確認は王都へ到着してからとなる。可能なら明朝にも出発したいと考えているが、どうだろうか」
「もちろんですー!」
私になんの確認もないまま返事をするソニアを横目に、無言で食事をしました。この街で最も格式の高い……といっても王都と比べれば定食屋さんみたいなものかもしれないけれど、そんなお店の料理です。
「美味し……」
とっても美味しい。生活費を突っ込んだ価値があるかと言われると否ですけど。
食事の美味しさに加え、明日にはソニアがいなくなるのだと思ったらホッとして深く息を吐きました。姉としてそんな気持ちを持つことに罪悪感がないわけではありませんが、明日から自由なのだという喜びがそれを簡単に覆してしまう。
宿へと戻るセレスタン様を見送って、ソニアがこちらを振り返りました。
「やっとこの田舎から出られるわ」
「聖女かどうかまだ決まってないのによく言うわ。生活費まで使い切って。追い返されてもこの家には入れないからね」
「聖女じゃなくても当面の間は生活の保障があるって言うしー、その間に玉の輿に乗るのよ、この美貌でね!」
「はいはい、自信を持つのは素晴らしいことだけど。ずいぶん気の長い計画だったね」
もう溜め息すら出ません。私は彼女が玉の輿に乗るためだけに何年もの間苦労してきたってことですか、そうですか。
「うるさいなー、お姉ちゃんにアタシの気持ちなんかわかんないよ」
ソニアが階段を駆け上がり、大きな音を立てて扉を閉めました。片付けくらい手伝ってくれてもいいでしょうに。
すぐには眠れる気がしなくて、ランタンを持って外に出ることに。自宅から教会までの道は大きくて、少ないながらオイルランプの街灯も立っています。だからこんなモヤモヤする夜にはお散歩で気晴らしをするのが常でした。
亡き父の幽霊がまるで「行くな」とでも言うみたいに険しい表情で家の前に立っていますが、憂さ晴らしの散歩くらいさせてほしい。
だってたぶん私はもう我慢の限界なのです。というか、どうにか繋ぎとめていた理性みたいなものが生活費がなくなったことで切れたような感覚。
セレスタン様におかれましては速やかに彼女を王都へ連れて行ってほしい。そしたら私はブーツを新しくして、毎日の食事に一切れの肉とスープを追加するの。ぼろぼろの服も少しずつ新しくしたいし、それに取手の取れた鍋を修理したい。
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、前方から誰かが歩いてくる気配がありました。ちょうど街灯の光が届かないところにいるので、顔や姿はまったく見えません。この街の住人であれば大体知ってるし怖いということはないんですけど、時間が時間なので身構えてしまいます。
「ソニアちゃん……?」
暗がりから呼びかけられました。街灯やランタンの明かりだけでは見分けがつかないのか、妹と間違えているみたいです。私にはあまり自覚がないけど、双子だから顔の造りは割と似ているほうだとよく言われます。髪や瞳の色のせいか性格の問題か、ソニアのほうが華やかだし人気者ですけどね。
「や、違いま――」
「王都行くんだって? オレを置いて?」
じりじりと近づいてくる気配。足元から少しずつ彼の姿が見えるようになってきました。
「え、いえ、だから私はソニアじゃ」
「この前新しい靴買ってあげたばっかりなのに、なんで!」
足早にこちらへやって来た人は、この街唯一のお医者さんの息子。ふくよかだけどいつも小奇麗にしていて、確かお父さまの跡を継ぐべく医学のお勉強をしていると聞いたことがあります。
その彼が私の腕を掴みました。
「待って、人違いですから!」
「ソニアちゃん、どうして!」
「違うってば!」
私が逃げようとするほど腕を掴む彼の力が増して、痛いし怖いし腹が立つし。どうして私がソニアのせいでこんな目に遭わないといけないの。
悔しさのあまり視界が涙で滲んだとき、私と彼の間を冷たく光る金属が遮りました。
「今すぐその手を離さないと利き手を替えることになる」
頭上から聞こえる低い声は聞き覚えがあります。というか、さっきまで聞いていたセレスタン様の声。そして私の胸の前あたりで光を反射している金属は、よく磨かれた剣です。このまま振りぬけば、私の手を掴む男の腕は……。
「ひっ、ひいぃっ!」
医者ジュニアは脱兎のごとく暗がりへと逃げて行きました。
途端に静かになった夜の一角で、剣を鞘へ納める音とセレスタン様の溜め息が響きます。
「夜に出歩くのは犯罪者と相場が決まってる」
「ではセレスタン様も犯罪者ですか」
私が問うと、彼はくくっと笑いました。その笑顔を見た途端に力が抜けて、ずるずるとその場へうずくまってしまいます。同じようにしゃがんだセレスタン様の両手が私の頬を包みました。真っ直ぐに私を見つめるスミレ色の瞳。
「怪我はないな? 無事でよかった」
「ありがとうございました……」
安心すると泣いちゃうって本当なんですね。