2-22 笑顔でお見送りでした
というわけで領主邸を出て、ここへ来たときと同様にセレスタン様と一緒に馬車に揺られています。グテーナの領主邸から森の入り口までは自警団および伯爵家の所有する兵が、森から先は聖騎士さんたちに加えて王国騎士の皆さんが警備にあたってくれるのですが。
なぜ早々に王都へ戻ろうとしたのか、そしてなぜこうも警備が厳重なのかというと……。
「聖女様ー!」
「うおおおおおおおおっ」
「ジゼル様! ジゼル様!」
馬車の外からはそんな声がひっきりなしに聞こえてきます。
私が眠っている間も、大雨に感動した領民たちが私をひと目見ようと領主邸に押し掛けていたそうなのです。
伯爵はもちろん自警団や兵士の皆さんも火事の後始末に忙しい中、何日も警備に人員を割くのは非効率。それに出発を後らせるほど森に野盗が戻って来る可能性が高い、との理由からすぐにグテーナ領を発つこととなったのでした。
「せっかくだから、顔を見せてやったらどうだ。ここからなら危険もないだろう」
対面に座るセレスタン様はそう言いますが、意地悪そうな笑みは私の反応を楽しんでいる節があります。
「ふぇぇ。私なんかの顔を見たって面白くないでしょうに――」
「ジッゼッルッさまーっ!」
「……大喜びはするだろうな」
そーっとカーテンを開けて窓から外を見ると、一層大きな声援が起こりました。馬車のほうへと寄って来る人々を兵士さんたちが必死に抑えています。
「ジゼル様! ありがとうございました!」
「聖女様! またお越しくださいーっ!」
笑顔、笑顔、笑顔。
大きく手を振る人、涙を流す人、ぺこぺこと頭を下げる人、グテーナの旗を振る人、花びらを撒く人。誰も彼もが笑顔でした。そして誰も彼もが私の名を呼んでいました。
そっと手を振り返すと、また一段と大きな騒ぎとなって飛び跳ねたり踊ったり。
「すごい」
「みんな君に感謝してるんだ。胸を張るといい」
「うぇへ……」
照れくさいのと嬉しいのとで頬が緩んで、すごくだらしない笑顔になってしまいました。セレスタン様もククっと笑って目を逸らします。
この光景を忘れないようにしようと再び窓の外に視線を移しました。快晴の空の下で、人々が満面の笑みで私の名前を呼んでくれる。それがなんて誇らしいんだろうと思って。
「そう言えば、昨晩も雨は降ってたんですよね? 雨上がりっぽく見えませんけど」
セレスタン様を振り返ると、彼は思い出したように「ああ」とこぼします。
「ここらへんには降ってないんだ」
「はい?」
「二晩続く大雨は、森にだけ降った」
一語一語をゆっくりと、そしてしっかり発音して言うセレスタン様に「またまた御冗談を」と笑いかけることはできませんでした。
「二晩ですよ? ずっと森の上に雨雲が?」
「そうだ。火を消し、森を十分に湿らせるとその雲もふわっと消えてしまった。だから誰もが皆、君が聖女であると信じて疑わないんだ」
「はぇー……」
我がことながら、にわかには納得できません。だけど窓の外に並ぶ人々の笑顔を見れば、少しくらい信じてもいいのかなって。
グテーナの民に盛大に見送られた私たちは、じめじめと湿っぽい森の中を魔獣に注意しながら進んでいくこととなりました。
私とセレスタン様の話題は自然と「火事の原因について」へと転じます。彼が言うにはなんとレモンの果実水のせいだったのだそうです。
「グテーナの花祭りとマーズトンのレモン祭りの日程が重なっているのは知っているか」
湿った土の香りと焦げ臭さが入り混じる中、セレスタン様がそう問いかけました。
「どちらも毎年二月の後半に開催されて、レモン祭りが二週間、花祭りが二日間ですよね。有名なのでそれくらいは知ってます」
「避寒を兼ねてマーズトンを訪れる観光客には花祭りに顔を出す者も少なくない。それは商人たちも同じで、瓶に入ったレモンの果実水をグテーナに運ぶ。花祭りは無視して森を抜ける者もいるだろう」
「わかります。宿場町まで運べたらすごく売れそうだし」
「うん。それで一部が野盗の手に渡ることとなるんだが、花祭りは野盗も稼ぎ時で色んな物が手に入る。だから果実水より酒を多く飲むわけだ」
余った果実水はその辺に放置されるそうです。
野盗のようなゴロツキ集団がゴミを適切に処理するはずもなく、放置されたものはずっとそのままになります。
「その果実水入りの瓶が光を集めてしまったんだろう」
「瓶が光を?」
「ルーペと同じ現象だよ。知らないかな、レンズで太陽の光を集めると高温になる」
「それで火事に?」
「あまり意識してなかったが、今年は雨が少なかったらしい。いつもより森が乾燥していたと杣人も言っていた」
私はセレスタン様ほどの学がないので説明を聞いて驚くばかりです。ただ火の出た二カ所とも焼け跡に瓶の残骸があったというのですから、そういうことなのでしょう。
「じゃあ野盗を追い出さないといつかまた同じことが起こりますね」
外を見ると黒焦げの木がたくさん並んでいます。でも火が出てすぐに対応してくれたからたいした被害にならなかった、と伯爵が言っていましたのできっとすぐに元の姿に戻ることでしょう。
とはいえ森が元に戻っても今のままではいけません。野盗がいるから森にゴミが放置されるのだし、野盗がいるから領民が森の奥へ入れずゴミに気付けないのです。
セレスタン様は首肯しつつも苦虫を嚙み潰したようなお顔で肩を落としました。
「だから道の整備に注力すべきだと言ったんだ、と議会が盛り上がりそうだ」
「聖女も複数の候補があって、今年の議会は大変そうです」
「しかしそっちはもう解決するわけだからな! 奴らがどんな顔をするか今から楽しみだ」
急に元気になった!
聖騎士らしからぬ悪い笑みを浮かべていますが大丈夫でしょうか。だけどセレスタン様が楽しそうだと私も楽しいです。全部丸く収まりそうでよかった。
……本当に? ビビアナ殿下のために私を殺そうとする人が増えるだけなんじゃ……。




